ダンジョンの奥に秘められたモノ
前回のあらすじ
男に戻ってしまった(ぴえん)
前回の苦戦が嘘のように、俺たちはあっという間に目的地にたどり着けた。
多くの冒険者があることと妨害がないことが起因しているだろうとハリベルは語っていた。
装置を手に唸っていたネイマーが宝玉の前に立つ。
「うむ、やはり衝撃吸収の法則が働いているな。これで無効化できたはずだ」
「じゃあ、今なら壊せるのか?」
宝玉の表面に浮かんでいた幾何学模様は消え、街中で見かけるような代物に変わる。
「そのはずだ。さあ、ハリベルさん思いっきりやっちゃってくれ」
「分かった」
ハリベルがハンマーを宝玉に向けて振り下ろす。
ぱきん、と宝玉の割れる音が洞窟の中に響いた。
ワイバーンを吐き出していた魔法陣の光が消え、残ったワイバーンを冒険者たちが倒していく。
数十分としないうちに魔物は出現しなくなって、洞窟内は静かになった。
「これで仕事は終わりだな」
リカルドの依頼は宝玉の破壊。
仕事を終えた後はすぐさま帰還するというのが冒険者の鉄則なのだが、装備の状況を鑑みてもまだ深くへ潜ることも可能だ。
他の冒険者たちはどう判断するだろうか。
遠くで周囲を警戒するエルザが、俺の視線を察知したのか振り返る。
さっと俺は視線を逸らした。
ハリベルはハンマーをリュックにしまうと他の冒険者たちに呼びかける。
「まだ余力はある。みんなさえよければ、六層目の探索をしたいのだがどうだろうか?」
他の冒険者たちも稼ぎたいのか、ハリベルの提案に賛成している様子だ。
六層目についてもまだまだ探索が進んでいないという話だったので、この機会に探索するという方針に決定した。
十分な休息を取った上で装備を確認し、それから出発することになった。
六層目に続く通路を進み、奥を目指して進む。
「なんか変なダンジョンね」
俺の隣を歩いていたルチアがぼそりと胸中を漏らした。
これまでの階層では、剥き出しの岩肌が特徴的で自然な風景が広がっていた。
しかし、六層目を進んでしばらくした辺りからだんだんと岩肌が滑らかになっている。
まるで誰かが通りやすくするために削ったのではないかと錯覚するほどだ。
「そうだな……先発が何か見つけたみたいだな」
手を振って俺たちを呼ぶ冒険者の元へ向かう。
三人ほどの男で構成されたパーティーで活動している彼らは、大きな扉の前で俺たちを待っていた。
「ハリベルさん、この扉なんですが……」
「開けられた痕跡があるな。ルチア、あれはなんだ?」
ハリベルがルチアに問いかけながら、扉の上に掲げられたレリーフを指差す。
牛の角と斧が彫られている、他では見かけないものだった。
「ミノタウロスの特徴に似ているわね。恐らくはこの前のイムウトルとかいう魔物が封じられていた場所なんでしょ」
扉の奥は小さな部屋で、床に描かれた魔法陣は何度も斧でつけられたであろう傷がついている。
「中には他にめぼしいものがなさそうだな……ネイマーがスケッチを終えたら奥に進むか」
興奮した様子でスケッチをするネイマーをチラリと見やってから、ハリベルはそう結論を下した。
◇◆◇◆
六層目の魔物は五層目のワイバーンに比べて弱い印象を受けた。
大きさが成人女性よりやや小さめなキラービーという蜂型の魔物であることもあって、探索はそれほど難しくはなかった。
巣を魔術で焼き払い、羽音が途絶えたことを確認して息を吐き出す。
嬉々として蜂蜜を採集する冒険者をよそに俺は眉をひそめた。
隣に立っていたルチアも同様に渋い顔をしている。
「やっぱりこのダンジョン、気味が悪いな」
俺がそう呟くと、ルチアは無言でコクリと頷いた。
魔物の生態は摩訶不思議。
常識に当て嵌めること自体が不毛なのだということは理解しているが、それでもやはりおかしいとしか思えない。
足元に転がるのは素材を剥ぎ取られたキラービー。
彼らは一体どこから蜜を集めたというのだろうか。
周囲は滑らかになっているとはいえ、岩肌ばかり。
火魔術で照らしても花らしきものは見当たらない。
その時、洞窟の奥からびゅうと風が吹いた。
「……花の香り?」
他の冒険者たちも風に花の香りが混じっていることに気づいたようで、さらに探索する意思を固めていた。
実質的にリーダーポジションを任されているハリベルの音頭で周囲を警戒しながら奥へ進む。
その奥で目撃した光景に次々と仲間たちが足を止める。
「なんだ、ここは……?」
七層目、そこは草原だった。
ここが洞窟であることを忘れてしまうほど、深い青空の下に果てのない草原が広がっていた。
俺たちの正面を進んだところに白銀の塊が地面に突き刺さっている。
楕円形の物体かつ金属特有の太陽光を反射する特徴を有していた。
一体それが何のためにあるのか、どういう経緯で突き刺さっているのかは不明だが、俺はぼんやりと『まるで巨人が突き刺したようだ』とつまらない感想を抱くような形をしている。
「おお!? こんなダンジョンは見たことがないなっ!!」
ネイマーのはしゃいだ声をきっかけにして、俺は呆けていた思考をどうにか再開させる。
幻術や幻覚の類ではないことは、五感全てが訴えていた。
「見たことのない植物に、見たこともない人工物! まるで異世界のようじゃないか! 世紀の大発見だ!!」
バーリアンの感嘆した声を合図に、ネイマーの発言を聞いた冒険者たちの間に緊張が走った。
未知に富んだダンジョンのなかでも、これは明らかに異質なものだと直感が告げているのだ。
詳しい調査は後日に回し、俺たちは一旦村へ帰還することとなった。
報告を終え、それぞれ宿屋へと戻っていく冒険者たちとハリベルたち。
その背中を見送っていると、背後から聞き慣れた声で話しかけられる。
エルザだ。
「カイン、私たちも」
「……あー、悪い。帰りに寄るところがあるんだ」
俺がエルザの言葉を遮ってそう告げる。
俺に近寄ろうとしていたエルザの足音がピタリと止まった。
「それなら帰りに……」
「待たせるのも悪いから、先に帰っててくれないか」
「え、でも……うん、分かった。先に帰ってるね。また明日」
気落ちしたエルザの声に俺の胸が締め付けられる。
最低なことをしている自覚はあった。
エルザは何も悪いことをしていないのに、恋人に対してこんな冷たい態度を取る俺が悪いのだ。
それでも……
例えばもし、いつもと同じようにエルザと一緒に帰ったとして、エルザはきっと俺を傷つけまいと手を繋ごうとしてくれるだろう。
俺が望めば恋人として振る舞ってくれる、エルザはそういう優しい性格をしている。
でも、同情は俺が嫌なんだ。
エルザの負担になりたくない。
その一心で俺はエルザを遠ざける。
あと六日間、俺はエルザなしで生きていけるのだろうか。




