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11.コーヒー

 伸びきった猫吉先生を宿屋の主人に笑われつつ、部屋に戻る。

 さっそく米蔵酒造の二代目米蔵仁左衛門をリュックサックから取り出し、買ってきたばかりの口当たりが良さそうな小さなコップで一杯。もちろん猫吉先生へも一献。


「明日、俺は終日でギルドの資料室へ籠る予定だが、猫吉先生はどうする?」


「なんだそれは…すっごくつまらなすぎるぞ!我は外で遊んでくる」


「じゃ、別行動って事で。ご飯はどうする?」


「適当に済ませるから平気だ」


「本当に?」


「大丈夫に決まってる!」


「そうか?一応…このマジックバッグに色々入れておくから、困ったらそこから出してな。落とさないように気をつけろよ。あと…人様の物を盗ったり、迷惑かけちゃダメだからな」


「そんな事、しない!」


 魔具であるクビに巻いたベルトにマジックバッグをしっかりと結んだ。

 猫吉先生はすごく器用に、バッグから水やご飯の出し入れをして見せる。

 よだれ掛けみたいになって笑ってしまうが、笑ったら絶対怒られそう。

 笑いを必死に嚙み殺す。


「あとは…あんまり遠くには行くなよな。何があるかわかんないんだから」


「ルノムは過保護だなぁ…」


 よく聞き取れないが、嬉しそうに何かを呟いている猫吉先生が、よだれ掛けのせいで赤ちゃん猫みたいに見えた。もうちょっと格好よくしてやりたいが…これも愛嬌があって良いだろう。人たらし猫にぴったり。


 コンロでお湯を沸かしながら、タブレットを出して『猫吉楽食便』を開いた。

 さてさて…今日こそコーヒーを手に入れようじゃないか。


『猫吉楽食便』のお取り寄せグルメ、コーヒーに関しては、俺の好みが存分に反映されている。完全なる会社の私物化、とも言えなくもない。

 とは言っても、きちんと他のスタッフとも協議して決めているのだから、不公平ではない。嗜好品の中では群を抜いて酒とコーヒーの品揃えが良い、ただそれだけだ。決して賄賂をもらったりとかそういう事ではない。いや…もう、今となってはそんな事はどうでも良いんだがな。


 結局、この町でコーヒーは一度も見かける事はなかった。

 もちろん道具だってない。そのうち余裕が出てきたら、オーダーメイドででも作って貰いたいが、現状はミルもドリッパーもフィルターもない。ないない尽くしだ。ポーションタイプで抽出できるマシーンなぞはもちろん論外。


 一杯分ずつパックになっているドリップ型のコーヒーを買おう。

 パックを開けた瞬間に、思わず何度も深呼吸して香りを肺いっぱいに満たしたくなる俺のイチオシコーヒー。


 東京都・月鳥一杯堂/ドリップコーヒー(深入り)×10:銀貨1枚、銅貨8枚


『所持金額:銀貨7枚、銅貨2枚』


 タブレットの右上に表示される所持金、毎回毎回気にするのが面倒になってきたな…。ここはいっちょ入れてやろうじゃないか…もってけ泥棒、白金貨の投入だ!


 屋台での買い物やトークから、硬貨の事がなんとなくわかるようになってきた。

 一番上から黒金貨。続いて、白金貨・金貨・銀貨・銅貨・鉄銭。10枚で上の金額の硬貨へと繰り上がる。そんな感じだ。


 まだ価値的な事はよくわからないが、黒金貨1枚が100万円、白金貨が10万円、金貨1万円、銀貨1000円、銅貨100円、鉄銭10円…おおよその目安で、そんな感じに捉えるとわかりやすいから、勝手にそう思う事にした。


 ちなみに言っておくと、財布の中には白金貨が10枚以上入れてくれていた。価値が多少分かった現在、少しだけ気持ちに余裕がある。そしてこれはコーヒーを楽しむくらいの贅沢はしてもを良いという、あのコスプレ女児からの啓示なのではないかと…違うか。


 まぁ、いい。とにかくコーヒーは定期的に購入するのは決定事項なのだから。

 入金欄をタップし点滅している丸い枠に白金貨を1枚置いた。


『所持金額:白金貨1枚、銀貨7枚、銅貨2枚』


 よし、これでしばらくは右上に出る所持金額を気にせずに済むぞ。

『猫吉楽食便』での、たまの贅沢は俺の心のオアシスなんだよ。

 無謀なエンゲル係数を叩き出している自覚はあるが、これだけは許してもらいたい。


 ドリップ型パックコーヒーの封を切った瞬間、ビックリするほどコーヒーの香りが部屋に充満した。

 何度も何度も深呼吸して存分にコーヒーの香りを楽しむ。

 念願のコーヒー。この香りだけでも嬉しい!


