擦りつけよう
前回のあらすじ
結局エルザが可愛いので大抵の問題はどうでもよくなったカイン。
「エルザ、美味しい?」
俺がテーブルの上で頬杖をつきながら問いかけると、エルザは咀嚼していたサラダを飲み込んで満面の笑みを浮かべた。
「すっごく美味しい!」
目をキラキラさせながら俺の手料理を食べるエルザ。
王都に行くとなると、手料理を振る舞える機会がグッと減る。
折角なので、女の時だと下準備だけで疲れちゃうようなマッシュポテトやカボチャのポタージュを作ってエルザに食べさせたのだ。
途中からエルザが手伝ってくれたおかげで、いつもよりかなり早めのお昼ご飯になったけど、嬉しそうだしまあいいか。
「いつもご馳走して貰ってばかりいてごめんね、今度何かご馳走するね」
「別に気にしなくていいぜ。俺がエルザと一緒に居たいだけだからな」
俺がそう言うとエルザが顔を赤くして「私も……」と呟く。可愛すぎてキレそう。
男に戻ってからというもの、女の時と感情の振れ方が違っていてなんだか変な感じだ。
明日、女に戻った時も違和感があるのだろうか。
「エルザは男の俺と女の俺、どっちが好きなんだ?」
「どっちも好きだから決められないなあ。女のカインはちっちゃくて可愛いし、男のカインはかっこいいし……うーん……」
最後の一口を食べながら考え込むエルザ。
別に俺はどっちの性別でも構わないんだけど、強いて言うなら女の俺の方が可愛いと思っている。
男の俺って、なんか女っぽい顔している割に肩幅が広い気がしてアンバランスなんだよなあ。
「そういうカインは、女の私と男の私、どっちが好き?」
「む、なかなか難しい質問だな」
女のエルザはむちゃくちゃ美人だ。
赤くて長い髪は目を引くし、一度でもあの緑色の目で見つめられたら誰だって緊張して息を止めてしまうはず。
顔立ちも整っていて、クールな美人さんという印象だ。
男のエルザはどちらかというとワイルドな印象がある。
髪から覗く犬耳や尻尾は野生的な雰囲気があるし、槍を片手にすっと目を細めた時の横顔なんて思い出すだけで下腹部がきゅんきゅんしてしまう……
「はっ!?」
ここで俺はとんでもないことに気づいてしまった。
エルザが犬耳を見せてくれるようになったのは、王都で俺が告白してから。
つまり、女版エルザをもふもふしていない。
「俺、俺……女のエルザもモフモフしたいっ!」
「性別が変わったからって毛の感触は変わらないと思うけど」
「気持ちの問題だ、どちらもモフモフしたい……!」
「カインがそう言うなら、モフモフさせてあげたいけど……」
ネイマーに俺を男に戻した機械を借りて使うか?
しかし、王都で性別が変わったらそれはそれで問題になりそうだ。
好きに性別をチェンジできたらいいのになあ。
「はっ、そういえばネイマーが『ダンジョンの法則』がどうたらこうたら言ってたな。習得すれば、自在に性別を変えられる可能性が……? これを機に習得するか」
そんな野望を内に秘め、計画を練っていると家の扉が外から叩かれた。
来客の予定もなかったので、一体だれなんだろうと首を捻りながら応対する。
「はーい、どちらさま……ってルミナス。どうしたんだ?」
扉を開けるとルミナスが胸元を握りしめて立っていた。
いつもの白のシスター服をベースとした清楚なワンピースではなく、黒色のレースを基調したワンピースだ。
冬に着るには寒そうだな、とぼんやり考えていると俺の視界が肌色のものに覆われる。
「ルミナス、その服はなんのつもりなの」
俺の視界は暗闇に閉ざされる。
どうやら、エルザが俺の目元を覆っているらしい。
これまでの穏やかな声から一転、思わず背筋に寒気が走るような冷たい声が聞こえた。
「エルザさん、カインさん。どうか、ハリベルを【勇者】にしてはいただけませんか」
震える声でルミナスが言う。
一体全体なにが起きてるのかさっぱり分からないが、この前のルミナスの慌てっぷりを鑑みるに多分、ハリベルの為に暴走しているんだろう。
「……仲間を大事に思う気持ちはわかるけど、だからってそういう手段で誤魔化してもハリベルを傷つけるだけじゃないの」
「俺もそう思うぞ。それに、ルチアだって悲しむぞ」
息を飲む音が聞こえた。次いで、衣擦れの音。
俺の目元を隠すエルザの手に力が篭る。
「私には、これしかありません。妹には劣りますが……」
「ルミナス、服を着なさい」
え、ルミナス今服脱いだの!?
