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23.潜入開始

 アーレンス卿が、転移魔術を使ってどこかへ向かおうとしている。


 それを聞いたとき、イェレミアスたち実働部隊は各自作戦通り動き出していた。


 手始めに、アーレンス伯爵家の周りに配置していた魔術師六人を使ってアーレンス卿が開こうとした転移魔術の主導権を奪い、アーレンス卿の代わりに『アーレンス卿に化けたベネディクト』が潜入する。


 ベネディクトの得意魔術は、闇属性の魔術だ。

 闇属性の魔術が得意とするのは創造。無から有を作り出す能力だ。その魔術を応用して、全く別の人物に化けることができる。


 ベネディクトが、潜入や諜報などを担当しているのは、そのためだ。

 その上ベネディクトは、観察力に長けている。他の人間なら気づかないような細かな動作や癖などを見抜き、その人自身に近い行動をトレースできる。まさしく潜入向きの才能だった。


 今回もその要領で、アーレンス卿に化けてエーデルシュタイン子爵家に入り込む。

 このためだけに、転移魔術を使える宮廷魔術師を集めた甲斐もあり、アーレンス卿から主導権を奪い代わりにベネディクトが入り込むことができたようだ。


 あとは、弾かれたアーレンス卿が無駄なことを言って喚き立てる前に、アーレンス伯爵家に内部潜入をした協力者が黙らせてくれるだろう。


 ここまでの段取りが上手く進んでいることを、現場の部下たちから連絡を受けたイェレミアスは、エーデルシュタイン子爵家にほど近い隠れ家で聞いて安堵の息を吐いた。


 ひとまず、第一段階はクリアですね……。


 今回の一件の責任者はイェレミアスだ。最初に『エーデルシュタイン子爵家の調査』を命じられ、クシェルや関係者とも深く関わってきたからだ。だから、ベネディクトと一緒に作戦も考えた。


 わざわざこの方法を取ったのは、ツェツィーリアが『宝石の娘たち』を買う貴族たちがどのようにしてエーデルシュタイン家に入るのかということを知っていたからだ。


 内部に潜入して、確たる証拠を映像媒体で録画し証拠を押さえてから中に踏み込んで全員の身柄を押さえる。


 今回の件で一体何人の貴族が捕まるのかと思うと、頭が痛くなる。しかし何十年もの間犠牲になっていた『宝石の妖精の血を引く娘たち』がいたかと思うと、その程度の犠牲などなんてことはないように思った。


 女王陛下も、この件に関しては徹底的にやれとのお達しだ。貴族たちを追及してすべての膿を取り除くつもりでいる。それは、この国が妖精と精霊を敵に回すことを恐れているということでもあった。


 それに。


 この一件が終わらなければ……クシェルの身がずっと危険に晒されることになります。


 守ることはもちろんできる。それくらいならいくらでもやる。

 しかしその間中ずっと、クシェルが怯えて過ごさなければならない。それだけは耐え難い。


 そう思いながら、イェレミアスは隠れ家に設置されている映像媒体を眺めていた。


 ベネディクトの服のボタン部分には、撮影用の魔導具がついている。リアルタイムで見られる、宮廷の魔導具発明班最新の品だ。


 その魔導具越しに内部を見て、エーデルシュタイン子爵家に押し入るかどうかを決定する。


 腕を組んだまま、イェレミアスはその様子をじっと見つめていた。


『いらっしゃいませ、アーレンス卿。よくぞおいでくださいました』

『ああ、挨拶は結構。早く中へ案内してくれ』

『畏まりました、どうぞこちらへ』


 使用人らしき燕尾服の男が、ベネディクトから上着を受け取ってから中へ案内している。

 案内されたのは、ツェツィーリアの言う通り地下だった。エーデルシュタイン子爵家の地下は、建築する際に申請した範囲よりさらに大きく展開しており、ここで宝石の娘たちを養育して育て、機が熟せば貴族たちを集めて売り払ったり、クシェルのように『石ころ』と呼ばれる娘たちは外に放り出されたりしたらしい。


