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28.政略結婚から始まる幸福もあると、

 無事、女王陛下との謁見と茶会を終えた頃、外はすっかりオレンジ色に染まっていた。

 そんな中クシェルはイェレミアスに連れられて、そのままの格好のままローデンヴァルト侯爵家の庭にやってきていた。


 しかも、馬車からそのまま抱き上げられて、だ。

 長い裾のドレスなので、とてもではないが外では歩けない。だからイェレミアスが抱えてくれたのだが、何度やってもこれは恥ずかしかった。


 恥ずかしいのと同時にどうしようもなく嬉しくて、胸が高鳴って。思わず顔が赤くなる。そんなクシェルを見て、イェレミアスは笑っていた。


 いつもいつもいつも。クシェルの感情を大きく揺らしてまるで波のようにさらっていくのは、イェレミアスだった。


 養子の手続きやそれ以外の婚約手続きだって、イェレミアスが全てやってくれて。婚約中でも同棲をしたいと言えば、このまま結婚式まで、ローデンヴァルト家で過ごすことができるように手筈も整えてくれた。ドレスなど諸々の用意の関係で一年間は結婚できないが、ずっと一緒にいられるのならクシェルの望み通りだ。


(イェレミアス様はいつだって、なんでも、そつなくこなしてしまう)


 それ自体はすごく嬉しいのに、でもこんなにもかき乱されているのが自分だけなのだと思うと少しだけ腹が立つ。怒っているというより、拗ねている感じだった。


 美しく咲き乱れる花々の中、クシェルは少しだけむくれた。


「……イェレミアス様はいつも、ずるいです……」

「……ずるい? 僕がですか?」

「はい」

「どこがでしょう?」

「……すべて、ずるいです。いつも、イェレミアス様の行動にドキドキしてるのは私ばかりです……」


 そう言ってから、子どもっぽかったなと反省して縮こまる。しかし今はイェレミアスの腕の中なので、どう頑張っても逃げられそうになかった。


 そう思って冷や汗をかいていると、ぷっと笑われる。


「ひどいですね。最初にドキドキしたのは僕のほうなのに」

「……え?」


 コツコツと足音を立てながら、イェレミアスは懐かしむように目を細めた。


「最初、あなたに出会ったとき、見惚れましたから」

「……へ。へっ⁉︎」

「まあ正直、その後の唐突なキスのほうが心臓に悪かったですけれど」

「そ、それ、は、っ」


 その件に関しては、クシェルも焦る。


(だ、だって口づけに、そんな意味があるなんて思ってなかったんだもの……!)


 口づけというのは本来、愛し合う二人が交わす愛情表現だと知ったのは、ヘルタに教わってからだった。また結婚の際の誓いでもある。


 しかしクシェルの中では、口づけは契約のための道具だった。ツェツィーリアがクシェルを逃すためにしたのも、そのためのものだ。


 ただ何をどう言い訳しようと、きっと当時のイェレミアスから見たら、クシェルはとんでもないことをする女に映っていたのだろう。そう思うと、羞恥心が強くてどこかへ消えてしまいたくなった。


 顔を真っ赤に染めながら、クシェルは顔を両手で押さえ消え入りそうな声で言う。


「も、申し訳、ありませんでした……」

「……そんなに落ち込みます?」

「だ、だって……イェレミアス様からしてみたら私はきっと、頭のおかしい女に映っていたでしょうし……それなのに優しくしていただけたのだと思うと申し訳なくて……」

「……そんなこと、ありませんよ」


 先ほどのからかうトーンの声とは違い、とても真剣な声が降ってくる。

 クシェルが思わず指の間から顔を仰ぎ見れば、金色の瞳がクシェルを見つめていた。


 まろくて美しい目。


 初めて目を合わせたときから、ずっと心を掴まれている目だ。

 こつりこつりと足音を立てながら、イェレミアスは言う。


「クシェルの行動にはいつだって理由があるだろうなと、分かっていましたから」

「……どうしてですか?」

「ちゃんと、見ていましたから。分かりにくいですけど、表情や仕草に変化はありましたし。……僕としては、それを確認しながら言葉や行動を選ぶのも、楽しさの一環でした。予想外のことも多くてドキドキしましたけどね」


