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王都の異変


 馬車に揺られること一日。

 王都に入るため、俺たちは検閲の順番を待っていた。


「なあ、なんか長くないか?」


 ハリベルが訝しげに商人に尋ねる。

 それまで船を漕いでいた商人ははっとして頭をぶんぶんと左右に振った。


「どうやら、街に入る門が閉まっているみたいですね。どうします?」

「変だな。いつもならこんなに時間は掛からないはずなのに……」


 ハリベルと商人のやり取りを聞いたルミナスとルチアが顔を見合わせる。

 俺もなんだか嫌な予感がして、馬車の外を覗く。


『通行許可証があるのに入れないってどういうことだ!?』

『何人も通すなという教皇の命令ですので、何卒ご理解を!!』

『説明しろ!』

『できませんっ!!』


 王都前の門は多くの人でごった返してえらい騒ぎになっていた。


「どうしたもんか」

「……あの、ものは提案なんですけど」


 商人はそう前置きして、冒険者ギルドに提出する用紙を取り出す。


「私めは本社にある隣国のプロセクールに向かう予定なんです。王都で護衛を雇ってから向かうつもりだったんですけど、こんな状況じゃこれも厳しそうだ」

「まあ、入れそうにないもんな」

「あなた方は見たところ腕が立ちそうだ。プロセクールならこの国との海上ルートもある。急いでいるなら、そのルートで向かってみてはどうでしょう?」


 ハリベルは渋い顔をして、それから頷いた。

 俺たちの方を振り返った。


「すまない、みんな。王都前の騒ぎは落ち着きそうにないから、プロセクールを……経由します……」


 最初はハキハキ喋っていたハリベルの語尾が段々と下がっていく。

 苦虫と不味い薬草を口に入れてしまった時のような顔をして頭を抱えてしまった。


「ねえ、カイン。プロセクールってどんなところなの?」

「一言で言うなら、女性が強い国だな。ハリベルは昔、そこのお姫様とちょっとトラブルがあったんだ」

「そうなんだ」


 この国から出たことのないエルザは「プロセクールってどんな景色なんだろう」と外国に想いを馳せている。

 新婚旅行は外国を巡るのも悪くないな……と俺が将来設計を立てていると商人が頭を下げた。


「それでは、道中の護衛をお願いします。魔物の素材は報酬とは別で買取させていただきますので、ご心配なく!」


 胸をとんと叩いた黒髪ボブの女商人は、羽帽子の下でニカッと笑って手綱を操作する。

 長蛇の列から外れた馬車は、隣国プロセクールに続く街道を一定のペースで走り始めた。


「そういえば、自己紹介がまだでした。私の名前はペリカ、しがない商人です」


 こうして、俺たちは初っ端から予定を変更してペリカとしばしの旅をすることになった。



◇◆◇◆



 ステンドグラスを通過した明かりの下、信仰の依代となる七色の鉱石で作られた像を、教皇の服を着た魔物は見上げる。


「なるほど、一時でも勇者に選ばれるだけあって、そう簡単には道を踏み外してはくれないようですね。私が思っているよりも、理性を有していたようです……ええ全く不愉快です」


 足元には簡素な布の服を着た本物の教皇が手足を拘束して転がっていた。


「もうやめましょうよ、こんなこと……!」

「辞めたところで私が破滅するだけです。この世界を、神を討ち取るまでは何がなんでも死ぬわけにはいかないんですから」

「何故そこまで神を憎むんですか。かつての貴方は────先代の賢者である貴方こそ、教皇に最も近い存在だったというのに!」


 元賢者の魔物は目を伏せ、それから共に神学に励んでいた同志に爬虫類独特の瞳孔を向けた。


「神などいない。どこにも、神なんていないんですよ、クリストファー。いるのは人、人だけなんです」

「一体、【魔神の領域】で何を見たと言うのですか」


 クリストファーの問いかけに魔物は答えない。

 ただ静かに懐から地図を取り出した。


「この地図を見て、貴方はどう思いますか?」


 クリストファーは地図を見る。

 材質は古く、色褪せた紙の上にインクで描かれたもの。

 大陸を分断する六つの国境の他に、大陸の中央を支配する【魔神の領域】。

 幼い頃から何度も繰り返し見た、見慣れた世界地図だった。


「普通の地図としか……これが、どうしたというのです?」

「この地図は五百年前から存在するものです」

「はあ……?」

「五百年間、国境も言葉も何も変わらない。魔術も、奇跡も五百年前からなんの進歩もしていない」


 鋭い指摘にクリストファーは「なるほどおかしい」とは思うが、一連の凶行に至る理由にまでは考えつかない。


「進歩していないのではなく、前に進めないのです。人も魔物も、次の位階へ至ることが許されない。ああ、魔物になれば至れると思っていたのに────」


 いよいよ理解できない話を繰り広げる魔物を前に、クリストファーは静かに目を閉じて神に祈る。


「おお、神よ。この哀れな魔物にもどうか救いの手がありますように」

「少し、お喋りが過ぎましたね。まだまだ貴方には手伝ってもらいますよ……といっても、あなたに選択権はないんですけど」


 魔物は鱗に覆われた手をクリストファーへ伸ばす。

 その鱗はステンドグラスの光を浴びてもなお、鈍く曇っていた。

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