現在に潜む魔法使い
夕暮れ時、一人の少年が学校の旧校舎を歩いている。右手小指に嵌めている指輪を弄りながら。少年が階段に差し掛かった時、急に頭上から声が聞こえた。
「わぁ!どいてどいて〜!」
少年が顔を上げると、白いセーラー服を着ている女子生徒が落ちてきていた。
「ほんっ……とうにごめんなさい!」
「いいよ、別に」
後頭部を抑えながらぶっきらぼうに言葉を発する。
「で、でも私のせいで怪我しちゃったわけだし……。そうだ!少しいい?」
少女は、少年が戸惑っているのを気にも留めずに、少年の腕を掴んで頭から手を離す。そして打ったところに優しく触れた。
「痛いの痛いの飛んでいけー」
微かに触れた箇所から光が見えたかと思ったら、手を離した。少年は目を見開く。
「じゃ、じゃあね。本当にごめんなさい」
少女は、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。少年は指輪を外すと、口を開いた。
「■■」
「え?」
少女は少年が発した言葉を聞き取れなかったからか、振り向こうとする。しかし、身体が動かなかった。
(な、なんで?!何が起きたの?)
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
指輪を嵌め直しながら、少女に近づく。少女は声を発さない。いや、発せない。
「無視しないでくれない?ねえ。ん?あ、魔法を解くの忘れてた」
また指輪を外す。
「■■」
少女はその場で回り、尻餅をつく。
「強引なのは理解してるけどさ、逃げられる前に話を聞きたいから。ごめんね」
指輪を嵌め直しながら、少女に近づき腕を掴む。
「これでもう逃げられないね」
少年は笑みを浮かべているが、少女の目には恐怖の色が浮かんでいる。
「な、何をしたの?あれは、なに?」
「あれ?解らなかった?」
少年は困惑の表情を浮かべ、首を傾げる。
「魔法だよ、ま・ほ・う」
「ま、魔法?」
今度は少女が困惑の表情を浮かべた。
「うーん、知らないってことは野良かあ。どうしようかな」
少年は考えこむ。少女が何度か声をかけるが、返答はない。しばし時が経ったのち、少女の腕を引き、立ち上がる。
「ちょっと付いてきてもらうよ」
そう言うが早いか、歩き始めた。迷いなく歩き続ける。二階に登り、「図書室」と書いてある札が付いている教室の扉に鍵を差し込む。
扉を開くと中は、旧校舎のはずなのに本校舎の図書室のように綺麗だった。床や壁は傷ひとつない。入口の向かいには窓があり、夕日が差し込んでいる。窓の下には箪笥がある。両脇の壁には本がたくさん収納されている本棚がある。背表紙は綺麗で、新品のように見える。中央には丸テーブルがある。
少年は、その側に置かれている椅子に腰を掛ける。指輪を外し、丸テーブルの上に置く。
「■■」
ガチャリ、と扉の鍵が閉まる音がした。
「こ、ここはなんなの?なんで旧校舎にこんなものが?」
「ふふ、ここは僕のような魔法使いのために用意された部屋だよ」
「ま、魔法使い?」
「そう。そしてそれは君も同じだろうね」
「わ、私が魔法使い?」
「まあとりあえず座ってよ。お茶くらいなら出すからさ。麦茶でいい?」
「あ、うん。それでいいよ」
お互いの前に、麦茶が入れられているガラス製のコップを置く。少年は一口飲んだ後、口を開く。
「まずは自己紹介からしようか。僕の名前は鎮目 慶介。君の名前は?」
「わ、私の名前は倉木 紬です」
「そう。じゃあ紬って呼ぶね。僕のことは気楽に慶介様って呼んでね」
「け、慶介様?」
「ハハッ。なんで馬鹿正直に呼ぶの?もしかして僕が怖い?」
「うん、すっごく怖いです」
「そう?安心してよ、危害を加える気は無いから。今はね」
「今はって……」
「ま、それは置いといて。色んな魔法を使えるようになりたくない?」
「さっきも言ってたけど、魔法ってどういうことなの?」
「使えるでしょ?ちょっとしたものだけみたいだけど」
「あれは魔法なの?」
「やっぱり野良かあ。魔法だよ。身体の中に力が流れているような感覚、分かるでしょ?」
コクリ、と頷く。
「それが魔力。で、それを使うと魔法が使えるの。使ったことあるでしょ?」
「う、うん。あるよ」
「それの正しい使い方を学ぶと、こんなことができるんだよ」
慶介がそう言うと、椅子ごと宙に浮かび上がった。紬はそれを見て、目を光らせる。
「すごいすごい!」
慶介が指を鳴らすと、ゆっくりと落下する。
「まあ、こんな感じのことができたり式神が作れたりするんだよ」
「式神?」
