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先代勇者一行

前回のあらすじ

 浮気を疑われたが、誠実な対応で事なきを得た。


 エルザと一緒にマジックポーションを店で買い、ハリベルたちが利用している宿屋に届ける。

 宿屋の一階は食事処になっていて、そこで勇者一行がテーブルを囲んでいた。


「お待たせ、ルチア。これが頼まれていたものだが……ルミナス、顔色が悪いぞ」

「ああ、カインですか。少し、魔力酔いをしただけですからご心配なく」


 顔面蒼白、唇が青ざめたルミナスがふっと笑う。

 こんな顔を見せられて安心できる人間はいないと思う。


「あったかくしたらマシになるよ」

「ありがとうございます、エルザさん……」


 見兼ねたエルザが首に巻いていたマフラーをルミナスに巻きつけて羽織っていた上着まで掛けてやっていた。

 面食いなルミナスの顔にさっと血の色が走る。

 ルミナスは、冷ややかな視線を送るルチアと何故か俺の方を見てから、こほんと咳払いをした。


「ご迷惑とご心配をお掛けしましたわ。ええ、もう問題ありませんとも。ちょうどいいですから、カインさんたちもお座りになって」


 促され、俺たちは顔を見合わせながら席につく。

 バーリアンの隣に俺が、俺の右側にエルザが座る。

 ルチアがお茶を入れる頃合いを見計らって、ルミナスが口を開いた。


「ハリベルから大まかな話は聞きました。にわかに信じがたいですが、私が各地の教会に連絡を取って集めた情報から見てもハリベルの話に不審なところはありません」


 そう言って暖かいお茶を飲むルミナス。

 真面目な話をしている間の彼女はたしかに『聖女』の顔をしていた。


「ハリベルから何度か家族にまつわる話を聞いたことがあるわ──先に生まれた姉か兄がいたけれど、死産だったと」


 ルチアの話にバーリアンが「俺も思い出した」と挙手をした。

 筋肉質な腕を組んで、眉をひそめながら話し出す。


「あれは三年前だったか、たまたまハリベルの帰省に付き合って寄ったあいつの実家で、ハリベルの母に言われたんだよ。『ハリベルか私に似た子を見かけたら、教えてほしい』って」


 バーリアンの証言を聞いた俺は考える。

 つまり、ハリベルの母は『死産した赤ん坊』が生きていると確信していたということになる。

 年齢が近い。身体的特徴が似ている。

 エルザとハリベルは本当に家族の可能性が高い。


 それはつまり、ダンジョンを徘徊していた魔物『イムウトル』の発言を裏付けることになる。


「エルザさん、ステータス鑑定は受けましたか?」

「あー、十歳の頃に受けるやつなら受けたことあるよ。たしか【ウェポンマスタリー】と【身体強化】だったかな」

「【ウェポンマスタリー】だとぉっ!?」


 机をバンと叩いたバーリアンが叫ぶ。

 声量に優れた元傭兵の絶叫を間近で聞いた俺は耳の奥がキーンと痛む。


 バーリアンが驚くのも無理はない。

 なにせ、武器系の扱いが上手くなれるスキルを幼少期から持つ人間は多くない。それも、エルザのスキルは武器全般だ。


「うるさいわよ、バーリアン」

「す、すまん。羨ましいな……強いのも納得だ」


 うんうんと頷くバーリアン。

 武器系のスキルをよく知っている彼だけに、その感動と説得力は桁違いなのだろう。


「スキルとステータスは神の御加護によるもの。何故、エルザさんに魔物の特徴が一部あるのかは分かりませんが……少なくとも、【聖女】である私ルミナスはエルザさんを人間と正式に認定いたします」

