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12.罪を聞く

 現実感のない中、普段と何ら変わりないイェレミアスと一緒に朝食を取り、ガタガタと馬車に揺られて数分。

 クシェルは、とある屋敷に来ていた。


 その入り口に降り立ったクシェルは、その大きさに唖然とする。


(ここ、は……どなたの、お屋敷?)


 入り口からして立派で、趣がある。クシェルが今住んでいるタウンハウスなど、このお屋敷と比べたら可愛らしいくらいだ。王都なのに敷地内に庭があることが、何よりの証明だろう。


 しかも、掲げられている紋章に妖精の翅が描かれている。


 ヘルタが言っていた。『紋章に妖精の翅が入っている一族は、王家に認められた一族』だということを。


 クシェルが思わず固まっていると、イェレミアスは手慣れた様子で入り口を開けてしまう。

 あ、という間もなかった。慌ててついていけば、中から一人の女性が出てきた。


 見知ったその人の顔に、クシェルの思考が停止する。


「ヘルタ、せん、せい……?」

「はい、クシェルさん。先日ぶりですね」


 にこりと微笑んで出迎えてくれたのは、ヘルタ。クシェルの花嫁修業の先生をしてくれている、その人だった。

 しかし普段の質素な服とは違い、アイリス色の美しいドレスを身に纏っている。流行のバッスルスタイルドレスだ。つまり、最近作ったものということになる。


 髪も美しく結い上げられ、品の良いバレッタで留められていた。


 その姿は、クシェルが知っているヘルタのそれではない。

 混乱してイェレミアスとヘルタの顔を交互に見比べていたら、イェレミアスが姿勢を正した。


「ようこそ、クシェル。改めて、自己紹介をさせてください」

「……え?」


 恭しく、イェレミアスが腰を折る。


「僕の名前はイェレミアス・ローデンヴァルト=フォルモント。ローデンヴァルト侯爵家の第二子であり、こちらにいるローデンヴァルト第二夫人ヘルタの長男であり……宮廷で魔術師として働いています」

「……それでは、このお屋敷、は」

「はい。ローデンヴァルト侯爵家の屋敷ですよ、クシェル」


 あまりの情報に、クシェルは息を呑む。

 そんなクシェルの様子を確認したイェレミアスは、その美しい相貌を歪めて申し訳さそうに頭を下げた。









 客間に通されたクシェルは、向かい側に座るイェレミアスとヘルタの顔を見つめていた。

 クシェルの様子をつぶさに確認しながら、イェレミアスが重たい口を開く。


「まず、僕がどうしてエルツ男爵の名を騙っていたのか……という点から説明します」

「はい」

「……事の発端は、僕が女王陛下からいただいた命令書です」


 女王陛下。

 唐突に、あまりにも大きな存在を伝えられて驚いた。


 しかしそれは、イェレミアスの立場がそれだけ上位ということでもある。思わずぎゅっと手を握り締めると、イェレミアスが淡々と言葉を続けた。


「女王陛下は、クシェルの生家……エーデルシュタイン家の不正に関して調査せよ、と仰せでした」

「……私の、生家を……です、か?」

「はい。エーデルシュタイン家は古くから宝石の妖精の血を引く一族として名高いのですが、秘密主義でその実態が謎に包まれていたのです。その上で、エーデルシュタイン家が宝石の妖精の力を悪用している、という情報が入りまして。そのために、僕が調査することになったのです」


 なるほど、とクシェルは内心納得した。

 クシェルたちエーデルシュタイン家にいた人間からしてみたら、寝耳に水、青天の霹靂、といった気分だったが、内情のひどさを把握していただけあり王家から目をつけられたのも仕方のないことかもしれない。


 クシェルがこくこくと頷くのを見て、イェレミアスはなおも続ける。


「そこで、別件で捕らえたエルツ男爵が所持していた書類から、エーデルシュタイン家の娘を妻として迎える方法が記載された資料が出てきたのです。僕たちとしては、本当にちょうど良かった。しかし僕の名前を使えば、きっとエーデルシュタイン家に警戒されてしまうでしょう。そのために、エルツ男爵の名を騙ってあなたを迎え入れることにしたのです」


 それを聞いて、クシェルはすとんと胸に落ちるような心地になった。


(だってイェレミアス様も、使用人の方々も……とてもではないけれど、新興男爵家の方とは思えなかった、もの)


