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13.真実を知る

「……あ、の。クシェル」

「は、はい、なんでしょうか……?」

「……僕に対して、何か言いたいことは……ないの、ですか?」

「え、ええっと……?」


 言いたいこと。


 そう言われ、少し首を傾げてから、クシェルはハッとした。


(そうだわ。お礼を言えていない)


 クシェルは深々と頭を下げた。


「イェレミアス様。本当にありがとうございます」

「……は、?」

「私、イェレミアス様に出会わなければ、おそらく死んでいたはずなんです」

「……は、え?」


 イェレミアスだけでなく、ヘルタさえもが変な声をあげている気がした。顔をあげて二人の顔を見たが、どうして困惑した表情をしているのか分からない。

 だが事実、クシェルは落ちこぼれなのでそうなる運命だった。


「あ、の。昨夜もお話しましたが私、落ちこぼれなんです。契約者の望む幸せを、もたらすことができないんです。ですが私たちを求める方々は、それを望んでいます。……だから私、不良品だから。イェレミアス様でなければ、絶対に殺されていましたし……それに、ああ、ようやく死ねるなって、そう思っていたのです」


 そこまで伝えてから、胸の内側から様々な感情が溢れ出て止まらなくなった。


「なのに優しくしていただいて、様々なものをくださって。本当に本当に嬉しかったですし、だからこそ嘘をついてまでとなりにいることが心苦しかった。耐えられなくなったから私、昨夜イェレミアス様に全てを打ち明けたのです」


 クシェルは俯きながらも、興奮気味に語り続ける。


「なのに、イェレミアス様は許してくださって。ご自身の秘密も打ち明けてくれて、むしろこうして、頼ってくださいました。迷惑ばかりかけているあなた様に、やっと報いることができてその……嬉しいと、思ったのです。なので……本当にありがとうございます、イェレミアス様。あ、の。私、石ころなので言うほどお役に立てないかと思いますが、それでも恩返しは絶対にさせていただきますので……そ、の、よろしくお願い、いたします!」


 そう伝えて顔を上げれば、イェレミアスとヘルタが顔をくしゃくしゃに歪めている。

 え、と思いクシェルが思考を停止させていると、ヘルタが首を横に振った。


「違う……違うのよ、クシェルさん。それは、違うわ」

「……ええっと?」

「そうです、クシェル。……そもそも、前提が違うんです」


 イェレミアスがそう言って、クシェルの傍らまで歩み寄り片膝をついた。そしてクシェルの片手を取り、ぎゅっと握り締める。

 それが、これから伝えられることの重大さを指し示しているかのようだった。


 イェレミアスは何度か口を開閉させ、逡巡しているようだったが、意を決したように口を開く。


「……いいですか、クシェル。そもそも、宝石の妖精の能力は、『契約者の不幸を背負って、幸をもたらす』というものではないんです」

「……え?」

「宝石の妖精は――『契約者が大事にしてくれた分だけ、契約者に加護を与える』。そういった能力を持った妖精なんですよ」


 クシェルは、息を呑んだ。

 バラバラと、自分の中にあった何かが音を立てて割れていく気がする。そのためか、体がわけもなく震え出した。

 そんなクシェルを落ち着かせるためか、イェレミアスはクシェルの手を両手で包み込んでくれる。


「クシェル。昨夜と今回の話を聞いている限りだと……エーデルシュタイン家の娘は、『契約者の不幸を背負って幸をもたらすもの』と教わってきた……それで、間違いはないですか?」

「っ、は、い」

「……そして、その能力がない娘は、石ころだと蔑まれていたのですね?」

「……は、い」


 そうクシェルが、ガクガク震えながらなんとか頷くと、イェレミアスが眉をひそめながら口を開く。それが気のせいか、やけにゆっくり動いて見えた。


「いいですか、クシェル。……よく、聞いてください」

「は、い」

「……あなたは、落ちこぼれなんかじゃない。ごくごく普通の、宝石の妖精の血を引く。れっきとした、能力者なんですよ。――妖精の魔法は、血によって継承される絶対なるものですから」


