父さん
前回のあらすじ
ハリベルを勇者にすることが決まった
王都に戻るため、支度を整えていた時のこと。
郵便ポストに入っていた手紙を確認していた俺は、見慣れた文字を見つけて思わず笑顔になった。
「あ、父さん。母さんから手紙が届いているよ」
手紙は二通。一通は俺宛て。もう一通は父さんに向けてだった。
「なんで書いてある?」
「『こっちは順調です。王都にカインが向かうようなので、お母さんも王都に行きます』だってさ。お仕事、順調みたいだな」
「ふん」
鼻を鳴らしてシリアルを頬張る父さん。いつもより機嫌が良さそうだ。かと思いきや、俺の顔をじっと見て、いきなりため息を吐く。
「男のお前も、今日で終わりか」
「女の俺も可愛いだろ」
「自分で言わないでくれ……」
ダンジョンコアに刻まれた複雑な模様、魔神の法則を完全に理解できれば性別すら思いのままになる。
ネイマーは、『これが可能になれば英雄になれるぞ』と言っていたが、そう簡単にはいきそうにもない。複雑な計算、魔術式、それに莫大な魔力が必要になるだろう。
「父さんは、男の俺の方がいいの?」
食事を終えて、鍛冶場に向かおうとする父さんの背中に問いかける。
「……女だと、俺はアドバイスできん。俺は男だからな」
父さんは頭をがりがり引っ掻いて、それからドアに手をかけた。
「どっちでも、ウチの子には変わらん」
ぱたん、とドアがしまった。
俺は父さんが机の上に残した食器を流しに運ぶ。石鹸を泡立てながら、ぼんやりと父さんが放った言葉の意味を考えた。
父さんから貰った鉄のスタッフをチラリと見る。
壁に立てかけられたそれは、魔術師を嫌う父さんが作ったものだ。
杖の持ち手の部分に父さんの名前『ヨハン』と刻まれている。滅多に名前を入れない父さんが、だ。
俺が思ってるより、父さんは俺のことを考えていてくれた。
「あぶね」
つるりと滑った皿を捕まえて泡を流す。
なんだか心がくすぐったい。
家の掃除や支度をしていると、あっという間に時間が過ぎる。
昼食を作って、鍛冶場へ持っていく。
父さんは家で食べることもあれば、火事場で済ませることもある。
冬の今は火の調子が安定しないから、なるべく鍛冶場で過ごしたいそうだ。
俺が昼食を片手に鍛冶場に行くと、ちょうど父さんが【鍛治スキル】で赤く熱した鉄を鍛えているところだった。
かん、かん、とリズムよくハンマーが振り下ろしては鉄が伸びていく。
「カインか、そこに置いておいてくれ」
顔も上げずに、父さんは鍛治に集中する。
冬の冷気と鍛冶場の熱気の間で、一心不乱に鍛冶に打ち込む父さん。
小さい頃は鍛冶場に忍び込んでは、父さんの作業をこっそり見てたな。
危ないからやめろってよく怒られたっけ。
何度か水につけては火で熱して、叩いて伸ばしてまた水に入れる。
気の遠くなるような時間をかけて、一つのものを作る。
それが父さんの仕事。
「お前、まだいたのか」
「邪魔だった?」
「別に。近所の餓鬼に比べりゃ可愛いもんだ」
鍛治に憧れる男の子もいれば、父さんの作る武器を目当てに鍛冶場に忍び込もうとする悪ガキもいる。
むしゃむしゃと俺が作ったサンドイッチを頬張りながら、父さんはひとしきり愚痴った後、「時間がないってのに……」と漏らした。
「また冒険者から武器の製作でも依頼されたの?」
「いや、閃いたから作ってるだけだ」
「そうなんだ」
なら時間はあるんじゃないか、と俺は首を傾げる。
「明日までには完成させねぇと」
コップに注いだ水を飲み干すと、父さんはまた鍛治に戻る。変なことを言っているが、もしかしたら職人のセンスの問題と思うことにした。
こだわりというのは他人から見ると奇妙に見えるという。
邪魔するのも悪いと思った俺は家に戻り、夕飯の支度を整えながら、ネイマーから教えてもらった『ダンジョンの法則』の読み方を勉強した。




