振り飛車党の総裁に祭り上げられちゃったけど、俺本当は将棋弱いんです
「轟総裁! 今日の頂上決戦、党員一同、必勝を祈願しております!」
「任せておけ」
「す……すげえ気迫だ……」
「やはり轟さんは最強の振り飛車使いだぜ。居飛車党の連中がどんな攻めをしてこようが、……この鋭い眼光に睨まれたが最後、徹底的に受け切られて痛恨のカウンターで完膚なきまでに叩きのめされるのが目に浮かぶようだぜ」
「違いねぇですな。石田さん」
いや……俺本当は将棋弱いんだけどなあ。
というか、小学生の時にちょっとルール覚えた程度でしかない。
どうしてこうなった……俺はメルカリで「振り飛車党!」と書かれた扇子を何となく買って公園でパタパタ仰いでただけなのに……気付いたら振り飛車党の人達に祭り上げられて、あろうことか振り飛車党の総裁にまでなってしまうなんて。
困ったなあ。俺が居飛車党総裁の人にボコボコにされたら、みんなガッカリするだろうなあ。
かといって今更「実は将棋弱いです」とか言える訳も無いし……。
「居飛車党の奴らが来やがったぞ!」
党の事務所に怒鳴り込んで来たのは、ねじり鉢巻きとエプロンみたいな前掛けを付けた、漁師みたいな出で立ちの男達だった。
「オラかかってこんかい! お尻振り振り不利飛車がよぉ! ガハハ!」
「んだとゴルァ! 飛車角捌くぞこのフナムシ野郎!」
「うるせー美濃虫野郎! 桂馬でコビン攻められてぇか?!」
「黙れザル囲いが! 玉頭攻めんぞオラ!」
一触即発の雰囲気の中、石田さんが声を張った。
「おい囀るな。ガキ共。焦らずとも、決着ならすぐに付く。大将の一騎打ちで白黒つけて貰おうぜ。居飛車と振り飛車、どっちが強いか!」
「チッ……まあいい。後で吠え面かくなよ」
良かった……石田さんのお陰で、何とかこの場は収まったようだ。
そして俺は促されるままに将棋盤の前に座る。
「轟さん! 振り飛車党のロマンを魅せてくだせぇ!」
みんな俺を見ている……居飛車党の人達はすごい睨んでくる……緊張するなあ。
「不動さん! 轟の野郎をコテンパンに攻め潰してやってください!」
不動と呼ばれた初老の男性が、居飛車党の人の声に恭しく頷く。
そして俺の前に座った。
インテリっぽい角眼鏡の向こうの、全てを見通すような大きな瞳が印象的だ。
この人が居飛車党の総裁みたいだ。
何だか将棋がすごく強そうな感じ。
……俺なんかじゃ、どうあがいても勝てないだろうなあ。
そして振り駒の結果、先手は俺になった。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
始まってしまった。
えーっと、まずどうやるんだっけ?
そうだ。思い出した。確か、まずは角の利きを邪魔している歩を前に出すんだっけ。
「轟さんが角道を開いた……!」
「あの突き刺すような駒遣い……そんじょそこらの居飛車党なら既に投了しているだろうな……」
「ぐっ……何て奴だ……」
普通に駒を動かしただけでそんなに褒められても困るんだけどなあ……。
対する不動さんは、飛車の前の歩を突いてきた。
「不動さんも負けてねえ!」
「……何て……威圧感だ……!」
そう言われると、確かにすごい手な気がして来た。
……やっぱり勝てる気がしない。
まあ、勝てなくとも何とか形を作らないと。
えっと次は……たしか、飛車に攻められないように角を上がるんだったな……うん。多分これで合ってる。
次は……飛車を振らないとな。一応振り飛車党総裁だし。
えっと……どこに飛車を動かせばいいんだ?
横にしか行けないから、横に動かすのは間違いないと思うんだけど。
……えーっと……一番左の……ここかな?