「あれ、知らない?よく陰陽師が使ってるようなやつだよ。分かりやすく言い直すなら、ゴーレムとかロボットみたいなものかな。で、どうする?」
「どうするって?」
「だから魔法を学びたくない?ってこと」
「教えて!面白そう!」
前のめりになり、慶介に顔を近づける。
「わ、分かったから、離れて」
慶介は頬を赤らめ、仰け反る。
「あ、うん、ごめんなさい」
紬も頬を赤らめると、姿勢を正した。慶介は咳払いをする。
「じゃあ、魔法を教えようと思うんだけどね、今日はもう遅いし、明日からにしよう」
「う、うん分かった」
鍵を開け、旧校舎から出る。
「じゃあ、また明日ね!」
「バイバイ」
紬は腕を振る。慶介はそれに軽く応える。
次の日の放課後。紬が旧校舎の図書室を訪れると、すでに慶介は待っていた。
「あ、来たか。じゃあ、早速始めようか?」
「うん!早く教えて!」
慶介は紬に座るよう促す。
「魔法には色々あるけど、まずは式神について教えようかな。昨日少し説明したけど覚えてる?」
「えーと、確かロボットみたいなものだっけ?でも、そう言われてもよく分からなかったんだけど」
「ロボットは機械に命令式、プログラムを入力して動かすものでしょ?式神は、どんなものでも命令式を入力することで動かすことができる、みたいな感じかな」
慶介は背後にある箪笥から折り紙と筆を取り出すと、鶴を折る。そして筆で何かを書くと、鶴は淡い光を発した。慶介が「上がれ」と言うと、ふわりと浮かび上がった。
「簡単に作ってみたけど、こんな感じかな」
「すごい、すごい!私もやってみたい!」
「ま、待って。これはしっかりとした方法じゃないんだ。しっかりとした方法で作るためには必要なものがあるから、今日はとりあえず、命令式の組み方を教えるね」
そう言うと、本棚から一冊の本を取り出し、机の上に広げる。
それから、日が暮れるまで教え続けた。
「ありがとう!面白かったよ」
「そう、良かった。次は休日に使うのは難しいから来週の月曜に集合ね」
「分かった。じゃあ、また来週!」
「あ、ちょっと待って!これ!」
慶介はポケットから何かを取り出して差し出す。
「これ……ってお守り?」
「うん、できれば常に持ち歩いて」
紬がお守りを見ると、表面には特に何も書いていなかった。
「分かった。カバンにでも付けておくね」
「お願い」
そうして二人は別れた。
それから、何週間か二人の魔法についての勉強会は続いた。そして放課後、いつものように別れを告げる二人。日は半分ほど見えなくなってきている。
夜道、一人歩く紬。その背後に迫るひとつの異形の影。すぐ近くにまで近づくと、右腕を振りかざす。鋭い爪が鈍い光を放っている。
金属がぶつかり合うような音が鳴り響く。紬が振り向くと、様々な動物を継ぎ合わせたような異形の怪物がいた。振り下ろされている爪の先には慶介が渡したお守りがあった。お守りから薄い光の膜が張られているようだ。
「ひっ、なっ、何?!」
怪物は悍ましい雄叫びを上げる。紬は尻餅をつく。顔が恐怖一色に染まっている。怪物は更に爪を振り下ろす。何度も、何度も、何度も。その度に周囲に金属音が鳴り響く。少しずつ光の膜にヒビが入っていく。爪を大きく振りかぶる。振り下ろされた時、パリィン、とガラスが割れるような音が鳴り響く。お守りは塵となって消えた。紬は四つん這いで逃げようとする。怪物は紬に向かって爪を振りかざす。
風切り音がした。怪物の苦しむような声が聞こえる。紬が振り向くと、着物を羽織った慶介がいた。背には大太刀を、手には刀を持ち、怪物に向かって構えている。
「ごめん、紬。僕のせいで怖い思いをさせちゃって。安心して。こいつは僕が倒すから」
「け、慶介君」
「話は後で。まずはこいつを、殺す」
怪物を睨みつける。怪物は雄叫びを上げる。
『怪力乱神、疾風迅雷』
慶介の身体の表面を光の線が走る。一閃、目にも留まらぬ速さで怪物に斬りかかる。怪物は慶介に劣らぬ速さで後ろに跳ぶ。
『雷霆、氷柱』
慶介が手をかざすと、雷が怪物に向かって放たれ、氷柱が何本も発射される。怪物が吠えると、空間が歪み、届かない。雷と氷柱が消えた時、慶介は怪物の頭上に跳んでいた。真下に刀を向け、雷の如く落ちる。刀は怪物の背に命中するが、毛皮が刃を通さなかった。怪物は尻尾を慶介に突き刺そうとする。慶介は舌打ちを打つと、怪物の背を蹴り、その場を離れる。
「【夜叉】!人の形を成せ!」
慶介の背の大太刀が鞘を置いて浮かび上がると、光を纏う。光は徐々に人の形となっていくが、その隙に怪物が紬を襲おうとする。
『障壁!』
紬の目の前に光の膜が形成される。それと同時に怪物に向かって斬りかかる。怪物は紬から離れ、慶介、紬、大太刀が見える位置に移動する。
