第3話
「・・・大精霊?君、猫じゃないの?」
聞き間違いだろうか。目の前のこの、どう見ても猫にしか見えないモフモフは、先ほど“大精霊だ”と言っていたような気がするのだが。
でも確かに、パッと見は猫に見えるがよく見ていると違う。毛色は白っぽいが透明感があり、毛先が少し虹色に透けて見える。瞳の虹彩も、オパールのように複雑に色が散りばめられている。
「君のいた世界を見て回るのに支障がないように猫の姿をしていただけだよ。ボクの本当の姿は大精霊で、この世界の住人じゃないんだ。」
およそ現実味のない言葉に、ない口をポカンと開けて彼を見つめた。
精霊、空想の世界の存在。猫のような彼は、自分がそうだと言った。理解が追いつかない。
だが彼が本当に精霊だと言うのなら、この不可思議な空間にも、死んだはずの私がこうしてここに存在しているのも、彼が精霊で、何か特別な力を使っているからだと説明がつく。
いや、そう思い込まないとこの非科学的現象を受け入れられない。謎の大精霊様パワーで死んだ私はここにいられて、なんか謎の空間にいられる。そう、ここは夢と魔法の世界。それで納得しろ、自分。
「だいぶ混乱してるところ悪いけど、君は今魂だけの状態なんだ。で、いつまでもそのままだと消滅しちゃうから、ボクと一緒にボクの世界に来て欲しいんだ。ボクを助けてくれた君に、せめてもの償いとしてボクのいた世界で新たな人生を送って欲しいと思ってるんだけど、どうかな?」
小首を傾げ、暖かな眼差しで彼は手をこちらへと差し伸べてきた。
けれど、私は素直にその手を取ることができなかった。
「新しい世界で・・・また人間として、生きてかなきゃいけないの?」
「え?」
オパールの瞳が、不思議そうに瞬いた。それはそうだ、生き返りたくないと言われるなんて思ってもなかったのだろう。
だけど私は、自分の歩んできた道の険しさを思い出すと、また人間として生まれ他人と関わっていきたいとは思えなかった。人間の悪意はどこまでも広く深く、それは異世界だからといって変わるとは考えられない。
「どうせ生まれ変わるのなら猫になって、自由気ままに、のんびり過ごしたいな。」
私の願いなんて、そんな些細なものだ。好きなことだけして、誰にも振り回されず、自分を大切にして生きたい。
たったそれだけのことなんだ。