「なにしてんだよ、ルミナスッ! 女の子が男の前で服を脱いじゃいけませんっ!!」
「カインの言う通りだよ。風邪をひく前に着なさい」
「分かりました……」
沈んだ声で返事したルミナス。がさごそと服を着る音がした後、ようやく俺の視界が自由になった。
エルザの上着を羽織ったルミナスが気まずそうに俺たちを見ている。
とりあえずお茶を出しながら、三人でテーブルを囲む。
「ルミナス、どうしてこんなことをしようと思ったんだ?」
「『【賢者】のあなたがハリベルを【勇者】だ』と一言、そう言ってくだされば、ハリベルが自首を思い直すと思ったんです」
「そりゃ、【勇者】を勝手に名乗るのは罪に問われることは知ってるが……これまでの実績もあるから、情状酌量されるんじゃないのか?」
ルミナスがふるふると首を横に振る。
「今の教皇は、まるで人が変わったように冷たく、慈悲のないお方です。もし、ハリベルが【勇者】でないと知ったら……きっと、あの人は神の代弁者として裁定を下すでしょう」
「あれ、あの人ってそんな冷たい人だっけ?」
俺がまだハリベルたちと旅していた頃、たしかに教皇は俺に対する当たりが強かったが、ルミナスやルチアには甘かった気がする。
けれども、教皇のことを語るルミナスの顔は怯えている。
どういうことだろうかと考えていると、エルザが口を開いた。
「その【勇者】って、普段なにするの?」
「魔物に脅かされている地域に赴いて、冒険者の代わりに討伐したり、魔物の調査をしたり、各地の祭りに参加したりします」
「……その祭りに参加するのって、強制なの?」
「特に切迫した状況でなければ、参加することが望まれますね」
エルザの顔を見たルミナスがハッと何かに気づいた様子を見せた。
「立ち寄る際はその他の権力者に挨拶しますし、各地のマナーについて知る必要があります。特に王族や教皇に会う際のマナーは多岐に渡り……!」
「な、なんだかハリベルが勇者な気がしてきたなあ!!」
ルミナスの話を聞いていたエルザがとんでもないことを言い始めた。
たしかに、勇者は魔物退治以外にもそういう活動や集まりに参加しなくちゃいけなくなる。
「さらに権力者は勇者を血筋に取り込もうとお見合い話を持ちかけてきますっ! それはもう、むちゃくちゃしつこくっ!!」
そういえば、昔、ハリベルが危うくプロセクール王国の王女様と結婚させられそうになっていたな。
教会の命令で国を離れなくちゃいけなくなって、その場は難を逃れたが、しばらくハリベルは『モテたい』とは言わなくなった。
「ハリベルが勇者! 決定!」
「エルザさんっ、分かってくれましたか!」
突然、意気投合を始める二人。
「カインも、なんだかハリベルこそ勇者な気がしてこない?」
そうか、エルザが勇者なら、他の権力者たちかエルザを放って置かないこともありえるのか。
「……五年前からずっとあいつが勇者な気がしてきたんだよなあ!!」
「さすがカインさん!!」
どうハリベルを勇者に祭り上げるかで盛り上がり、気がつけば日が暮れるまで俺たちは語り合った。
ハリベル(なんか嫌な予感がする……?)