 ――自分に、能力が、ある。

 ――魔法が、使える。


 その事実は、クシェルの中に雷のような衝撃を与えた。

 それでも知りたくて、でも知りたくなくて。どうしたらいいのか分からないまま、クシェルはイェレミアスを見つめる。


「……で、は。貴石と、半貴石の、娘、は」

「……それは純粋に、生まれ持った魔力が多かったのでしょう。推測でしかないので、他にも何か理由があるかもしれませんが……少なくとも、正規の契約とは違います」


 イェレミアスの言葉に同意するように、ヘルタが口を開いた。


「クシェルさん。わたしが以前、妖精と精霊の話をしたときのこと、覚えているかしら」

「は、は、い」

「そのときに、わたし。妖精と精霊、そして人間。彼らの関係を、なんと言ったかしら」


 上手く働かない頭が、過去の記憶をなんとか引っ張り出してくる。


『彼らは皆等しく良き隣人ではありますが、奴隷でも従者でもありません。どちらかというと、信仰する存在ですね』


 そう。ヘルタは確かに、クシェルにそう言ったのだ。

 同時に、その言葉の意味と自身に起きていた現状の齟齬を理解して、サァ、と血の気が引いていく。


 クシェルの顔色が青くなっていくのを見ながらも、イェレミアスは言った。


「そう。妖精や精霊は、人間の奴隷ではない。だからこそ、人間側が一方的に利益を得てはいけないんです。それが古くからの教えで、僕たちが妖精や精霊から力を借りるにあたって必要な、絶対の(ことわり)だから」

「……あ……」

「だからクシェルは、ちゃんとした契約者と契約してたくさん大事にされれば、宝石の妖精としての魔法を発揮できるんです。あなたにはちゃんと、魔力が通っていますから」


イェレミアスから魔力という単語を聞き、クシェルは慌てて首を振る。


「で、すが、私。魔術、使ったこと、なくて」

「それは、魔術に回せるだけの魔力が足りていなかったからです。宝石の妖精の魔力は、他人から与えられる想いによって蓄積されていくもの。磨かれれば磨かれるほど光る。それが、宝石の妖精の特徴です。なのでクシェルの育った環境では……それは……」

「ッッッ!」

「ですが……エーデルシュタイン家は妖精に対する契約を破り、しかもそれを、一部貴族だけで共有して、甘い蜜を啜っていたようですね」


 イェレミアスから、わずかに怒りのような揺らぎが感じられた。彼がこんな顔をするなんて、エーデルシュタイン家は一体どれほどまでに重い罪を犯してきたのだろう。


 それと同時に、クシェルは自身が花嫁衣装にと縫ってきたドレスを着る相手のことを、ふと思い出した。


 いつもいつも祈っていた。彼女たちが少しでも幸福になることを。

 本当の意味で幸せになれる娘たちがいないからこそ、ただただ祈っていた。


 幸せになって欲しかった。

 幸せに、なりたかった。


 みんなみんな、そうだ。

 初めから死にたいと思う人間なんて、いないのだから。


 なのに。


「私、は。私たち、は。死ぬ必要なんて、なかったの、です、か?」

「……クシェル」

「相手の不幸を背負って、死ぬ。死ぬことだけが定めでは、なかったの、です、か……?」


 ――ぽたっ。


 気づいたら、頬を伝って涙が流れ落ちていた。

 どうして自分が泣いているのか分からなくて、でもどうしても涙が止まらなくて、クシェルは慌てる。


 ぽたり、ぽたり。


 伝い落ちた涙が、イルザが作ってくれた美しいドレスにしみを作ってしまう。

 そんなもったいないことしたくないのに、どうしても涙が止まらない。


(それに、イェレミアス様やヘルタ先生が、いる前、なのに)


 こんな、子どもみたいに泣きじゃくるなど、恥ずかしい。


「も、申し訳ありません……すぐ、止めます。止めます、から」

「クシェル」

「止め……ます、か、らっ……」

「クシェル――大丈夫です」


 そう言われ。

 気づいたら、イェレミアスに抱き締められていた。


「もういいんです、クシェル。我慢なんて、しなくて」

「っ、!」

「僕たちは絶対、あなたに危害は加えません。絶対に傷つけません。だから……ひとりで、苦しまないで。もっと僕を、頼ってください」


 そのぬくもりに、優しさに。変わらない声音に。すべてがすべて、温かくて、心地よくて。クシェルの涙が余計止まらなくなる。


(イェレミアス様のお洋服、汚れて、しまう)


 そう思うのに、それを塗りつぶすくらいの感情が胸の内で渦巻いて、全てをさらっていった。




「ぅ、あ……」


 かなしい。


「ぁ、ぁぁ」


 くるしい。


「ぁぁああ」


 なぜ。


「――ァァァァアッッッ」


 ――どう、して。






 その日、クシェルは泣いて泣いて、泣いて。

 声が枯れるほど泣いて。

 イェレミアスに抱き締められながら、とにかく泣いて。


 そのまま、まどろみの中へ身を委ねた。


 ――そしてクシェルは、人生で初めて、高熱を出して寝込んだ。

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