魔物 イムウトル
前回のあらすじ
戦闘がんばった
「くそっ、マジでワイバーンってのは厄介だな!」
振り下ろした剣が真ん中を境としてぽっきりと折れたのを見たハリベルは、口汚く劣竜を罵りながら剣の柄でワイバーンの頭を殴りつける。
撤退しようにもできず、俺たちは連戦を余儀なくされていた。
「雷よ、内より敵の肉を焼け! 【ライトニング】!」
ルチアの放った電撃が、ハリベルが仕留め損ねたワイバーンを含めて残りの魔物を一掃した。
ようやく静寂が訪れ、俺たちは肩で息をしながら周囲に敵がいないことを確認する。
ルミナスは「マジ無理」と膝に手を当てて俯いているし、バーリアンは欠けた斧の刃を見て小さく舌を打つ。
ハリベルは折れた剣を回収して苦い顔をしているし、ルチアはマジックポーションの飲み過ぎで気分が悪そうだ。
そっとルチアの背中を摩りながら、視界の端でエルザの様子を確認する。
「…………」
エルザは頭に巻いていたバンダナを解いて、犬耳をぴこぴこと動かしていた。
どうやら周囲の様子を探っているらしい。
「ダメだな、この宝玉は壊せないみたいだ」
暫く宝玉と格闘していたハリベルは舌打ちしながら、宝玉を放置して戻ってきた。
リカルド支部長から依頼された仕事は達成できないことになる。
「なら、新しくワイバーンが召喚される前に撤退しようぜ」
ルチアの容態が安定したこともあって、俺はハリベルに撤退を提案する。
さすがにまたあの数のワイバーンと戦うのは無理がある。
「それもそうだな。みんな、戻るぞ」
その時、下から突き上げるような大きな揺れが周囲を襲った。
代わりの武器を取り出し、魔物を警戒するバーリアン。
俺たちも魔物に囲まれないように各々目を鋭くして周囲を睨む。
「ハリベル、下の階層から何か来るっ!」
「は? 何かってなんだ────」
エルザの言葉の真意を探ろうとしたハリベルを遮るように、下層から爆音と共に見たこともない魔物が姿を現す。
その姿はあまりにも異様で、初めて見るものだった。
バーリアンが愛用する斧よりも二回りも大きい戦斧を両手に持ち、鼻輪をつけた牛面が周囲を睥睨する。
俺たちに気がつくなり、ぶおおっと鼻から紫色の煙が吹き出した。
魔物に詳しいルチアが叫び声を上げる。
「あれはミノタウロス!?」
「ミノタウロスって、神話に出てくるあの!?」
ハリベルが目を丸くして、ルミナスが身体を強張らせる。
俺もその名前を聞いてぞわりと悪寒が走った。
ミノタウロス、それは最も魔神に近いとされている魔物だ。
特徴的な外見として、牛の頭、猿の身体にコウモリの羽を背中に持つという。
先代の勇者が人魔大戦で全て倒した、とされているが……。
「なんで、こんなところにいるんだよ……っ!」
ハリベルの頰を汗が伝い落ちる。
それもそのはず、ミノタウロスは既に俺たちに気付いてじっとこちらを見ていた。
「ハリベル、そのミノタウロスって魔物はここの番人なのか?」
「いや、番人は階層を超えて動かないはずだ……このダンジョンに潜んでいたのか?」
こんなダンジョンが村の地下にあったこと自体、村の誰も知らなかったし村長ですら慌てふためいていた。
冒険者ギルドが見つけた正規の出入り口は大岩で封鎖されていたというし、井戸だって地震の余波でたまたま繋がっただけなのだ。
「来るよ、備えて!」
エルザが叫ぶと同時にミノタウロスが突進してきた。
咄嗟に結界を張って、戦斧の刃を防ごうとして────
「うわっ!?」
俺の魔力全てを注ぎ込んでも防ぎきれなかった。
僅か数秒で結界が砕けて、刃が前線にいたエルザに衝突する。
「うぐっ、重い……!」
鈍い激突音を立てながら、エルザが槍で戦斧を受け止める。
ミノタウロスの刃を弾き飛ばすが、手に持っていた槍はその衝撃でヒビが入っていた。
『ほお、我が戦斧を受け止める者がいるか』
まるで地響きのようにミノタウロスの声が響く。
その声は枯れ果てた老人を彷彿とさせるような、なにかゾッとする気配を持った声だった。
『愉快、愉快……勇者、聖女、魔術師に賢者と戦士の一行と目覚めて早々巡り合えるとは。して、そこの黒髪は盗賊か?』
「な、なに!? この俺を盗賊扱いだとぉっ!?」
勇者であることに誇りを持っていたハリベルが目を吊り上げる。
数年前ならとっくに切り掛かっていたのに、今では声を荒げるだけで我慢していた。
