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ルミナスの異変

前回のあらすじ

 先代勇者は仲間割れで死んだそうな


 シンと静まり返ったテーブル。

 ルチアとルミナスの二人がかりに抱きつかれたハリベルは、唖然とした顔で俺をじっと見る。


「いや、だって俺は……お前を冷遇したんだぞ!」

「意味もなく冷遇したわけじゃないだろ。確かに、あの時の俺は戦闘じゃなんの役にも立たなかったわけだし、誰も先代の話を知らなかったんだから、しょうがないだろ」

「そ、それでもよお!」


 ハリベルは俺の肩を掴む。

 エルザがハリベルから俺を引き剥がそうとしたのを、視線で止める。


「俺は、勇者でもないのに……ずっと他人を騙していたんだよっ!」

「いや、騙してはいないだろ」

「でも俺は、本当の勇者を殺そうとしたんだぞっ!」

「ボロ負けだったから責任を感じる必要もなかったと思うぞ」


 俺が尽くハリベルに反論すると、ハリベルは苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。それから、ルチアやルミナスの視線に気づいて無理やり笑顔を作った。


「それも、そうだな。ボロ負けだった。奇襲で、奥の手を使ったのに傷一つつけられなかったな……はははっ」


 乾いた声で笑った後、ハリベルはテーブルに戻ってメソメソし始めた。

 取り乱すことはなくなったが、「俺は弱い……俺は弱いんだ……」と呟きながら、落ち込んだ雰囲気でつまみのピーナッツを剥いている。


「けど、一度王都に戻るのは賛成だわ」

「ルチア、何を言ってるのっ!」

「教会が怪しい以上、ルミナス姉さんと私には調べる義務があるわ」


 責任感の強い二人のことだ、徹底的に調査して真実を明らかにしてくれるだろう。


「カイン、エルザ。二人にも同行をお願いするわ」

「あー、そっか。今の俺は【賢者】ってことになるのか」

「理解が早くて助かるわ。エルザが【勇者】である可能性も捨てきれない以上……」

「ルチア、何を言うのっ! 勇者はハリベルなのよっ!」


 テーブルが揺れるほど強く叩くルミナス。

 隣に座っていたハリベルが目を丸くするほどの迫力があった。

 ハリベルは怯えた声でルミナスの顔色を見ながら問いかける。


「な、なあ、ルミナス。いつものお前らしくないぞ、どうしたんだ?」


 ハッとしたルミナスは居心地悪そうにマフラーと上着をエルザに突き返すと、上階に続く階段へ走り出す。

 驚いたルチアがその後を追いかける。

 ハリベルも追いかけようとして、途中で足を止めた。その背中をエルザがバシンと叩く。


「何してんのよ、追いかけなさい」

「で、でも……!」

「察しが悪いわね。アンタのことで悩んでるんだから、アンタが安心させなきゃだめでしょ」


 エルザがハリベルの背中をもう一度叩く素振りを見せると、ハリベルは「分かったから叩くのはやめてくれ」と悲鳴をあげながらルチアの後に続いた。

 一連のやり取りを俺が呆気に取られながら見ていると、バーリアンが懐から財布を取り出す。


「すまねえな、カイン。これ、ルミナスの為に用意してくれた代金だ」

「あ、ああ。確かに受け取ったぜ」

「それと、ありがとうな」


 俺はいきなり感謝された理由が分からず、バーリアンの厳つい顔を見つめ返す。

 相変わらず、表情が分かりにくい。


「ハリベルのことだ。俺たちが散々、お前を冷遇して追放したっていうのに、文句一つ言わないで、それどころか助けてくれてありがとう」

「いや、だから感謝されることじゃないって。本当に気にしてないし」

「それでも、俺は感謝してるんだ。そして、すまなかったっ!」


 バーリアンは俺に頭を下げる。


「ハリベルに代わって、俺が謝罪する。勿論、後で本人にも謝罪させる。エルザも、王都でいきなり攻撃してすまなかった!」

