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すれ違いは腕力で解決するヒーロー、エルザ!!

前回のあらすじ

 アイデンティティと自信が揺らぐエルザ!もう、家族関係と個性がタイトル並みに大事故よ!!


 男に戻ってしまってから三日目。

 俺はポーションを改良するためのアイディアが纏まったので、試作品の材料を求めて市場に来ていた。

 ダンジョンのせいで住民は減ったが、これまで王都に行かないと買えなかったものが揃うようになって少し複雑な気持ちだ。


「あ、昼休憩中か」


 目星をつけていた店は閉まっている。

 三十分もすれば店員が戻るだろうが、それまで店の前で立っているよりも他のことに時間を使いたい。

 どうせなら、一旦家に帰って夕食の支度でも済ませるか。

 そんな事を考えながら引き返そうとした矢先。


「あら、カインじゃない」


 呼び掛けられた方向を見ると、そこにはルチアがいた。

 いつもの三角帽子と黒ローブではなく、王都で見かけるような淡い茶色のニットワンピースを着ている。

 口元をマフラーで覆い、見上げるようにして俺を見ている。


「なんだ、ルチアか。マジックポーションでも買いに来たのか?」

「ええ、でも閉まっているようね」

「三十分ぐらいで戻るとは思うけどな」


 白い息を吐き出しながら考え込むルチア。

 他にハリベルやバーリアン、ルミナスと行動を共にしていないのは珍しいなと思う。

 単独行動を好むが、顔立ちが整っているせいでなにかと男に話しかけられて嫌なのだと語っていた。


「一刻も早くルミナス姉さんに渡さないといけないのに……困ったわね」

「あー、なら俺の家に三本あるぞ」

「いいの?」

「時間がないんだろ」


 俺の家を指させば、ルチアは眉をさげて小さな声で「お願いしたいわ」と呟いた。

 素直に感謝するとは、相当困っていたらしい。


 ルチアを連れて俺の家に戻り、戸棚を漁って目当てのものを取り出す。

 玄関で待つルチアに渡してやると、彼女はほっとした表情を浮かべた。


「なにか仕事でも引き受けたのか?」

「仕事というか……」


 何かを言いかけたルチアは慌てて家の中を見回して、それから「これはあまり言いふらさないでほしいのだけど」と前置きしてから、俺の耳元でこしょこしょと囁く。


「教会と連絡が取れないの。それも、王都の司祭の一人とも」

「なに?」


 各地の強力な魔物を狩る勇者を支援する為、聖女は教会本部と距離に関係なく情報をやり取りできる手段があるらしい。

 旅をしている間、よくその連絡網を使って情報を集めていた。

 なんらかの奇跡か術具で可能にしていると俺は睨んでいたが……。


「それは変だな。戦争中でも連絡が取れなかったことはなかったのに……」

「でしょ? 昨日から司祭の一人一人に連絡をとって、応答するまで呼び掛けているの」

「それはなかなかハードなことをしているな」


 ルチアがマジックポーションを求めて出歩くほどなのだから、ルミナスの消耗具合が酷いと思われる。

 そういえば、教会と連絡を取ったルミナスはいつも体調不良で休んでいた気がする。


「とにかく早く持っていってやれ。店が開いたら追加で持っていってやるよ」

「ホ、ホント!?」

「嘘ついてどーすんだよ。代金はしっかり払ってもらうからな」


 コクコクと首を激しく振るルチア。

 柔らかな茶髪が静電気でぶわっと広がっていることにも気づかず「待ってるから!」と言い残して家を飛び出してしまった。

 その背中に「転ぶなよー!」と呼び掛け、呆れて笑っていると視線を感じた。


────エルザが俺を見ている。


 過去で一番、骨の髄まで凍えるような視線だった。

 母親に艶本がバレた時や父親に鍛冶スキルへの適性がなかったことがバレた時より遥かに居心地が悪い。


 あまりの気まずさに、そっと家の扉を閉めて見なかったことにしようとする。

 扉を閉め切る直前、何かが引っかかって完全に閉じることができない。


 ぎぎぎぎ、と軋んだ音を立てて扉が無理やり開かれる。

 隙間からエルザの淡々としたエメラルド色の瞳が俺を見下ろしていた。


「ねえ、カイン。ルチアと何を話してたの?」

「へ?」

「……言えないことでもしてたの?」


 慌てて首を横に激しく振る。

 理由は分からないが、何かがマズいと本能が叫ぶ。


「後でマジックポーションを宿屋に持ってってやるよって言っただけだから……な?」

「ふーん、『後で』『宿屋に』……なるほどねぇ」

「その単語だけを選ぶのは悪意しかないぞ!」


 寒いはずなのにだらだらと汗が噴き出す。

 何かとんでもない勘違いをされている気がしてならない。


「お家だと家族がいるもんねぇ」

「いやいや、宿屋にも仲間がいるだろ!?」

「……くんずほぐれずの酒池肉林」

「いや、それはマジでないからっ!!」


 それでもじっとりとした視線を向けてくるエルザ。

 その視線は間違いなく『俺の浮気』を疑っている。


「マジでエルザ、本当にそんな関係じゃないから」

「共に命を預け合った仲間、だもんね」

「追放されただろ!」

「仲違いした後は……そういうことは燃えるって聞いた……」

「誰からっ!? まじで気色悪い勘違いはよしてくれ!!」


 扉を閉めることも忘れて、俺はエルザを正気に戻すべく肩を掴んで前後に揺する。

 筋肉量の差で少ししか揺れなかった。


「……じゃあ、相手は双子じゃなくてハリベル?」

「ンなわけあるかっ!」

「なら消去法でムキムキなバーリアンとかいうやつ? よく私の筋肉触ってたもんね」

「あいつ、婚約者いるからっ!」


 あの二人は考えるだけでぞっとする。

 とにかく必死でエルザに信じてもらうためにどう説得したものか考える。

 これ以上何を言っても墓穴を掘りそうな気がするし、かといって会話を切り上げても余計酷いことになる未来になることは火を見るより明らか。


「分かった、エルザも一緒に行こう」

「……なんで」

「困ってる様子だったから、代わりに届けてやるって約束しただけなんだって。俺が口で言うより、実際に見たほうが安心できるだろ?」


 エルザの目尻が少し下がる。

 どうやら、俺の言うことに一理あると思ったらしい。


「一度店で買ってから、宿屋に向かうけどいいか?」

「うん。……ごめんね」

「別に謝ることじゃないだろ」


 しょぼくれたエルザの声に俺の心が痛む。

 元はと言えば、俺が変な態度をしたせいでエルザを不安にさせたのだ。

 頭をガリガリと引っ掻いて、俺は財布を引っ掴む。


「俺の方こそ、ごめんな。その、ちょっとアレで」

「アレ」

「アレなんだよ。分かってくれ」

「アレってもしかしてアレのこと……?」


 俺が頷くと、エルザは神妙な顔で「ならしょうがないね」と呟いた。

 流石エルザ、みなまで言わずとも理解してくれるとは。

 やっぱりエルザは最高だ。

新年あけましておめでとうございますううう!!

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