『呪縛』
慶介の掌から、黒い紐が出現する。紐は怪物に向かって飛ぶ。怪物は左の爪で切り裂く。切り裂かれた紐は消えずに怪物の左前脚に絡みつく。
大太刀が完全に人の形となった。額に角を持つ中性的な容貌だ。髪は腰まで伸びており、血のように赤い。顔は整っているが、どこか作り物のような感覚を覚える。
「夜叉!紬を守れ!」
「へいへい、全く過保護なことで」
「うるさい!」
夜叉と呼ばれたものは、紬の側に寄る。
慶介は怪物に近づき、刀を怪物の爪と打ち合わせる。金属音が鳴り響く。何度か打ち合わせた後、後ろに跳ぶ。深呼吸をして、構え直す。
『神剣再現【天叢雲剣】』
刀身が神々しい光を纏う。怪物は唸りながら少し後ずさる。刀を振りかざすと、光が更に増す。怪物が慶介に跳びかかると同時に刀が振り下ろされる。
「吹っ飛べ!」
光が放たれ、怪物は一刀両断された。しかし、断面からは血は流れない。断面が少しずつ塵となっていく。刀身の光は徐々に薄れる。慶介は紬の方を向き、笑いかける。
「大丈夫だった?」
「わ、私は大丈夫だけど、慶介君は?」
「大丈夫だよ、このくらい慣れてるから」
それを聞き、夜叉は溜め息をつくと、慶介の腕を掴む。すると、慶介は苦悶の声を上げる。
「だ、大丈夫?!」
紬は慶介に駆け寄る。
「馬鹿が。強がってんじゃねーよ。無理しやがって。あそこまでする必要はなかっただろ」
夜叉が慶介に手をかざすと、慶介の身体が微かに光を放つ。
「とりあえず鎮痛をしておいた。けど、明日は一日中苦しむと思っとけ」
「はぁ、はぁ、ありがとう、夜叉」
「……私を守るために無理をしたの?」
俯きながら問いかける。雫が一滴、滴り落ちた。
「い、いつもの事だし、気にする必要は「嘘つけ。いつもはあそこまで無茶しねえだろうが」夜叉!」
紬は乱暴に目元を拭った。
「ねえ、私に戦う方法を教えて」
紬は決意に満ちた眼差しを慶介に向ける。
「え、うんいいよ。僕も身を守る方法を教えてあげようかと思ってたから」
「違う。自分の身を守るだけじゃなくて、ああいう化け物を倒す方法を教えて欲しいの」
慶介は目を彷徨わせる。そして、夜叉を縋るような目で見つめる。
「諦めろ諦めろ。こういう女は絶対に自分の意思を曲げねえぞ」
夜叉は面白そうに見ている。慶介は乱暴に頭を掻き毟ると、溜め息をつく。
「分かった、いいよ。教えてあげる。来週からね。とりあえず今日は帰ろうか。夜叉に送らせるから」
そう言うと、二人が答えるのを待たずに駆け出した。夜叉は溜め息をつくと、紬の方を向いた。
「じゃ、そういうことらしいし、送ってくわ」
「あ、うんわかった……」
紬は残念そうにしている。
「くくっ、慶介じゃなくて残念だったな」
「な、そ、そんなんじゃ……」
紬は頬を赤らめ、否定しようとする。
「はいはい、分かったから行くぞ」
夜叉の声に従い、紬は夜叉と一緒に歩き出す。一緒に歩いている最中、二人は慶介の話題で盛り上がっていた。
そして紬の家に着く。
「じゃ、できれば慶介に連絡入れてくれ。そっちの方が安心だろうし」
「分かりました。送ってくれてありがとうございました」
「そんな堅っ苦しくしなくていいよ。じゃ、またな」
夜叉が指を鳴らすと、その姿がかき消えた。
慶介は大きな屋敷の門の前にいる。慶介が門に近づくと、自然と門は開いた。そのまま慶介は慣れた様子で歩いていく。襖の前に着くと、止まった。遠慮なしに襖を開く。部屋の奥には慶介と同年代のように見える少年がいた。正座して目を瞑っている。
「おい、起きろ。晴翔」
晴翔と呼ばれた少年はゆっくりと目を開く。慶介を視界に入れると、満面の笑みを浮かべる。
「あ、慶にーちゃん。こんばんは〜」
「黙れ。笑ってんじゃねえぞ」
晴翔を睨みつける。しかし、晴翔は笑みを浮かべることをやめない。
「え〜、どうしたの?具合が悪いの?それとも」
人懐こそうな笑みが意地悪そうな笑みへと変わる。
「どっかの泥棒猫が襲われた件で怒ってるの?」
ドン、という音が鳴る。慶介が足を畳に強く叩きつけたからだ。そして、再び晴翔を睨みつける。
「次、紬に手を出したら絶対に許さないからな」
そう言い捨てると、慶介は部屋から出ていく。
「ふふっ、慶にーちゃんがあんなに感情を表に出すの初めてみたなぁ」
晴翔の後ろから、先ほど紬を襲った怪物と同じような風貌の怪物が二体、姿を現す。晴翔の傍に座り込む。
「僕のものに手を出した泥棒猫のおかげで、見れたっていうのはムカつくけどね。次はどうしてやろうかな」
そう呟き、再び目を瞑る。
要望があれば続きを書きます。