意外と真摯な勇者ハリベル
前回のあらすじ
村にダンジョンができた
次の日、太陽も昇らないうちに王都から冒険者が駆けつけた。
何人かの上級冒険者の集団は、すぐさま井戸を取り囲んで調査を開始する。
そのなかにはリカルド支部長もいた。
「おお、カインじゃないか。帰郷のついでにダンジョンを見つけるなんてなかなかツいてるな!」
ガハハ、と笑うリカルド。
住民からしてみれば不安の種でしかないダンジョンも、冒険者からしてみれば英雄譚の始まりのようで、誰もがぎらぎらと野心に満ちた顔をしていた。
「一週間ぶりですね、リカルド支部長。支部長から見てダンジョンはどんな様子ですか?」
「んー、ワイバーンがうじゃうじゃいやがるからなあ……。解毒薬の在庫も考えるとそう簡単に踏破はできねぇだろうな。ましてやダンジョンコアの回収となると……早くても年は越すだろうな」
リカルド支部長の発言を聞いて、俺と村長は苦い顔をする。
村の入り口では、避難の準備を終えた村人たちが別れの挨拶をしていた。
村長は、冬の間の労働力をどうするかで頭を抱えているようだった。
「カイン、大丈夫?」
傍らに居たエルザが、渋い顔をした俺を気遣う。
「俺は大丈夫だ。ただ……」
言葉を切って、俺は突入の準備を整えている冒険者たちを見る。
この村の近くには解毒薬の素材が自生していない。
必然的に外部からの輸入を待つしかないのだが……解毒薬はそれ自体が高級で手に入りづらい。
「俺たちで出来ることはないかと考えていただけだ」
俺たちの冒険者ランクはC、ダンジョン探索は認められていない。
出来ることは精々、村近くの魔物を狩ることや結界を張ることぐらいだろう。
そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あー! こんなところにいた!!」
振り返れば、俺たちを指差す黒髪ツンツンの青年。
勇者ハリベルとその仲間たちだった。
「お、お前ら! 勝手に王都からいなくなるんじゃない! ちょっと探しちゃったじゃないか……」
「具体的に言うと王都中の宿屋を巡る羽目になりました」
ぼそりとルチアが嫌味を言ってくる。
王都で騒ぎを起こして以降、リカルド支部長が間に入って仲介してくれたのだ。
「何か用でもあったのか?」
「用つーか、勇者としてだな……こう、色々と把握しておかなくちゃいけないんだよ。分かるだろ?」
「分からん」
「だよなあ……いや、まあ、うん。見つけたからそれでいいや」
意味不明なことを言いながら納得するハリベル。
まともな奴はいないのかと比較的マシで会話できると信じたいルチアを見ると、彼女は肩を竦めていた。
埒が明かないと判断したルミナスがハリベルよりも前に出る。
「それより、ダンジョン内にはワイバーンがいると聞きました。劣竜殺しのお二人にワイバーンを倒した時のお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「お、俺たちの話?」
思いがけない言葉を聞いて、俺はびっくりした。
エルザも不思議そうな顔をしていた。
「ええ。ワイバーンの動き方、有効的だった魔術や弱点など貴方がたしか知らない情報があるはずです」
「それは構わないが……」
ワイバーンは、冒険者や魔物を狩る人にとっては登竜門。
その情報を、わざわざ俺たちから仕入れるなんて『変わっている』。
ハリベルたちは、ワイバーンの鳴き声、体躯、ブレスの予兆動作から鱗の模様に至るまで事細かく聞いてきた。
まるで事情聴取を受けているかのように、丁寧に質問をぶつけてくるのだ。
話をしている間にも、他の冒険者たちはダンジョンに突入している。
「なるほどな。ありがとう、助かったわ」
俺たちから話を聞き終えたハリベルは片手をあげ、ダンジョンに通じる井戸に向かって行った。