「――なっ!?」
「端に飛車を振っただと!?」
「何が起きてる……?」
「こんなの見た事ねぇぞ!」
……しまった。何か間違えちゃったみたいだ。
一番左に飛車を動かしたらダメなのか……。
「石田さん! 一体これは!?」
「狼狽えるな。轟さんが何も考えずに飛車を振ると思うか?」
「そう……ッスよね!」
いや、普通に何も考えてないんだけど。……ごめんなさい。
唇を噛んでいると、不動さんが角道を開いて来た。
えっと……次はどうするんだっけ。あっ。そうだ。確か角道を閉じるんだった……それで……えっと……。
「お前ら、しっかり見とけよ。ついに轟さんの美濃が見られるぞ」
「美濃囲い……38銀、58金と上がり、28に玉を持って行く。たった五手で完成する美しき鉄壁の囲いだ。見ろよ、居飛車党の連中の恐れおののく姿を!」
「ぐっ……」
えーっと……。確か……38銀……58金……28玉ね……。
これでよし。
「よっしゃー! 轟さんの美濃にひれ伏しやがれ!」
「うるせえ! 不動さんの船囲いも負けてねえぞ! 相変わらず男らしい組みっぷりだぜ!」
気付いたら、不動さんは銀と金を上げ、王様を角の隣に運んでいた。
これが船囲いか。
素人目にも、こっちの美濃囲いと比べたら防御力が低そうな気がする。
……でもその代わり、不思議な威圧感がある。
というか、もう銀が上がって来てるし。
ここからどうすればいいんだっけ。
……わかんないけど、とりあえず飛車を動かそう。
「三間飛車!?」
「端飛車はフェイクだったか……! 舐めやがって!」
それからも適当に指していると、不動さんの銀が上がって来る。
ど、どうしよう。
そうだ、こっちも銀を上がっておこう。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
それから、俺は不動さんの攻めを受けきれず、大駒の飛車を銀に取られてしまった。
もうだめかと思ったけど、逃げていた角で飛車を取り返す事ができた。それからはお互いに竜と馬で攻め合っているけど、玉を囲っている金銀が邪魔で中々王手が掛からない。
……というか、どうやって囲いを攻略すればいいんだろう。
確か、駒がぶつかり合った時、効きの枚数が多い方が突破できるんだったよな。
そう考えたら、竜と馬だけじゃ攻め駒が少なすぎる気がする。
攻め駒を増やすには……と金を作るしかない。
俺は打った歩を成り込んで、と金をどんどん作って行く。
歩は最弱の駒だけど、敵陣に成り込んだらかなり強い駒になる。
これは結構いい作戦な気がするぞ。
すると、不動さんも俺の真似をしてと金をどんどん作って行った。
「石田さん……なんか……おかしくないッスか? 正直、初級者同士の戦いにしか見えないんスけど……」
うっ……バレちゃった?
「馬鹿野郎! めったな事言うもんじゃねえ! お前、プロの対局を見ていて、『何狙ってるか良く分からない手指すなあ』と思った事無いか?」
「あー、結構あるッスね」
「それと同じだ。あの二人と俺達とじゃ次元が違いすぎる。だから手の意味を理解できないだけだ。実際に盤上で繰り広げられているのは、圧倒的強者同士のジリジリした駆け引きに違いねぇ」
「な、なるほどぉ……」
いや、普通に初級者なんだけど。
というか、もしかしたらだけど……不動さんも初級者じゃないだろうか。
強い人だったら、俺と対局して互角になる訳が無いし。
……俺と同じように、勝手に強いと勘違いされて持ち上げられちゃったのかな。
「な……何故攻めない」
「く……何て戦いだ……」
「全くついていけねぇ……」
こっちが恥ずかしくなるから止めて欲しいんだけど。
あっ……ヤバい。
不動さんのと金が、4つも出来ている!
俺はまだ二つしか作ってないのに!
このままじゃ、攻め込まれてしまう。
どうしよう……
そうだ! 作ったと金を自分の囲いまで持って行って、囲いを固くしてやろう。これで受けられるはず。
……俺って結構センスあるかもな。
「な……なんだこの手は……石田さん!?」
「ぐ……俺にも分からん」
う……うるさいなあ。
「てか、石田さん……みんな結構口出ししてる感じッスけど、マナー的に大丈夫なんスかね?」
「その点は安心だ。今、二人の精神は、完全に将棋盤に潜り込んでいる。俺たちの声なんて届く筈も無い」
「そうッスね!」
いや普通に聞こえてるけども。
「フレー! フレー! 轟さん!」
……うるさいなあ。
「静かにしてくれ。気が散る」
「あっ……すみませんッス!」
そうこうしている内に、不動さんが5つ目のと金を作ってしまった。
このままじゃ、まずい。
頭を抱えながらも、俺の中で不思議な感情が芽生えていた。
――負けたくない。
振り飛車とか居飛車とかは良く分からないけど、不動さんに勝ちたい。
逃げているだけじゃ勝てない。
今からと金を救援に向かわせても、多分間に合わない。
まだ攻め駒が足りないかもしれないけど、先に仕掛けてみよう。
俺はと金を船囲いの金にぶつけた。取り返されたけど、竜でまた取り返す。取った金を打って、さらに攻撃を続ける。行ける!
そして25桂と打って、王様の退路を封鎖する。
うん。これはいい手な気がする。
銀を打って受けて来たので、馬も使って攻めを継続していく。
よし、囲いが崩壊した! 後は飛車と金の連携で追い詰めていく。
そして、不動さんの玉は端に押し込まれてしまった。逃げ場所は……無い。
これ……多分詰んでるよな?
「負けました……」
「ありがとうございました」
か……勝った。……とてつもなく嬉しい。
将棋って結構楽しいなあ。
「よっしゃあああああああ! 振り飛車党の勝利だああああああああ!」
「ぐうっ……」
「へっ! 所詮居飛車は雑魚って事よ!」
「バーカバーカ! 弱虫居飛車ー!」
「……止めろ!」
考えるより先に、俺は声を上げていた。
「轟さん?」
「居飛車を侮辱するのは止めろ。不動さんは、強かった」
「あ……すいやせん」
「不動さん。いい将棋でした。また対局しましょう」
「あ……えっと……はい!」
俺は不動さんと固い握手を交わした。
その姿を、振り飛車党の人達も、居飛車党の人達も、感極まった表情で見つめているのだった。
……次対局する時は、振り飛車の事を勉強してもっと強くならないとな。