「ん、まあ、その件は過ぎたことだし、いいよ。許す」

「ありがとうっ! 二人が落ち着いた頃を見計らってこれからのことについて話し合いの場を設けたいと思う。すまないが、準備だけはしておいてくれ」


 バーリアンに見送られて、俺たちは宿屋を出る。

 ルミナスのことが気になるが、多分ルチアとハリベルが上手いこと話を聞き出してくれるだろう。


 帰り道、日が暮れた村の中を歩いていく。

 沈黙に耐えかねた俺は口を開く。


「なあ、エルザはハリベルのことをどう思ってるんだ?」

「ハリベル? 突然、沸いた血縁者でうじうじしてて面倒」

「身も蓋もないなあ……」

「それと、五年前にカインを連れ去った泥棒猫」


 すっと目を細めたエルザ。

 首元に巻いたマフラーのせいで口元が見えず、冗談なのか本気なのか分かりづらい。


「泥棒猫って、確かにアイツの顔は野良猫っぽいけどなあ」


 エルザが狼なら、ハリベルは虎とか野良猫のような鋭さがある。


 エルザの言い方はまるで嫉妬してるみたいで可愛いな。

 って、だめだ、だめだ。

 今の俺たちは男同士、野郎の赤面なんざ需要はない。

 エルザみたいに整ってるなら、話は別かもしれないが……。

 うっ、自分で言ってて悲しくなってきた。


「……猫はだめ。よくない。あいつら、恩を仇で返すし、プライドが高くて人を見下すような性根が捻じ曲がってるんだよ」


 ぶすっとした顔でエルザが捲し立てる。


「犬、犬がいいよカイン。犬は恩を忘れないし、可愛い。狼はカッコいいよ。時代は猫よりイヌ科だよ」

「獣人が聞いたら偏見だって怒られるぞ。まあ、俺は犬派だけど」

「──っ! そうでしょ、そうでしょ!」


 俺の返事を聞いた瞬間、エルザの犬耳がピンと跳ねる。

 わっさ、わっさと上着の下でエルザの尻尾が激しく左右に振れる。

 まるで大輪の花が咲くようにエルザの顔がぱあっと明るくなった。


「でもこの村に犬はいないからね、犬派なカインはさぞやモフモフに飢えているでしょ。しょうがないなー、カインは特別だから特別に触らせてあげるよっ!」


 昨日村はずれの爺さんが犬を買い始めたよ、なんて無粋なことは言わない。

 自信満々に俺の撫で撫でを待機しているエルザ、正直ブチ切れそうになるぐらい『可愛い』。

 ニヤける口元を片手で隠しながらエルザをもふもふってると、エルザが俺の顔を見た。


「カイン、なんで口を隠してるの?」

「い、今の俺は絶対変な顔してるから……」

「そんなことないよ。見せて」


 強引に腕を掴まれ、顔をマジマジと覗き込まれる。

 エルザは考え込む素振りを見せると、にへっと笑った。


「カインの顔はかっこいいけど、今の顔は可愛いね」


 そう言って、エルザは俺を抱き締める。

 雪が降り始めた空を見上げながら、俺はこう呟くしかなかった。


「そういう所だぞ、エルザ。お前はいつも俺の心臓を奪いにくる……もう無理、好き……好きになっちゃう……」

「まだ好きじゃなかったの……?」

「もう好きです……!」

「私も好きっ! えへ、えへへ」


 なんかもう、色々気にしていたことが全部どうでもよくなってきた。

 いや、違う。これまでの俺が間違ってたんだ。

 エルザは今日も可愛い。これでいいじゃないか。

 エルザといつものようにまた会う約束をして別れる。


 るんるん鼻歌を歌いながら夕食を用意していると、鍛冶場で仕事を終えた父さんが帰ってきた。

 俺の顔を見るなり目を丸くしていた。


「辛気臭ぇ顔されるよかマシか」

「父さん、俺のこと心配してたの?」

「違うわっ!」

「父さん、聞いてくれ。今日エルザがな、俺のことカッコよくて可愛いって言ってくれたんだ」


 今日あった出来事を報告したら、父さんが「ンヒィ、全身が痒くなる!」と叫んで風呂場に走ってしまった。

 霜焼けでもしたのかな?

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