ハリベルはモテる
前回のあらすじ
ハリベルに熱烈な愛を囁く王女登場。まるでなろう主人公な状況だけど本人は怖がってます
「まあ! 勇者様もクインベルへ向かうのですね。実は私もクインベルへ向かう予定だったのです」
プロセクールの王女、ウミは両手を合わせて微笑みを浮かべた。
馬車の外ではお付きの従者が悲鳴をあげながら倒れ込む音が響いている。
『早く国王様に連絡を』『外務省に通告』『クソッ、なんでこんなところに勇者様がいるんだよっ!』『ああああ、もうこんな仕事やめたい!!』
そんな阿鼻叫喚な地獄絵図が繰り広げられているのだろう。
ウミと同じく馬車に乗り込んだ近衛侍女が顔を青ざめさせている。
「あっ、はい……」
隠れるためにマフラーを巻き付けていたハリベルだったが、ものの数秒で剥ぎ取られて屍のように相槌を打っている。
右腕にウミ、左腕にルミナスを侍らせている姿は両手に華なのだが、いかんせん本人が死んだ魚のような目でいるから羨ましいとは思えない。
その様子を見ていたエルザがこっそりと俺に話しかけてきた。
「ハリベルって、女の子にモテるんだね」
「そうらしいな」
ウミが俺を見て鼻で笑ってきたので、俺も負けじとエルザの腕に抱きつく。
エルザも抱きしめ返してきたのを目撃したウミは『ぐぬぬ』と悔しそうに睨みつけてきた。
両想いを舐めないでほしいね。
「そうですわ、勇者様。ファルセットの港にはアーティファクトが沈んでいると言います。どうか勇者様の為に回収させてくださいな」
ウミのとんでもない発言に、侍女が目頭を押さえて俯いてしまった。
ハリベルは目を丸くして、それからゆるゆると首を振る。
「えっと、ウミ王女殿下様。お気持ちは大変嬉しいのですが海の底にアーティファクトがあるという確証は……」
「ありますわ。なにせ、教会の要望に応じて国宝たるアーティファクトを輸送していたんですもの」
ウミは誇らしげに胸を張りながら、機密情報を盛大に暴露した。
「……あっ、あっ、あっ」
狼狽えたハリベルが挙動不審な動きをする。
ルチアが首を横に振り、帽子を深く被る。あれは目も当てられない、という彼女なりの意思表示なのだ。
バーリアンは……従者の一人とこそこそお話ししている。
多分、今後どうするかを相談しているのだろう。
「さあ、話は決まりましたわね。あなた方を私の船にご招待しますわ!!」
そして、ものの見事にウミは会話の主導権を握ると行動の指針を決定した。
まあ、俺たちが船を調達するより王女様の船に乗せてもらった方が手続きが少なく済むから助かるんだけど……
「ハリベル様、ウミ王女殿下にくれぐれも失礼のないようにお願いしますよ。わかってますか、王都が大変なことになっているのかもしれないのですよ。鼻の下を伸ばしている状況じゃないですよ」
「わ、分かってるから……だからちょっと二人とも離れて……!」
囁くようにハリベルに釘を刺すルミナス。
じっとりとした視線は、なんというか妙に迫力がある。
嫉妬した女の子は可愛いけど怖い。
そのことを身をもって知っている俺は、心の中でそっとハリベルにエールを送っておいた。
「王家の船ってやっぱり大きいのかな?」
「そりゃもう大きいぜ。川の船とは比べものにならないぐらいだ」
川を渡る為のカヌーしか知らないエルザは、海と船に想いを馳せている。
「あわわわ、なんだか大変なことになりましたね……」
商人のペトラは帽子についた羽を揺らして、一人だけ慌てていた。
◇◆◇◆
「わー、海だー!! すごーい!!」
深い青色の海に青い空、白い雲。
それらをバックに瞳を輝かせる赤い髪のエルザ。
眩しい、実に眩しい。
エルザの笑顔と水面に反射する太陽が眩しい。
「神様、俺とエルザを出会わせてくれてありがとう……!」
この奇跡のような光景に感謝の祈りを捧げつつ、俺はそっと手持ちの紙に火魔術を応用してスケッチを描く。
練習ついでに始めたものだが、なかなかの出来だと自分でも自負するぐらいには正確だ。
今、俺たちはウミ王女の計らいで王家所有の船に乗っている。
ちなみに、商人のペトラも何故か一緒だ。
本人曰く『うすうす勇者様だとは分かっていましたが、まさか王族の方とも出会えるなんて……!』と叫んで商会に連絡を取って、ちゃっかり船に乗り込んでいた。
大方、従者や官僚とコネを作りたいんだろう。
ルチアは乗船そうそう、船酔いでハンモックの上から動けないし、ハリベルはルミナスとウミ王女に挟まれてトイレに行くのも難儀していた。可哀想。
俺は大海原を見てはしゃぐエルザを眺めながらニマニマしているっていうわけで、なかなか充実した旅を送っている。
予定としては、ファルセット港に立ち寄って物資を補給してから王都に直接入れる港へ行くのだ。
ウミ王女という王族もいるから、王都に入るのはそう難しくはないはず。
同盟国のウミ王女が強めに出れば、例え教皇や国王が命令したとしても拒めないのだ。
「蒸気船っていうんだっけ。凄いよなあ……」
改めてしみじみと外国の技術を目の当たりにする。
帆を張った船ではなく、水を沸かした湯気で部品を動かすという。
海流や風の流れに左右されにくいとウミ王女は解説していた。
「あ、ねえねえ。あれがファルセット港なのかな!?」
エルザが指差す先に、港らしきものが見える。
「そうだな。あれがファルセット港だ」
ファルセット港。
そこは去年、魔物の大軍に襲撃された港で壊滅的な痛手を受けた場所だ。
それでも少しずつ復興の芽が出ている。
そして、ファルセット港の近くには、かつて勇者が身に付けていたとされるアーティファクトが海の底に沈んでいる。
「けど、ウミ王女殿下は深海の底に沈んだものをどうやって回収する気だ……?」
キラキラ光る水面を見つめながら、俺は首を捻ったが答えは出てこなかった。
更新が停滞して申し訳ない……!