尤も、連戦の疲れが影響しているのかもしれないけれど。
「どうしよう、カイン……?」
「俺に聞くか、それ」
ルチアが顔を真っ青にして俺のローブの裾を掴む。
神話の魔物、おまけにそれが人の言葉を喋ったというのだから怯えるのもしょうがない。
エルザは人間の面影が強いからそれほど違和感はないが、牛の顔が人間の言葉を喋るというのは奇妙で物凄く気味が悪い。
「会話が通じるなら時間を稼いで封印するしかないだろ」
「で、でも……」
手に負えない魔物が現れた時、次元の狭間へ飛ばすという最終手段がある。
使う魔力は凄まじく、数人がかりで行使しないといけない上に数日は魔術を使えなくなるので、本当の意味で最終手段だ。
「じゃなきゃここで全滅だな」
「う、うう……」
ふるふると震えるルチアをルミナスがそばに寄って回復の奇跡を掛ける。
【ライオンハート】一時的に恐怖を退けるものだ。
冷静さを取り戻したルチアと協力して、三人でこっそりマジックポーションを飲みながら詠唱を始めた。
「あなたってミノタウロスなの?」
俺の言葉が聞こえたのか、エルザが会話の引き延ばしを謀る。
『いかにも、我が種族はミノタウロス。偉大なる魔神が一柱バルタロスに忠誠を誓うイムウトルなり!』
「イムウトルなんて聞いたことがないな」
『長らく聖女アマラタによって封印されていたゆえ、知らぬのも無理はあるまい。人間どもの寿命は五十年と聞くからな。おお、短い、短い』
ガハハ、とミノタウロスは大口を開けて笑う。
目覚めたばかりで話し相手に飢えていたらしい。
『長年生きてきたが、魔物混じりの勇者とは初めて逢い見えた』
「その勇者って私のこと?」
『お前の他におるまい。他の者はレベルが足りず見えていないようだが、その魂の煌めきは間違いなく勇者そのもの。にしても……』
再び、ミノタウロスもといイムウトルは笑う。
『話には聞いていたが、ついに人間と魔物を融合させるとはあっぱれなり! 魔神ハヌマペリは成し遂げたということか!!』
「人間と魔物を融合……?」
『しかも、勇者と混ぜ合わせるとはなかなか皮肉が効いている!』
槍を構えたエルザの手が震える。
エルザがどんな気持ちで聞いているのかと思うと胸が張り裂けそうなほど痛くなる。
「皮肉?」
『やつは魔神と人間の共存という甘い夢を語っていたからな! そして、会話でもして時間を稼いで何かしようとしているようだが……』
ちらっとイムウトルが俺たちを見る。
うげ、バレてら……!
『む、見たことのない魔術! やはり人間はあなどれん、レベル以外の手段で我らに近づこうとするからなあっ!』
俺たちの使う術式を見て警戒したイムウトルが戦斧を構える。
「させるかぁっ!!」
バーリアンが思いっきり戦斧をイムウトルに向かって投げつけた。
弧を描いた戦斧はイムウトルの腕を浅く傷つけた程度で、その威力を殺すには至らない。
それでも、動揺を見せずにバーリアンはハンマーに武器を持ち替えて殴りかかる。
俺たちのやろうとしていることに気づいたハリベルも折れた剣を片手に斬りかかり、少しでも時間を稼ごうと足掻いてくれている。
仕方ないが、ここは媒介の杖を壊してでも詠唱を短縮するしかない。
俺と同じ考えのようで、ルチアとルミナスも術具を思いっきり床に叩きつけた。
「やるぞ、二人とも!」
コクリと二人が頷く。
三人で声を揃えて、その魔術の名称を唱えた。
────ディメンジョンホール
魔術と呼ぶのもおこがましい、魔力に物を言わせた力業だ。
魔力を収束させ、空間と時間に歪みを生じさせる。
次元の狭間がどこに通じるのかは誰も知らないし、生き物が存在できないナニカがそこにあると分かっている。
『こ、これは!?』
イムウトルの四方を虹色の水晶に似たナニカが取り囲む。
それに触れたイムウトルの腕がどろりと砕けた。
さらさらと溶けて、水晶に吸い込まれていく。
逃げることも悲鳴をあげることもなく、イムウトルは粉々に解けた。
驚いたハリベルやバーリアン、エルザをよそにディメンジョンホールは静かに姿を消す。
がらん、とイムウトルの戦斧が地面に落ちた音を合図に俺たち三人は意識を失った。
くう〜! 謎を残して章は完結です!
「なかなかオリジナル要素あるファンタジー作品じゃん!」と思った方は是非ポイント評価・感想・レビュー・読了ツイートしてみてください! 作者が泣いて喜びます!!




