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2.とある一人のおわり

「それじゃあ、年末の特集は『全国美酒かるた』、『こりゃケッコーな地鶏巡り』、この二本立てという事で決定しよう。あと…何かネタ出したい者は…いるかな?」


「ひぃ、鬼!」

「社長のむちゃぶりだわ」

「もう酒カス一つ残ってないっすよ…」


「冗談冗談。では各班とも月締めは守りつつ、大変だとは思うが年末の特集もしっかり組み立てて欲しい!他に報告は…あ、今月の『地ビールリレー』のクラフト工房たぬきさん、サイト登録OK出たから、鈴木さんメインでフォロー頼むぞ。それと『猫吉先生のお取り寄せレッスン』、テレビ取材が入る事になったから。OSK毎毎放送のシャキッtoモーニング!だ。私からは以上。田中さんは取材対応の件で、この後少し残ってください。それじゃ、他の人は解散~!」


「「「「「お疲れ様でーす!」」」」」


 俺、多部(タベ) 留埜夢(ルノム)。大手の出版社から30過ぎで独立して、小さな出版社の社長兼編集長兼ライター兼リサーチャー兼自社ネットサイト運営者という肩書を持つ45歳。要するに何でも屋のおじさんだ。


 全国のお取り寄せグルメに特化した『楽食倶楽部』という月刊誌が軌道に乗って早や10年。同じくお取り寄せグルメ特化の同名ネットサイト『楽食倶楽部』を開設し8年。


 社長業と編集長業務、ネットサイトの運営…少々忙しくなり過ぎた。

 いや、忙しくなり過ぎた原因は明らかにこのネットサイトが原因だろう。

 最初は雑誌用に取材したネタが、紙媒体だけに収まりきらないのを残念に思って、ネットサイトに動画を流したのがきっかけだった。


『猫吉先生と行く!楽食倶楽部(裏路地編)』と称し、ああでもないこうでもないと紙媒体で取り上げたお取り寄せグルメを飲んで食べて、うちのスタッフと俺がよもやま話をする。それをただひたすら流すという完全なる内輪受け全開動画サイト。


 特にどこで宣伝するでもなく始めたこのサイトは、取材してきたスタッフの話をつまみに、そのお取り寄せグルメに舌鼓を打つだけの動画置き場だった。


『このいのしし倶楽部のぼたん鍋には新潟のひざひかり酒造の微笑年があう』だとか、『この百丸餃子には海有ワイナリーの月光夜が良い!』というお取り寄せグルメ×お取り寄せ地酒のコラボを熱く語ったり、取材先の従業員さんが密かに楽しむちょい足しレシピや、リメイクネタなどを仕入れてきては、それを作ったりして楽しんだり、取材先からは密かなる好評を得ていた。


 俺も気取ったものは作れないが、パパっと作れる酒のつまみを作るのが好きだから、俺の作ったつまみを提供して、取材した酒をひたすら堪能という飲兵衛回もある。これはその地方の地産食材なんかにスポットをあてて、俺が勝手に雑なつまみを作るという、もはやお取り寄せとは何の関係もないネタであるのだが…そういうのも垂れ流す、とにかくゆるいやつなんだよ。


 そこから紹介したお取り寄せグルメやお酒を販売するという話になり、雑誌で紹介するグルメとお酒が増えるにつれ、登録してくれるお店が増えていった。

 そこで『猫吉楽食便』というお取り寄せグルメの販売専用のコンテンツを作成、お取り寄せグルメの販売路線を拡大する事になる。


 認知されるにつれ、やらせだステマだと『猫吉先生と行く!楽食倶楽部(裏路地編)』の動画を叩かれたりした事もあったが、俺は勿論、スタッフも皆お取り寄せグルメに関してはプロを自負している。楽し気に、時に白熱する内容が本当にお取り寄せ愛に溢れていて、そのマニアっぷりに大多数の視聴者が呆れ半分ではあるが、認めて楽しんでくれるようになった頃から、サイトの運営が多忙になり始めた。


 忙しさの決定打は…まぁ、俺が打ったアレだろうな…。

 バツイチ同志である独身の飲み友達を、この『猫吉先生と行く!楽食倶楽部(裏路地編)』に飛び入り参加させてしまったのだ。


 若い頃の仕事で知り合った声優をしているその友人とは、初めて挨拶した頃はお互い既婚者、次に偶然再会した時に、まさかのお互い同じ日にバツイチ(子ナシ)になっていたという間柄。思わず飲みに誘いあってからの付き合いだ。


 何気なく誘ったら来てしまったというノリであったし、もちろんノーギャラ。ただの友達として「面白そうだから」と、フラッと遊びに来ただけである。


 俺はアニメなどあまり見る事がなかったという事もあり、その声優の認知度を完全に見誤っていた。友人にファンクラブがあるなんて話も…まったく知らなかったのだ。


 渋いオヤジキャラの吹き替えなどで、特定の一定ファンがついているらしいという事は、小耳に挟んだこともあったが、俺にとってはただ単に飲みに誘いやすい同世代のおじさんであり、そんな事はとうの昔に忘れてたんだよ。

 確かによくよく見ればイケオジだとは思う。だけど…ただのおじさんだぞ?普通に考えて…ファンクラブがあるなんて思う訳がないだろう?


 お取り寄せグルメが声優の地元のものであった事、手土産と称した酒がなかなかに酒好きが唸る銘柄であった事、また飲み歩きが功を奏してだろう、うちの吞兵衛スタッフと意気投合してしまった事…結果、大盛り上がりの動画が完成したものだから、俺はいつものようにその動画を垂れ流した。


 反響は数日後、そのお取り寄せグルメを提供してくれた企業からの一本の電話だった。反響が凄すぎて自社サーバーがダウンしたという。なんでもその動画を見た声優のファン達が、お取り寄せグルメを購入したり拡散したりしてくれたらしい。


 友人が手土産に持ってきた地酒の蔵元へも急ぎ連絡したら、そちらもとんでもない事になっていた。そう、この件があってからすっかり忙しくなってしまったのだ。


 そのお取り寄せグルメの予約待ちが一年になった頃、その事がテレビニュースで放送されることになった。そんな事で?とは思うが、突然のバズりというか、波に乗る恐ろしさというか…あとは推して知るべしの怒涛の展開。

 いやもう、とにかく忙しくなりすぎてしまった。


 正直死ぬほど忙しいこの仕事、俺は天職だと思っているし、スタッフも仕事に意欲的で気の良い連中が揃っていて文句なしだ。まさに順風満帆。だが、非常に思い入れはあるとは言え、俺ももう限界に近い。できれば私生活も立て直したいし…。このサイト運営に関しては、いいかげんに別の管理者を立てるべき…


「…っ!…ゅう長?だ、大丈夫ですか!しっかりしてください!誰かー!」


 おや?いつも冷静沈着な田中さんが珍しく大声を出して…何か叫んでいるぞ、一体どうしたんだろうな。

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