1.とある一匹のおわり
新作スタートです。
一話目、筆者的にはかなりのストレス回ですが、転生後はただただご飯を食べて、酒を飲んでいるだけの話になる予定です。
ペットロスな方(特に猫)、ご注意ください。
悲しくなったらすぐにページを閉じましょう。
それでは、宜しくお願いします!
「いいか、留埜夢。生き物を飼うという事は、その子の命をお前が預かるという事と同じなんだぞ」
「うん。僕、きちんとお世話するよ!」
「ゲームが楽しくてご飯を忘れたりしない?お母さんは一回でもそんなことしたら許さないわよ?」
「当たり前だよ!絶対にそんなことしないもん」
猫猫保護センター長、黄谷津は目を細めてその親子の姿を見ていた。
身勝手に捨てる人もいれば、こうやってきちんとお世話しますって言ってくれる子供もいる。この世界、酷い人間ばかりじゃないと、一匹でも多くの猫に知ってもらいたい。
保護しても保護しても…酷い状態で運ばれて来る猫は増えるばかりだ。
最後までお世話してくれる人に託したい。そんな気持ちで毎回譲渡会を開いているのだ。
今日は以前面談をした、多部さん一家の対応をすることになっていた。
「こんにちは。センター長の黄谷津と申します。今日はゆっくり見ていってくださいね」
「こんにちは。今日はお世話になります。予約した多部です」
「お世話になります。こら、留埜夢もきちんとご挨拶なさい!」
ぺこりと頭を下げた留埜夢という少年、大人達の間をすり抜けて、ゲージのある部屋を興味津々といったていで覗き込んでいた。
「気性が荒い子もいるから、触らないでまずは見るだけにしてね」
「はい!」
くりくりと好奇心満載の無垢な瞳でこちらを見上げた少年は、すぐに部屋へと入って行った。その姿を見ながら微笑んでいる両親。
「ごゆっくりどうぞ。相性の良い子を是非家族にしてやってください」
「ありがとうございます。おい、留埜夢!あんまりゲージに近づくなよ。おまえ威嚇されてるぞ!」
「わかってるって~」
「あの子は少し難しいかな…1年前に保護したんです。ここではアオキジと呼んでいます。まだ人が怖いみたいで…スタッフが近づいても威嚇がすごいんですよ。餌は誰もいない時に食べてくれるようになったんですけど…」
「1年ですか…。人が近づくだけで威嚇なんて…心が痛みますね」
暫く猫たちを真剣に見ていた留埜夢と呼ばれている子供は、他の猫を見ても結局はアオキジの前にしゃがみこんでいる。
両親がそっと子供の横に寄り添って同じようにしゃがみこむ。
「…留埜夢はアオキジちゃんが気に入ったの?」
「うん」
「じゃぁ、この子にうちに来てもらおうか?」
「うん!」
1年前、スタッフが保護依頼を受けて向かった先で大格闘の末、連れて来られたのがアオキジだ。
脱毛し片目はつぶれ、あばらが浮き出る程にやせ衰えていた。先天的なものかあるいは…原因はわからないが尻尾の形が奇妙に…二本にわかれているように見えるキジトラの雄猫。
やっと捕らえてゲージに入れる時には、体に抱えた絶望を絞りだすような鳴き声で、全身で拒絶を示したらしい。それは年季の入ったスタッフですら、思わず絶句したくらいの鳴き声だったそうだ。
脱毛は薬とここでの生活でだいぶ良くなってきてはいるが、誰にも懐かず愛嬌も見せずで、一度たりとも譲渡希望はなかった。
このままこの保護センターで生を全うするような気がしていたのだけれど…。
「あの…アオキジですが、もうあまり長くは生きられないと思います。あとできちんとご説明しますが…」
「そうですか…。しかし留埜夢には…うちの子は、とても気に入ってしまったようです。アオキジちゃんをうちの子にさせて下さい。きちんと最後までお世話します」
「ありがとうございます。面談時にもお伝えしておりますが、まずはホームステイという形で一週間、お預けして…」
片目が深く特徴的な青い眼をしているキジトラ。アオキジという愛称で呼んでいるけれど、新しいご家庭で是非素敵な名前を付けてやって欲しいといって、アオキジを送り出した。
§
「猫吉先生?」
「うん!」
「先生がつくの?猫吉先生ちゃん?」
「そうだよ!」
意外にも暫くは懐かないだろうと思われたアオキジ改め猫吉先生は、我が家に来てからたったの三日で、私の息子の留埜夢の膝の上に自らよじ登り、ちんまりと収まって居眠りまでするようになった。
これには保護センターのスタッフが正式譲渡の際に室内環境の確認をした際、目をまんまるにさせていたから、よほどの事なのだろう。
家族としてこの保護猫を迎えた日、私は留埜夢に話して聞かせる。
猫吉先生はたくさんの病気がある事、たくさんの怪我の後遺症も残っている事、高齢らしく…もう長くは生きられないという事。
小学1年生の留埜夢には難しい話であったろうが、あまり一緒には遊べないかもしれないから、噛んで含めるように説明した。
§
固形物を食べる事が出来なくなり、一切自分では動けなくなり、日に日に衰えていく猫吉先生を私の息子、留埜夢は最期まで面倒を見続けた。
夏休みだからと色々と介護用品の揃っている居間の片隅で寝起きして、夜中だろうが苦しそうな様子を察し世話を焼き、体をマッサージし声をかけ…今も排泄を手伝っている。
親の贔屓目と言われてしまうかもしれないが、こんなに愛情深い子に育ってくれた事が何より誇らしい。
少し飽きっぽい性格のある我が子だとずっと思っていた。
妻とも「お世話係は何日続くかな」なんて笑って言っていたけれど、この3年間、留埜夢は世話を放棄することなく、寝たきりとなった今も懸命に面倒を見続けている。
もしかしたら1年経たずに…と言われていた猫吉先生は、我が家に来て実に3年も生きてくれているのだ。少しでも長く生きて欲しいという気持ちと、苦しそうな呼吸音を聞くにつけ、早く楽に…そんな気持ちがせめぎあう日々。
「留埜夢、少しは部屋のベッドで休みなさい。お前が病気になったら困るぞ」
「もうすぐお迎えが来るんだって言ってる。お願い、最期まで一緒に居させて」
夢でも見たのだろう。まるで猫吉先生と会話したかのように留埜夢が訴えてくる。
「そうか…。今晩は、父さんも一緒に寝ようかな」
「じゃぁ、お母さんも。居間でお泊り会をしましょう」
その夜、留埜夢の腕の中で、猫吉先生はゆっくりと息を引き取った――




