勇者
前回のあらすじ
ルチアとルミナスに呼び出された二人。実質真面目な女子会である
ルチアとルミナスに連れられて、俺たちはパイポカ村に新設された宿屋の一階でお茶を飲んでいた。
小さなカフェも併設されているらしく、冬の間はお茶を、夏の間は水を提供してくれるらしい。
昼過ぎということもあって、客の姿はまばらだった。
ルミナスは羽織っていたローブを脱いで、紅茶のカップをソーサーの上に置いた。
その隣にルチアが座る。
「『ワイバーンの巣窟』以降、ハリベルは表にこそ出してはいませんが落ち込んだ様子を見せています」
ルミナスは目を伏せて、静かにハリベルの近況を報告してきた。
相変わらず、昔からあいつは落ち込むと一人で考え込むという悪癖がある。
今回は輪にかけて口を閉ざして仲間との話し合いにも応じる様子を見せないらしい。
「『ワイバーンの巣窟』ってことは、あの魔物のこと?」
「ええ、そうよ。まったく、敵の言葉に惑わされるなんてハリベルもまだまだね!」
男への当たりが強いルチアは、不甲斐ない様子を見せたハリベルのことを考えて顔をしかめている。
エルザはルチアの言葉にぴくりと反応したが、お茶を飲んで沈黙を守った。
「いつもなら『魔物の言葉に惑わされるな』と言えるのですが……」
ルミナスは何かを言いかけ、それから目を伏せて消え入りそうな声で告げた。
「未だ聖剣はハリベルに応えず、【賢者】の欠番もあってハリベルの自信はないに等しい状態にまで落ちていました」
「賢者が勇者を見出だす……という逸話をハリベルは本気で信じてるみたいね」
古来から、神の啓示と共に人は称号を与えられたという。
勇者や聖女、魔術師に戦士という称号はその中でも多くの逸話や伝説がある。
例えば、聖女なら『死んだ人間を生き返らせた』という真偽不明な伝説が、魔術師なら『魔法で島を浮かせた』というあり得ない話まである。
「そか、だからカインはハリベルに出会うなり旅に出て行ったのね」
何かを納得した様子でエルザは頷いていた。
「私が神の啓示と共に見た予知夢ではたしかにハリベルが居ました。ハリベルが勇者であるのは、間違いないはずなのです」
「でも、ハリベルの馬鹿は姉さんの言葉だけじゃ納得しない。だからアンタの口添えがあれば納得するんじゃないかって思ったわけ」
「なるほどなあ……。でも、俺は教会から称号を剥奪された身分だし」
喉元まで出かかった『追放』という単語を飲み込む。
追放した俺に頼らざるをえないほど彼らが困っているのは間違い無いし、俺はもう気にしていない。
「一番は聖剣が応えてくれることなのですが、何か良いアイディアはありませんか?」
腕を組んで考える。
二人の期待する視線と、心配そうに俺を見つめるエルザの視線のなかで俺はむちゃくちゃ考えた。
「先代勇者の父親に憧れるのも誇りに思う気持ちも分かるが、あいつはこだわり過ぎる嫌いがあるからなあ。結局は自分で解決するしかないだろう」
これまでハリベルと旅した五年間で得た経験を元に、俺はそう結論を出した。
ハリベルは素直に従うような性格の持ち主じゃないし、一度こうと決めたらなかなか変えようとしないほど頑固なのだ。
父さんと馬が合うという理由も分かるものだ。
「そう、ですか。やはり、私たちにできることはありませんか……」
「ただ、聖剣については分かってない部分も多い。先代勇者の歴史を紐解けば、何故聖剣がハリベルに応えないのか分かるかもしれない」
ルミナスがハッとした顔で俺を見る。
ルチアは訝しげに俺の顔を穴が開きそうなほど凝視しているし、エルザはいつの間にか俺のお腹に手を回して抱きしめていた。
「聖剣を手に入れた時、ふと気になったんで先代勇者の資料を探していたんだが、どうにも当時の資料が見つからないんだ」
「そういえば、そんなものが見つからないって騒いでいたわね」
旅の最中で、本格的に資料を探せる状況になかったこともあるが、それにしては手掛かりすら見つからなかったことが妙に引っかかっていた。
当時、仲間に相談したがその時のみんなは『魔神の領域』での敗北で話を聞ける状況じゃなかった。
思えば、あの時の俺も無神経だったかもしれないな。
「先代勇者の伝説なら聞いたことがあるけど、当時の資料がないの?」
エルザが珍しく会話に加わってきた。
俺を抱きしめているから、いつもよりエルザの低いテノールボイスが俺の鼓膜を擽る。
「そう、大抵は勇者が残した日記や証言があるはずなんだが、そういうものが見つからなかったんだ」
「それはなんだか不思議な話だね」
俺たちの会話に、ルミナスとルチアも何か思うところがあったようで考え込んでいた。
「言われてみれば、たしかに先代勇者の話は教会でもあまり聞きませんでした」
「私も魔術師ギルドでそういう話を聞いたことがないわ」
「調べてみる価値はありそうですね。どのみち、他に私たちが出来ることはないですし」
「ルミナス姉さんがそういうなら……」
どうやら二人は俺の提案を試してみる価値があると判断したらしい。
「お時間を割いていただいてありがとうございました。あの、もし良ければ今後も相談をしても……?」
「まあ、俺にできることといえば話を聞くぐらいしかできないけど、それで良ければ」
「ありがとうございます、カインさん」
ぺこりと頭を下げるルミナス。
腕を組んでいたルチアも、「姉さんが言うなら」と不服そうだったが頭を少し下げた。
「二人もあんまり思い詰めるなよ」
「ご忠告、痛みいります」
「ふん、余計なお世話よ」
俺はテーブルの下でエルザの手をにぎにぎしながら二人を見送る。
「カイン、良かったの? あの人たちの相談に乗るなんて」
「ん? まあ、お金とか要求されたら断るけど話だけならな」
元仲間のよしみ、というものもある。
追放された過去はあるが、俺はエルザが側にいてくれたおかげで腐らずに済んだ。
でも、ハリベルたちは違う。
「あいつらも、他に頼れる人はいないだろうからな」
昔、出会ったばかりのルチアが呟いていた。
『特別と唯一は孤独と同じ』なのだと。
多くの人に頼られることはあっても、勇者のハリベルが頼る相手は数少ない。
それは他の仲間たちも同じだった。
「……そか。カインがそう言うなら、私は何も言わないよ」
「エルザ、ありがとう」
「でも、カインも抱え込まないでね」
「実はな、エルザ。俺はとある問題を抱えてるんだ」
目を丸くしたエルザが俺の顔を覗き込む。
俺はエルザの綺麗なエメラルド色の瞳をじっと見つめ返して、静かに口を開いた。
「そろそろ冬服を買いたい」
「……そういえば、そんな時期だね」
最近は重ね着で誤魔化せる寒さではなくなってきた。
エルザは面食らった顔をしたが、呆れたようにクスリと笑うと俺と一緒に服を買いに行く約束をしてくれた。
ふっ、自然な流れでデートの約束を取り付けたぜ……!
宿屋の主人(あの赤髪の男、女を三人侍らすなんていい御身分だな……ぺっ)(コップきゅっきゅっ)