 そんなことでドキドキされていたのかと思うと、恥ずかしいやら何やらで困る。

 すると、イェレミアスは四阿(あずまや)に到着してからクシェルのことをそっと下ろしてくれた。


「実を言うと、今もものすごくドキドキしています」

「……え?」

「クシェルがどういう反応をしてくれるのか、分からないので」


 そう言い、イェレミアスは恭しく跪く。

 そしてポケットから小さな箱を出し、開けた。


 中に入っていたのは――漆黒のオニキスが嵌め込まれた、金の婚約指輪だった。


 思わず息を呑んでそれを見つめるクシェルに、イェレミアスは改まった口調で告げる。


「クシェル。あなたさえ良ければ……僕と、婚約してくださいませんか?」


 クシェルは数回口を戦慄かせてから、呟いた。


「……わざわざ、用意してくださったんですか?」

「そりゃあ、もちろん」

「それでは、この場所に連れてきたのも……」

「場所と格好は、とても大事でしょう? 一世一代の告白ですから、ロマンチックにいきたいですし」

「もう……も、う」


 ほら、こうやってまたクシェルの心を、最も簡単に絡め取って掻き乱す。

 今まであんなにも心が動かなかったのに、嘘みたいな気持ちでいっぱいだった。


 泣き笑いのような笑みを浮かべながら、クシェルは一つ、深く頷く。


「喜んで、イェレミアス様」


 そう言うと、イェレミアスはクシェルの手から手袋を取り去ると、左手の薬指に婚約指輪を嵌めてくれた。

 左手を掲げてその美しさに目を奪われていると、イェレミアスがそっと近づいてくる。


「そんなに喜んでもらえたなら良かったです。わざわざ自分で作成した甲斐がありましたね」

「……これを、イェレミアス様が?」

「ええ。一応、魔術師ですからね。宝石の類の扱いはお手の物です。もろもろ便利な魔術もかけていますから、防犯にも使えますよ」

「……もう、イェレミアス様ったら……」


 そう笑いながら言ったら、そっと両肩を掴まれた。思わず顔をあげる。

 金色の瞳が、クシェルを熱っぽく見つめている。

 そしてクシェルの顎に片手を添えると、親指で唇をなぞった。


「……クシェル」

「……はい」

「あなたと、契約を結んでもいいですか?」


 それは、宝石の娘としての契約のことを言っているのだろう。契約をした相手がくれた分だけ、相手に加護を与えるという契約。唯一無二の絶対。


 同時にそれは、今から口づけをするという合図でもあった。

 しかも、互いに目を合わせた状態でキスをする。


 心臓がうるさいくらい脈打って、耳にまで響いてくる。


 それでもクシェルは決してイェレミアスから目を逸らさず、笑みを浮かべながら答えた。


「はい。どうかイェレミアス様に、私の全てを捧げさせてください」


 瞬間。

 クシェルの言葉を飲み込むかのように、唇が重なる。


 金色の熱い視線を浴びたまま交わされる口づけは、どんなに甘い砂糖菓子よりも甘くてとろけるようで、それでいて背筋がビリビリするようなスパイスが降りかかっていた。


 同時に、体の一部が自分ではない誰かと繋がったような、そんな感覚を味わう。


 金色の、キラキラしたひかり。

 たとえるなら、流星だ。たくさんの流星が終始クシェルの中に流れ込んできて、キラキラと弾けていく。


 胸が満ち足りていくような、それでいてもっと欲しくなるような、そんな不思議な感覚。


 これが契約なのだと気づいたときには口づけは終わっていて、イェレミアスの腕の中で優しく抱き締められていた。


「ああ、これが、クシェルなのですね。満点の星が光る夜空に、包まれているような気分です」

「……イェレミアス様は、流星みたいです。キラキラした光が、私の中に流れてきてます……」

「夜空に星、ですか。イメージ的には、僕たちはなかなか相性がいいのかもしれませんね」


 イェレミアスの声がいつも以上に弾んでいるので、本当に嬉しいのだろう。クシェルも嬉しくなって、ぎゅっと抱きつく。その珍しい行動に、イェレミアスはくすくす笑った。


「クシェル。何があっても必ずあなたを幸せにしますから、覚悟しておいてくださいね」

「……はい。イェレミアス様のことも、私が幸せにしますから」

「おや、それは頼もしいです」


 心身ともに通じ合うことができた愛しい人のかいなの中で、クシェルは思う。


(今、なら)




 政略結婚から始まる幸福もあると、信じられます――と。




 そんな二人を見守るように、暮れかけていた空はどんどん藍色に染まり、夜の帳が下りる。

 空には満点の星空が美しく瞬いていた――

連載中に感想や誤字脱字報告をしてくださった方々、誠にありがとうございます。大変励みになりました。

最後まで楽しんでいただけたようであれば幸いです。


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最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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