「……ルミナス姉さんがそう言うなら、私も異論はないわ。これまでの行動や振る舞いから見ても、敵ではないことは間違いないと【魔術師】のルチアも保証するわ」


 突然のことにエルザは目を丸くしていたが、ふっと目元を細めて「二人ともありがとう」と返す。

 思えば、俺や親、リカルド以外に面と向かって存在を肯定されたのは初めてなのだろう。

 久しぶりに見るエルザの笑顔に俺も心がほっこりした。願わくば毎秒笑っていてほしいものだ。


「それで、カインさん。前に相談していたことなのですけど」

「ああ、聖剣と先代勇者のことか」


 ハリベルの自信喪失をなんとかしていたいと思っていたルチアとルミナスに情報を集めてみたらどうだとアドバイスしたことを思い出す。

 教会に連絡を取ってみるということで一旦は話が終わったんだった。


「どうやら、先代勇者は『人魔防衛戦』後も生きていたようなんです」


 『人魔防衛戦』という言葉を聞いて俺は歴史の記憶を引っ張り出す。

 五ヵ国の中心に位置する【魔神の領域】に出現したミノタウロスの大軍が突如として、今俺たちがいる国に向けて進軍を開始したのだ。

 進行上にあった森を焼き払い、池を破壊しては村を完膚なきまでに攻撃したという。


 その大軍と戦い、命と引き換えに高威力な魔法を使用して先代勇者一行は防衛しきった……というのはとても有名な話だ。


「じゃあ、先代勇者一行は何処へ……?」


 バーリアンが呟く。その疑問の答えを、俺はうっすらとだが分かっていた。

 俺がハリベルたちから追放される少し前、彼らが喜びながら酒の席で騒いでいた。


「【魔神の領域】近くで見つけたあのダンジョンか」

「ええ、その通りです。どうやら、先代勇者たちはそのダンジョンに寄り、なんらかの理由で死亡したと」


 魔物の襲撃、と言わなかったルミナスに違和感を覚えて、じっと見つめていると彼女はごくりと生唾を飲み込んだ。

 極度に緊張した時、ルミナスは唾を飲み込む癖がある。


「ルミナス姉さん、先代勇者が死んだ理由は明らかになってないの?」


 ルチアの問いかけに、ついにルミナスは観念したように肩を落とした。


「──先代勇者の身元を確認した神父はこう語っておりました『生前、手足を縄で拘束された痕があった。後頭部には硬い鈍器のようなもので殴られた痕跡もあった』と」


 続けてルミナスが呟く。


「【聖女】と【魔術師】は毒殺、【戦士】は焼死。彼らは武器や防具を誰も身につけていなかったそうです」


 ハリベルは考え込む素振りを見せながら口を開いた。


「ルミナス、【賢者】の遺体は見つからなかったのか」

「……それらしいものは現場になかったと」


 ルミナスの話を最後まで聞いた俺は、バクバクと早鐘を打つ心臓を上から押さえつけながら信じがたい気持ちで頭を抱える。


 状況的に見て、先代の賢者が他の仲間を殺害したようにしか見えない。

 そして、そんな現場を見た神父は何を思ったのか隠蔽したことになる。


「ルミナス、それは……教会側が事実を隠蔽したってことか?」


 こくりとルミナスが頷いた。

 事の重大さに気付いたハリベルやルチアも顔をさっと青ざめる。


「な、なあ……そりゃ先代勇者はハリベルの父親で、その事実が教会を隠していたのは良くない事だとは思うが、なんでみんなそんなに顔を真っ青にしているんだ?」


 信仰に疎いバーリアンと、勇者と関わりのないエルザはキョトンとしている。

 そんな二人を見兼ねて、ルチアが説明してくれた。


「もし先代が神から預かった力や称号を悪用した場合、次代はその責任を負って制限を受けるとされているの。たとえ血縁がなくとも、顔も名前も知らずとも呪いを与えられる」


 淡々とルチアが語る。

 これまでずっと謎だった俺のスキル封印が明らかになった瞬間だった。


 隣に座っていたエルザが静かな、それでいて怒気を孕んだ声で確認を取る。


「それってつまり……君たちはカインに落ち度もないのに、無能だとか難癖をつけて追放したっていうこと?」


 エルザの言葉に、ハリベルは立ち上がって何かを言いかけたが、結局は何も言わなかった。

 ただ、絞り出すような声で「言い訳はしない」と言った。


「俺はカインのスキルが封印されている可能性を少しも考えず、ひたすら無能だとなじって追い詰めていた。俺は……俺はリーダー失格だ」

「そ、それを言うなら私だってカインを馬鹿にしてたわっ! ハリベルだけの責任じゃないっ!」


 ルチアの弁解を聞いたハリベルは首を横に振る。


「元々、俺は勇者でもないのにみんなを死地に連れ回して危険な目に遭わせた。償えるものではないが……俺は教会に戻って自首しようと思う」

「待ってください、ハリベル! そんな事をしては、死んでしまいます……!」


 決意を固めたハリベルの腰に抱きつくルミナス。なんとか心変わりさせようと説得を試みるルチア、そんな彼らの間でオロオロするバーリアン。

 なんか悲壮的な雰囲気を漂わせながら、時折俺の顔をチラッと見てくる。


「……俺は別に気にしてないんだけどな」


 俺がそう呟くと、エルザを含めた五人が一斉に俺の顔を見た。

ハリベル一行で一番苦しい立場にあるのはルミナスちゃんです

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