 物腰がとても落ち着いていて、品が良くて。歩き方一つとっても、イェレミアスはとても美しかった。

 そういう所作などは、幼い頃から身につけた結果、内面から滲み出てくるものだ。


 特に顕著だったのは、やはり使用人であるレーネとクヌートの存在である。

 エーデルシュタイン家にいた使用人たちは、仕事をクシェルたちに押し付けるばかりでろくな仕事などしていなかった。それと比べると、レーネとクヌートは二人で何人分もの仕事を軽々こなし、その上で主人たちに気遣いすら見せている。どう見ても、新興男爵家では見られない光景だった。


 そしてそれに気づけなかったのは、クシェルがそう教育されていたからだと思う。


 どんな家に行って、どんな扱いをされても耐えられるように。絶対に何も言わないように。何もおかしいと、感じないように。


 そう、教えられてきた。

 ずっとずっと、昔から。


 だから、今その呪縛から少し解放されたかと思うと、なんだか嬉しいような、悲しいような、ほっとしたような。よく分からない感情が湧き上がってくる。


(また、救われてしまった)


 何度、イェレミアスは救ってくれるのだろう。これ以上救われてしまったら、クシェルは一体何を返せばいいのだろう。


 そう思って顔を上げれば、イェレミアスが沈痛な面持ちでクシェルを見つめている。

 クシェルは、体を大きく跳ね上げて驚いた。


「クシェル」

「は、はいっ」

「……申し訳ありませんでした」

「……え?」


 何に対しての謝罪か、分からない。

 思わず目を瞬かせていると、イェレミアスが頭を下げてきた。


「あなたに嘘をついていたこと、騙していたこと、心の底から謝罪します。本当に本当に、申し訳ありませんでした」

「え、あ、そ、の……」

「……その上で、僕は浅ましくもあなたにお願いしたいことがあるのです」


 視線が合う。イェレミアスの美しい金色の瞳が、クシェルを見つめた。

 どきりと、心臓が高鳴る。


「エーデルシュタイン家の実態を把握するためにも、僕に協力してくださいませんか?」


 真剣な表情で、イェレミアスが懇願している。


 そのことに驚きつつも、クシェルの胸はぐんぐんと込み上げてくる喜びでいっぱいになっていった。


(あのイェレミアス様が、私を頼ってくださっている)


 こんなにも助けてもらって、救ってもらって。なのに、何も返せないと思っていた。それがもどかしくて申し訳なくて、その上嘘をついて裏切ることになって。それが、苦しくてたまらなかったのだ。

 なのにイェレミアスは、クシェルの嘘すら優しくくるんで許してくれて、しかも頼ってくれている。


 まるで、贖罪の機会を与えてくれているかのようだった。


 今まで沈んでいた気持ちが浮き上がり、気分が少し高調する。

 そんなクシェルと打って変わって、イェレミアスの表情は落ち込んだままだった。


「本当に申し訳ありません。嘘をついていたのに、あなたに協力を申し込むなど……虫の良い話だと思うかと思います」

「……え」

「ですが、それしか。あなたしか、エーデルシュタイン家の内情を知っている方がいないのです」

「そう、ですよね。父は、私たちを嫁がせる場所は、かなり厳選していましたから……」


 むしろ、クシェルがこうして生きているのは、エーデルシュタイン家当主たるオトマールからしてみたら、全く予想していないことなのではないだろうか。


 だからイェレミアスが言う通り、エーデルシュタイン家の内情を王家の関係者に話せる人物は、クシェルしかいない気がする。


 そう勝手に納得していると、イェレミアスはクシェルの言葉をどうとったのか、顔を大きく歪ませた。


「クシェル」

「は、はい」

「僕のことを嫌っても、憎んでも構いません。あなたが望むのであれば、できる限りのこともします。ですから……どうか、僕に、協力してくださいませんか?」

「は、い。私にできることであれば、いくらでも」


 クシェルとしては、本当に、なんてことはないという感じで了承した。

 だってそれで、イェレミアスが喜ぶのだ。なら、クシェルが協力しない選択はない。

 なのに、返ってきたのは予想もしない声で。


「……え」


 イェレミアスはとてもとても困惑した顔をして、クシェルを見上げていた。

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