プロセクールの王女
前回のあらすじ
王都に入れなかったので、プロセクールで船を調達して港から入ることにした。
馬車は順調に街道を進み、数日でプロセクールの国境を越えて目的地の港を目指していた。
道中で何度か狼型の魔物が襲ってきたが、すぐに返り討ちになった為ほとんど予定通りの走行である。
「……おお神さま。どうか王女さまとかち会いませんように」
ただ一人、ハリベルは国境を越えてからずっとこの調子だ。
俯いてぶつぶつと祈りを捧げている。
傍らにいるルミナスが慰めるように背中を撫でていることにも気がつかない様子だ。
俺も何度か話しかけたが、それでもハリベルは上の空でずっと頭を抱えている。
前に出会ったプロセクールの王女がトラウマになっているらしい。
「カイン、何してるの?」
ひょこ、とエルザが俺の手元を覗き込む。
ペトラと一緒にいるからバンダナで犬耳を隠しているが、きっとその下ではぴこぴこしているのだろう……くっ、妄想が捗るッ!!
「これか、俺たちが見つけたダンジョンコアの術式の写しだ。これを解読できたら好きに性別を変えられるようになるんだけどな」
「なんだか難しそうだね」
「半分ぐらいは解読できたが、残りがどうも難しくてな」
十種類の文字で描かれていたものまでは突き止めたが、蝸牛の周囲を取り囲む重要な部分が見たこともない文字列になっているのだ。
この文字列が、これまでの魔術では扱わないものばかりで解読が難航している。
考えすぎて頭が痛くなってきたので、むにむにと眉間を揉む。
するとエルザが俺の頭を大きな掌でゆっくり撫でてきた。
「ん、気持ちいい」
「これぐらいしか役に立てないけど……他に何かして欲しいことはあるかな?」
俺は無言で首を横に振ってエルザの肩に頭を預けた。
整備された街道を走る馬車は、大きく跳ねることもなく静かに進む。
ゆらゆらと眠気に微睡んでいると、いきなり馬車が止まった。
「わわっ、なんだ!?」
エルザに支えられながらなんとか体勢を立て直す。
「すみません、王家の馬車が見えたもので!」
「────へ?」
ペトラの言葉に真っ先に反応したのは、ハリベルだった。
立ち上がった彼は無言で荷物を漁ると、マフラーを取り出して顔にグルグルと巻き始めた。
呆気に取られる俺たちを余所に、ハリベルはルミナスの背中に隠れてぶつぶつとまた祈り始める。
「バレませんように、バレませんように、バレませんように……!」
どんな恐ろしい魔物にも怯むことなく戦いを挑んでいたハリベル。
そんな彼がガクガクと震えながら怯えている。
王家の馬車だからといって王女さまが乗っているとは限らないんだけどな……。
『え? 馬車の中、ですか。私が雇った護衛が数名ほど……』
馬車の外から、ペトラが誰かと話している声が聞こえた。
なにやら少し揉めているようで、馬車の中に緊張が走る。
『わたくしの直感がつげていますわ。ここに我が最愛がいる、とッ!』
聞こえてきたのは凛々しい女性の声。
馬車の幕を強引に開けたのは────深海のような深い髪色をポニーテールに纏めたプロセクール国の王女だった。
ゆらりと馬車の中を見渡した彼女は、ハリベルに気付いて視線を留める。
「あっ、見ぃ〜つけたっ!!」