 コップの縁にドリッパーの掛け口を引っかけてまずはお湯をほんの少し。

 しばしの蒸らしタイム。

 ここでも何度も深呼吸して香りを楽しむ。

 コーヒーってなんでこんなにいい匂いなんだろう。


 鍋からお湯をドリッパーの狭い開け口に入れるのは難しいが、少しずつ少しずつゆっくり回し入れる。

 猫吉先生を見やると、完全なリラックス姿勢でくつろいでいた。まだ若干体が長い…大丈夫かな。

 コーヒーを飲むかと聞けば、片目を薄く開けて左右に首を振って断わられた。

 なんだよ…『猫吉先生のお取り寄せレッスン』では、コーヒーを何度も取り上げたっていうのに。つれない奴。


 そう言えば、インスタントコーヒーのお取り寄せセットがあったはずだ。

 俺はコーヒーなら何でも好きだ。インスタントも美味しくいただく。

 あれも買っておこう。

 確か…アグロマート製法で作られた、水で作れるインスタントコーヒーがあったと思うんだが…


 京都府・珈琲THE坊/お水でさっと楽しむインスタントコーヒー(20本セット):銀貨3枚


 そういや調味料玉があるんだ、やはりコーヒー玉があっても良いんじゃないか?。


 §


 散歩に行くという猫吉先生と別行動を取る事にした俺は、ギルド資料室へと向かった。

 職員から渡された小さな木札を首から下げる。これを見せれば資料室の出入りが終日自由になるらしい。


 俺の勝手な異世界固定観念で地図なんかはないだろうと思っていたが、意外にも資料室には地図があった。ざっくりしたこの大陸全土らしき地図と、それよりはかなり詳細なトロンジョ周辺の地図だ。

 他にはここら辺で出る魔物関連、植物採取関連、鉱物採掘関連などの資料が簡単に分類されているようだった。


 俺が出来そうなのは…植物採取くらいか?植物採取関連の棚に置いてある冊子を手に取る。

 糸のようなもので紙を綴じてあるものだ。

 そういや、この冊子や資料は…手書きなのかな?それだったら凄い数を保有してる事になるよな…。


 一応は冊子の状態になっている。

 最初のページは簡単な目次と前書きが合わさったようなスタイルだ。

 それならば…奥付があるかもしれない。

 冊子の最後のページをめくる。


 本の最後に情報がないか…書誌事項が見てみたい。

 何かしらの情報があるとしたら最後の可能性が高いだろう。それはきっとどの世界でも似たようなものに違いないと思うからだ。


 出版社名らしきものや編集者なんていう言葉は見つからない。

 だが、冊子を作ったのだろう日付やどこどこの誰誰の持つ冊子から一部抜粋とか、なにやらごにょごにょとは書いてある。後書きと注釈がごっちゃになったようなページ。

 そのさらに後ろ、一文が目に留まる。


 複写師 アルバの町、ニール


 他の冊子にも目を通す。


 複写師 誓いの剣、ロッド

 複写師 疾風の槍使い、クレイ 

 複写師…


 どの冊子、どの資料にも複写師という文字が目に入る。

 名前の前に二つ名みたいなものがついてる人がいる。もの凄く、もの凄~く気にはなるけれど、今はおいておこう。この複写師とやらが冊子を書き写しているって事だよな。


 所謂、明朝体とかゴシック体とかではない、活版印刷的なものではなく、明らかに人の手によるものだとは思うのだが…なんとなく違うような気もする。不思議なインク感。


 こんな量の手書き冊子を小さな町だという、いちギルドが所持してるのは少しおかしい気もする。

 印刷技術が発達しているのか…。

 それ以外の情報は得られそうにない。

 今は諦めて、植物採取関連冊子の内容のほうへと意識をやった。


 間違いやすい素材などには、丁寧なスケッチが添えてある。

 初心者でも採取しやすいようにという親切心が感じられた。


『葉の先が右に曲がっているとマガリタ草、左に曲がっているのはただの雑草。必ず茎の部分から採取すること。葉の色が濃ければ濃いほど高値だが、葉の先が赤く染まっている物は無効。効果:関節損傷修復』


 前言撤回。初心者ではとても植物採取は無理です。

 みんなこんな事を全部覚えて採取をしているのか…どうやら植物関連ならいけそうだと思ったが無謀もいい所だと、数ページめくったところで早くも挫折する俺。


 詳細の情報はとりあえず置いておいて、とにかく気になる地理情報なんかを片っ端からメモ帳へ書き出していく。簡単なリサーチ業務だと思えば苦ではない。


 ちなみにこのメモ帳はリュックサックに入っていたもので、その名も『無限メモ帳』。紙が尽きる事がない。

 これには魔石をはめ込む部分はなく、魔石によって可動する仕組みではないようだ。仕組みはまったくの不明だが、使える物はありがたく使う主義なので大切に使わせて頂く事にする。


 PCやタブレット、スマホでメモを取る時代だったが、手帳だけは手書きにこだわって使っていた。やはり、あの紙の質感は電子機器からは得られないものがあるからだ。

 クラウドで繋がっていないからスケジュール調整がしにくいと、ライター兼時々秘書をしてくれていた田中さんにはいたく不評だったなぁ…。


 編集もライターも全て一人でこなしていた時代もあったから、こういった作業はお手のもの。ついでに言ってしまえば、凄く楽しい。俺の根底はやはりライター。こういう細かいリサーチが大好きな人間なのだ。


 日本に居た時はまるっきり知らない事柄など、大人になってからはないに等しかった。どんなに自分が知らない分野でも、何かしらの情報が既に自分の中にあったし、ネットからいつでも膨大な知識がすぐに手に入った。

 だが、ここでは違う。まるっきり知らない事だらけなのが、実に新鮮だ。

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