 この辺り、イェレミアスは勘違いをしていたのだが、クシェルがエーデルシュタイン家にいた頃にいた場所は王都だったのだ。


 てっきりエーデルシュタイン子爵家のカントリーハウスで過ごしていたと思ったイェレミアスは、それを聞いたときとても驚いたものである。


 理由としては二つ。

 一つ目は、クシェルが一日とかからず馬車で元エルツ男爵家のカントリーハウスについたこと。

 二つ目は、まさかこの妖精と精霊の力を借りて存続してきたミュヘン王国の首都で、そんな悪事を働く貴族がいると思っていなかったからだ。


 完全に先入観からくる見落としだが、その見落としをうまく利用して今まで悪事を働いていたのだから、エーデルシュタイン子爵家には感服する。


 そんなふうに思考を飛ばしていたら、いつの間にかベネディクトが会場に着いていたらしい。


 見ればそこは――聞いた通りの、地獄だった。


 たくさんの少女たちが、大きな鳥籠の中に入れられて飾られている。まるで展示品のようだ。

 肝心の少女たちも、綺麗なドレスを着てヴェールをかぶり、ただ無言で椅子に腰掛けている。


 その瞳には何も映っていないことを見て、イェレミアスはぎりっと歯を食いしばった。


 イェレミアスのところに来た頃の、クシェルのようだった。


 ガラス玉のように何も映っていない目。

 ぴくりとも動かない表情。

 等身大の人形がそこに置かれている、と言われても違和感がないくらい、彼女たちは美しく無機質だ。


 彼女たちをそんなふうに育てたエーデルシュタイン家にも。

 そしてこんな場所にきて、彼女たちの姿を値踏みし、ああでもないこうでもないと語って笑い話のタネにしている参加者の貴族たちにも。


 心の底から腹が立つ。


 その一方で、その光景を一緒に見ていたイェレミアスの部下たちは、愕然とした様子で映像を凝視している。


「こんな……まさか、妖精の血を引く高貴な方を……」


 ぼそりと、誰かがぼやく。


 その光景を実際に見ていたクシェルから話を聞いていたイェレミアスですら、怒りで頭がどうにかなってしまいそうなのだから、彼らが受けた衝撃はイェレミアス以上だろう。


 そのことを不憫に思いつつ、しかし慰めの言葉をかけることはできない。どうしようもないくらい傷ついているのは間違いなく、今から売りに出されようとしている彼女たちなのだから。


 イェレミアスは師団員たちに「しっかりしなさい」ときつめの口調で告げてから、ベネディクトに連絡を入れる。


「ベネディクト、聞こえますか?」

『……うん、聞こえてる』


 確かに響いてくる念話に、イェレミアスは頷き指示を出した。


「部屋全体を撮影して、今回関わっている貴族たちの顔を写したいです。なので、会場をぐるりと回ってもらえますか?」

『りょーかい』

「お願いします」


 ベネディクトとの連絡を切り、イェレミアスは師団員たちに問う。


「映像はしっかり、魔導具に記録できていますか?」

「はい、ローデンヴァルト師団長。この分であれば、証拠として十分に使えます」

「分かりました。……二人を残して、あとのメンバーは外に出ます。残った二人は記録が終了し次第、僕に連絡をしてください。……内部に踏み込みます」

『了解』


 その場にいる全員が声をそろえる。その瞳には闘志が宿っており、イェレミアスは少しだけ安堵した。この士気なら問題ないだろう。

 そう思い、言葉を続ける。


「確実に戦闘になります。二人一組で行動し、交戦すること。また、優先するべきなのはエーデルシュタイン家の令嬢たちの救出及び保護です。救出班は予定通り、救出した令嬢たちを所定の屋敷に避難させてください」

『はい』

「そして、僕率いる捕獲班は、二手に分かれます。関係者を外に出さないために、エーデルシュタイン子爵家に結界を張る二班。そして、会場に踏み込み捕獲をする一班です。……心の準備は良いですか」

『はい!』



 師団員たちの声が響く。


 そんな彼らを率いながら、イェレミアスは外へと繰り出した。

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