父さんの過去
前回のあらすじ
エルザといっぱいイチャイチャした
「すっかり長居しちゃった。ごめんね、夜ご飯の準備もあるのに我儘言っちゃって」
「そんなことないぜ、その……俺が引き留めたわけだし?」
窓から差し込む夕日が眩しい。
思う存分いちゃいちゃできた俺は、ちょっと寂しい気持ちを我慢しながらエルザを見送る。
「カイン、また明日も会いに来ていいかな?」
「もちろん! なんならお昼ご飯作って待ってる!!」
エルザは少し屈んで俺のほっぺにキスした。
そして少し照れたように微笑む。
何回もキスしたのに、不意打ちを食らった俺は思わず顔が熱くなってしまった。
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
家に帰るエルザの背中を見送る。
といっても俺の家から三つほど離れた場所にあるんだけど、やっぱり別れるのは寂しい。
エルザが建物の中へ消えていってから、ようやく俺は視線を外した。
「ふぁ〜……いっぱいちゅーしちゃった……!!」
思い出すだけでも耳まで熱くなる。
顔を押さえてジタバタしていると、大きな咳払いが空に響いた。
音がした方角に目を向けると、そこには眉をしかめた父さんの姿が。
「あ、父さんお仕事終わったの? 夜ご飯の準備してくるから顔でも洗ってて」
「うぐぐぐ……っ、分かった……」
最近の父さんは聞き分けがいい。
何があったのかは分からないが、よくハリベルと酒を飲んで語り明かしていることが影響しているのだろうか。
ハリベルから『芯のある親父さんだな、俺の父さんも生きてたらこんな感じなのかな……』みたいなセンチメンタルなことを言ってたし、なにか二人にしか分からないものがあるのかもしれない。
手早く夜ご飯を用意していると、父さんがタオルで顔を拭いながら戻ってきた。
味よりも量重視な父さんのために具沢山なスープを完成させてよそう。
いつもなら無言で食べるのに、今日は珍しく父さんが喋りかけてきた。
「カイン、ハリベルについて行って旅をしていたんだろう?」
「そうだよ。五カ国ぐらい巡ったかな」
一年単位で国を巡って仲間に出会って、旅をしてはダンジョンを潜ったり魔物を退治したり迷い猫を保護したり国の陰謀に巻き込まれたり……色々とあったな。
「なら鉄の国『プロセクール』にも行ったことがあるのか?」
「あるぜ。たしか、女王が統治している国だよな」
ルチアとルミナスの出身国でもある。
女王を中心としているためか、官吏から職人に至るまで女性が役割を担っていた。
独特の慣習が多く、一風変わった国なのだ。
「俺の故郷でもある」
「そうなの?」
俺は思わずぱちくりと瞬きをして父さんの顔を見つめる。
たしかに、言われてみれば『プロセクール』の出身に共通する青みがかった目をしていた。
「あの国は、男には生きづらいところでなあ……」
蜂蜜酒を傾けながら、父さんはしんみりした声で語った。
スキルは家系や身を置く環境によって習得できる系統がある。
例えば職人の子は生産系スキルを、近衛の子は戦闘系のスキルを習得する難易度が変わるのだ。
その他にも、噂話に近いものだが性別によっても習得できるスキル数に差があると信じる人は多い。
プロセクールはその考えを中心に人材運営に組み込んでいるため、よりスキル数の多い女性に特権を認めるような制度が根付いていた。
俺たちが旅していた時も、ついうっかりバーリアンが女性とぶつかってしまったばっかりに俺とハリベルも連帯責任で牢屋に放り込まれたことがあったのだ。
「戦闘のスキルがないばっかりに、俺の代わりに弟が剣を握ることになってな。魔術師くずれの盗賊と戦って死んじまった」
「そんなことが……」
父さんが魔術を毛嫌いしていた理由は過去にあったのだ。
家族を殺されていたなら、魔術に対して嫌悪感を抱くのも無理はない。
「弟の葬式も許されなくてな、その盗賊を殺してこいと言われて……俺は逃げちまった」
顔をくしゃくしゃにした父さんの背中を摩る。
昔は大きかった背中が、この時ばかりは小さく見えた。
微かに震え始めた声で父さんは呟く。
「落ちこぼれなんだよ、俺は。あの時からなんも変わっちゃいねぇ役立たずのまんまだ」
「そんなことないよ、父さん。父さんが作った武器がポイパカ村を守ってるんだぜ」
父さんの剣は冒険者の間で質がいいと評判だった。
俺はあまり武器に詳しくないが、王都クインベルからやってきた商人も目を丸くしていたほどだ。
「実感なんて湧かねぇな。俺より若い奴が命懸けで戦ってんのに、俺は鉄をこねくり回してるだけだ」
「父さん。その鉄をこねくり回すのだって、危ないじゃないか。父さんは魔物と戦ってるんじゃなくって炎と戦ってるんじゃないかな」
父さんは目を丸くして、それから腹を抱えて笑い始めた。
父さんを元気付けようとして放った言葉でまさか笑い始めるとは思わず、俺はつい真剣な気持ちが転じてムッとしてしまった。
そんな俺に気付いて、父さんが目元に浮かんだ涙を拭う。
「ハハハッ、悪い悪い。ミモラに会った時も似たようなことを言われたのを思い出しちまってなあ!」
「母さんが?」
「そう、あれは俺がプロセクールから逃げて放浪していた時のことだ……」
夜が更けていくなか、父さんは母さんとの馴れ初めについて話し始めていた。
お酒が回って後半は支離滅裂だったけど、話を聞く限り父さんと母さんは旅を共にしていたそうだ。
ある時、ポイパカ村に家を買って住むことにしたんだって。
そして何よりも興味深いのは……。
「俺が指輪を渡したらなあ、ミモラのやつ目を真っ赤にして泣き始めたんだぜ!」
父さんは母さんに自分からプロポーズしたらしい。
行き遅れを貰ってやったという割には、家を買ったり結婚指輪を作ったりプロポーズしたりと至れり尽くせりだ。
次の日の朝、二日酔いで呻き声をあげる父さんに母さんとの馴れ初めについて尋ねたら顔を真っ青にして家から飛び出してしまった。照れなくていいのに……
パパ……ッ! (>人<;)




