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0.無価値な娘の嫁ぎ先は、成り上がり男爵家でした

2/6(土)だけ、7、13、19時台に更新。

それ以外は、完結まで毎日19時台に更新する予定です。よろしくお願いします。

 エーデルシュタイン子爵家に生まれた娘の価値は、三つに分かれる。


 一つ目、高値で売れる(貴石)

 二つ目、そこそこで売れる(半貴石)

 三つ目、端金程度で売れる(石ころ)


 その中で、クシェル・オニュクス・エーデルシュタインは三つ目――石ころ程度の価値しかない者として生を受けた。


 理由は、漆黒の髪に漆黒の瞳という、地味な色を持って生まれたから。

 そして、エーデルシュタイン家の娘が持つべき力――契約者の不幸を一身に引き受け、代わりに幸をもたらす能力を持たずに生まれてしまったからだ。


 翠、白銀、真紅、蒼――エーデルシュタイン家ではとかく、美しい見目と美しい色を持った娘が尊ばれる。初代当主が宝石の妖精と交わったことで得られるようになった恩恵だ。


 だから、地味な琥珀や黒の髪と目はハズレ。価値が低い。

 その中でも、宝石の妖精が持つとされている人間の不幸を一身に引き受け、家に幸をもたらす娘がエーデルシュタイン家の娘として最も価値の高いものだと言われた。


 と言っても、能力や見目が優れているからといって家での扱いが大きく変わるわけではない。エーデルシュタイン家の娘たちは皆一律に勉学、手芸、料理……ありとあらゆる女性の手習いごとに優れていなければならず、家にいる間は朝から晩まで教育を施された。


 どこへ出しても。そう、下級の家から上級の家、どこに行っても対応できるほどの能力を持ち、それでいて貞淑で控えめな淑女になることを求められる。


 つまり、理想のお人形のような女性。

 それを、エーデルシュタイン家が一つの売りにしているからだ。


 だから、貴石だろうが宝石だろうが石ころだろうが、等しく教育は施される。それが価値の一端にはならないが、エーデルシュタイン家の名に恥じない品質、つまりブランドを守るためのものだった。

 娘たちは皆等しく、エーデルシュタイン家を繁栄させるための道具に過ぎないのだから。


 男たちは娘たちを売ることで得た多額の金銭で富を得て、より価値の高い娘たちを生み出すための教育を施していく。

 だから、クシェルにとって異性というのは皆等しく、横暴で欲深い生き物だった。


 そうして、出荷先が見つかった娘は送り出される。


 貴石の娘や宝石の娘のほうが、嫁ぎ先は早く決まる場合が多い。価値があるからだ。契約者に巨額の富、美しい女性、事業の成功……欲しいものをなんでも与えられる。彼女たちは決まって高位貴族の元へ送り出される。そういうところへ行けば大抵妾としてしか扱われないが、愛玩はされる。

 かと言って、子を成してもその子に力が引き継がれることはほとんどない。宝石の妖精の力は、妖精と直接交わった一族にだけ継承されるものだからだ。


 だから、貴族たちはエーデルシュタイン家の娘を愛玩する。

 愛玩するだけ愛玩して、全ての不幸を彼女たちに押し付け、能力を失い死に果てた娘たちを捨ててまた別の娘を娶る。


 その、繰り返し。


 そして、嫁ぎ先は大体決まっている。同じ貴族の家へ嫁ぐことがほとんどだ。

 それはそうだろう。一人の人間を金で買うような貴族にしか、エーデルシュタイン家は娘を嫁がせない。まともな貴族と取引などすれば、家の存続すら危うくなることを知っているからだ。


 だから、エーデルシュタイン家の娘に本当の意味での幸福な未来が待っていることはない。

 死ぬまで、嫁いだ家の不幸を背負って生きる。

 それが、能力を持つ娘たちの運命だ。


 クシェルのような石ころが送り込まれるところは、それよりもさらにひどい程度の違いだった。金払いだけは良い成金か、はたまた一縷の望みをかけて有り金を全部はたいた没落寸前の貴族か。しかしエーデルシュタイン家は、そういう人間に能力を持つ娘をあてがわない。結果、嫁げばなぶりものにされるか、奴隷のような扱いを受けるかだ。高い金を払って粗悪品を押し付けられたのだから、それも道理だと思う。


 だから、クシェルが結婚に対して全く希望を抱いていないのも、必然だった。


 そんなクシェルの嫁ぎ先が決まったのは、十六のとき。

 さる、平民上がりの男爵のところだという。


「金払いは良いが男爵如きでは、今後の取引先にはならん。だからクシェル、嫁ぐのはお前だ」


 父であるオトマールからそう漆黒のヴェール越しに聞かされたとき、クシェルはああ、と思った。


(ああ、私……ようやく死ねるのね)


 こうべを垂れ、湧き上がる感情を唇を一文字にしてなんとかこらえる。さらりと、被っていたヴェールが揺れた。


 それくらい、死ぬことは幸福なことだった。

 少なくとも、クシェルのような石ころの娘には。


 自分の手では恐ろしくて死ねなかった。

 しかし物として扱われ厳しく躾けられる日々に、心は確実にすり減っていて。できる限り早く死にたいと、ずっとずっと思っていた。


 嫁ぎ先の相手がどのような人物なのか。またどんな家格を持っているのかなど、クシェルにとってはどうでも良い。


 使い物にならない。

 そう思って、殺してくれさえすれば。


 そのためには、相手を怒らせるような態度を取らなければならない。


(何を、言おうかしら)


 頭の中で嫁ぎ先の男性が激昂しそうなことを考え、笑いそうになる。上手にやらなければならないな、とも。

 クシェルは、歓喜で震える唇を一度ぐっと噛み締めてから、ヴェール越しに父親の顔を見る。そして、ゆっくりと口を開いた。




「はい、お父様」

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