バーリアンやルチア、ルミナスもその後に続いていく。
その背中を俺は呆気に取られて見送った。
王都でいきなり襲ってきた時と変わって、なんだか妙に礼儀正しい気がする。
「雰囲気、変わってたね」
「そうだな。なんか、トゲがないって感じ」
もやもやしたものを抱えながら、俺はエルザと一緒に回復の効果を持つ薬草の採取に出掛ける準備を整えた。
◇ ◆ ◇ ◆
岩肌が曝け出されたダンジョンを、【戦士】バーリアンを先頭に勇者パーティーは進んでいく。
道中に現れるのは、素材も乏しい弱い魔物ばかり。
先に突入した冒険者たちが、欲を優先して敢えて逃した魔物たちだ。
それを、斧の一振りで薙ぎ払いながら探索を進める。
「あの二人をどう思う、ルチア?」
あっさりと討伐されていく魔物を尻目に、勇者のハリベルは参謀の意見を仰いだ。
「魔物側のスパイの可能性は低いわね。リカルドも警戒というよりも引き込もうとしているようだし、獄中死したハミルトンの方に関心を寄せていたみたいだったわ」
ルチアの言葉にハリベルは頷いた。
行方を眩ませたカインとエルザを王都で探しているなか、彼らは様々な情報を集めた。
どこそこの飼い猫がいなくなったという幼子の悩みから、最近の魔物の動向に至るまで彼らが知らない情報はない。
ちょちょいと悩みを解決してやれば、王都の住人はたちまち彼らに心を許して情報を提供してくれるのだ。
「リカルドの話によれば、【賢者】カインは身を挺して魔物のエルザを誑かし、その戦力と情報をこちらに提供させる……でしたか」
ルミナスが過去の話を思い出しながら情報を整理する。
それは、エルザを抹殺するべきと喚く冒険者に対してリカルドが語っていたものだった。
勿論、それをそのまま信じるほど勇者たちはお人好しではない。
けれども、これまでのエルザの振る舞いはカインを中心としているもので目立った犯罪を犯していない経緯もあって、認めたくはなくとも説得力があった。
「いずれにしても、あいつらの行動や居場所は注意しておいた方がよさそうだな。敵でいるよりも味方に、最低でも敵意を抱かれない程度の関係性を構築する必要がありそうだな」
「そうね。敵は襲ってくる魔物とダンジョンだけで十分よ……風よ、悪しき企みから我らを守りたまえ【ウィンド・プロテクション】」
ルチアがバーリアンが危うく踏みかけた罠に結界を貼る。
王都で負けて以降、ルチアは以前にもまして魔術の習得に力を入れるようになった。
発動の速度、威力だけでなく策を二重にめぐらせるという奇才ぶりを遺憾なく発揮する。
「神よ、我らに慈愛の眼差しを……シフト・ヒール!」
ルミナスも妹に負けまいと、常に微量の回復効果を持つ奇跡を引き起こせるように鍛錬を重ねた。
気絶したとしても、僅か一秒で戦線復帰が出来るようになるべく研鑚している。
「助かった、そいやっ」
バーリアンも、力でのゴリ押しだけでなく技術を磨くようになった。
小型の魔物をハリベルに押し付けるのではなく、重い鎧を身につけていたとしても捉えるために剣術にも手を出していた。
斧を背中にしまい、重厚な鎧からは考えられないほど俊敏にレイピアを抜いて脇をすり抜けようとしたウサギ型の魔物に突き立てる。
無意識に増長していた彼らを叩きのめした二人の存在によって、勇者パーティーは望まずとも成長を迎えていた。
『いざとなれば【魔術師】が、【聖女】が、【戦士】が、そして【勇者】が戦況を立て直してくれるのではないか』という信頼がなくなった今、最善を尽くすために出来ることを一人一人が模索するようになったのだ。
「アイツらのおかげ、なのかもな」
仲間の頼もしい姿を見守りながら、司令塔にしてパーティーの中心にいるハリベルは頭をガリガリと掻いた。




