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エルザとハリベル

前回のあらすじ

 デートに乱入するハリベル。その目的とは……!?


「エルザ、お前と話したいことがある」


 真剣な表情でハリベルはそう告げた。

 ルチアやルミナスが懸念していた通り、ハリベルは相当思い詰めていた様子だ。


「……手短に済ませて欲しいんだけど」


 デートの最中だったこともあって、エルザは手に荷物を抱えたまま静かにそう答えた。


 俺はピリピリした空気に何か起きるんじゃないかと構える。

 術具である杖はまだ届いておらず、素手という頼りない状況だが簡単な魔術なら行使できる。


「これを抜いてみてくれ」


 ハリベルは腰に下げていた古ぼけた一本の剣──聖剣をベルトから外してエルザに向かって投げた。

 エルザはロングソードに分類される大きな武器を楽々と片手で受け止めた。

 訝しげに聖剣と見比べるエルザの視線に何も言わず、顎で早くしろと急かす。


「はあ……何がしたいのか分かんないけど、これを抜けばいいんでしょ」


 エルザが持っていた荷物を代わりに俺が預かる。

 エルザは剣の柄を右手で、鞘を左手で持って剣を抜く。

 錆びていた鞘とは対照的に、神鉄(オリハルコン)で構成された蒼色の刀身が日の光を反射して(きら)めく。


「ふうッ!? な、何これ硬い!」


 尤も、鞘は剣の三分の一程度しか抜けずプルプルと震えていた。

 エルザが手を放した瞬間、重力に従って柄が落下するはずなのに()()()()()()()()()

 がちん、と硬いもの同士がぶつかる音がして剣は鞘におさまる。


「それは先代勇者が使ってた伝説の武器『聖剣』だ。勇者の称号を持つものだけが持つことを許されるという」

「なら、私は勇者じゃないってことね。返すわ」


 ぽいっとハリベルに向かって聖剣を投げるエルザ。

 ハリベルは剣を受け取ると苦い顔をしながら俺の顔を見て、それからエルザの顔を見た。


「俺は剣を引き抜くことすら出来ない。刀身を見たのも今日が初めてだ」

「話の要点が見えないんだけど?」

「あー、つまりだな────勇者はお前なんだよ、エルザ」


 びゅう、と乾風(からかぜ)が吹く。

 遠くで村人の話す声が聞こえたが、それでも俺たちを取り巻く静寂には敵わなかった。


「……はあ?」

「やっぱり自覚はなかったんだな。そもそも【賢者】のカインがお前に執着している時点でうすうすそんな予感はしていたんだが」

「いやいや、ちょっと待って」


 エルザはふるふると首を左右に振って、それから俺を見た。

 賢者が勇者を選定する、とは教会が勝手に言ってるだけで俺が選んだつもりはない。

 俺も首を横に振るとエルザは困ったように眉をさげた。


「ま、待てよハリベル。五年前に教会で神託を受けたのはお前なんだろ? それに、教皇自ら任命したはず……!」

「教皇も人間ってことだろ。どういう理屈かは分からないが、少なくとも俺は【勇者】じゃない。偽物だったってことさ」


 ふっと自嘲気味に笑うハリベル。

 片手に持った聖剣は行き場をなくしたように宙に固定されていた。


「【勇者】という称号は他とは違う。一族が代々受け継ぐものだ」

「……えっと、頭が追い付かないんだけど?」

「エルザ、もしお前が魔物でなくて人間だというなら……お前は俺の兄ということになる」

「えっ!?!?」


 相当驚いたようで、エルザの犬耳がピーンと立ち、尻尾もビビビッと震えた。


「……えっ!? どういうこと!?」

「エルザに弟がいたのか!?」

「やっべ、自分で言ったことなんだが俺でも理解できん!!」


 エルザが目を丸くして、俺はご挨拶する家族が増えたことに驚き、そしてハリベルは頭を抱えていた。

 だが、ハリベルの言う通りエルザの鋭い目つきはなんだかハリベルと母親を彷彿とさせるものがあるような気がする。

 面影がある、とでも言うべきだろうか。


「だが、俺の生まれる前に兄か姉かは分からんが確かに居たんだ。それに、俺の父さんは燃えるような赤い髪をしていたという」

「そういえばハリベルの母さんは瞳が緑色だったな」

「え? ええ? ええええっ!? てことは私、人間なの!?」


 俺が納得してうんうんと頷いていると、ふととんでもないことに気付いてしまった。

 エルザとハリベルが兄弟(姉弟?)関係というなら、つまりエルザと結婚する予定の俺に家族が増えることを意味している。

 まさか俺に弟ができるとは……人生、何が起こるか分からないもんだな。


「ハリベル、俺のことはお義姉(ねえ)ちゃんと呼んでくれていいからな?」

「死んでも呼んでたまるか……ッ!!」


 くわっと目を見開いたハリベル。

 もう少し美少女な義理の姉ができたことを喜んでいいと思う。


 エルザは話が飲み込めなくて放心状態ってカンジだ。

 さっきからずっと『私、お兄ちゃん……? でも私は元は女で……でも今は男で……勇者? 魔物? 今の私ってなに……?』とぶつぶつ呟いている。


「じゃあ、意外な事実も明るみになったことだし家族水入らずで夜ご飯でも食べるか!」

「この流れで俺を誘うのか」

「エルザがこんな調子だし……」


 試しにエルザの目の前で手をぶんぶん振ってみるが、心ここにあらずという様子で犬耳を動かしている。

 手を握ると反射的に握り返してきた、可愛い。


「それに俺の父さんがハリベルに会いたがってたぜ。お前、剣を預けたっきり取りにも来なかったんだろ?」

「あー、そういやそうだったわ」


 俺はちょうどいいとばかりにエルザの手を引っ張った。

 少し背伸びをするとエルザが俺の目を見る。


「家族が増えてよかったな、エルザ」

「よ、よかったのかなあ……?」


 困った顔で首を捻っていたエルザの横で、ハリベルも眉を下げて俺たちを見ていた。

 その顔がなんだか二人揃ってシンクロしていて面白い。

 俺が思わずクスクス笑っていると二人は顔を見合わせて、呆れたように肩を竦めていた。

ハリベルくん、波乱な人生を送ってますねえ……

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