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村の地下に潜む危機

前回のあらすじ

 義理の親子喧嘩



 かん、かん、と鉄を打ち付ける音が青空の下に響く。

 忍び寄る外気の寒気すら退けるほど、火事場の炎は煌々と燃えていた。

 全身から汗を流しながら、父さんは無言で鍛治に勤しんでいる。

 裾を捲り上げた腕や足からは、昨日に比べて薄くなった青痣が垣間見えた。

 その背中をぼんやり眺めながら、俺は問いかけた。


「父さん、何してるの?」


 昨日、仕事は全て終えたから暇になると話していたことを思い出す。

 新作の剣でも作るか、なんて言っていたような気がする。


「見て分かるだろ、シャベルを修復してるんだよ」


 根元から折れたシャベルを解体して、溶かして固める。

 俺の記憶が正しければ、あのシャベルはつい最近まで傷一つなかったはずだ。


「いつ壊れたの?」

「昨日から今日の深夜にかけてだ」

「父さん。まさか、拳で勝てなかったからって……」


 俺の脳裏に、シャベルを振りかぶってエルザに襲いかかる父さんの姿が浮かぶ。

 カッとなった父さんならやりかねない。


「別に頭は狙っちゃいねえよ。それどころか、逆にへし折られた……とんでもねえ馬鹿力だ」


 俺は「あぁ」と気の抜けた相槌を返す。

 王都にいた頃、何かと暴漢やガラの悪い連中に絡まれていたがすれすれのラインで痛めつけていた。

 エルザ曰く「やり過ぎると恨みを買うから、その前に反抗する気力を削ぐ」と言っていた。

 喧嘩が嫌いな俺にはよく分からないけれど、双方ともに大怪我もなく問題が片付くのでそうなのだろう。


「シャベルはこれでよし、と。ちっ、鍛治が出来る様に手加減されたこともムカつくぜ」


 ぶつくさと呟きながら、父さんは修復したシャベルを傍に退ける。

 側にあった机の上から鉄のインゴットを取り出して、火に焚べて熱していく。

 叩いて、延ばして、冷やして、熱して……その合間にスキル【鍛治】を使って物を作っていく。

 このスキルがあるかどうかで品質に大きく影響するのだ。


「これを、こうして……」


 父さんはさらに剣に【鍛治】のスキルを重ねていく。

 王都で鍛治職人の仕事を見たことがあるけれど、父さんのように重ね掛けしている職人はいない。

 なんでも、重ね掛けすることで強度が上昇するが切れ味の悪化を招くらしい。

 それでも父さんの剣は切れ味が良いと評判だった。


「よし、これで完成だ!」


 父さんが剣を翳すと、フランベルジュと呼ばれる波うった刀身のツヴァイヘンダーという両手剣だった。

 この村で両手剣を使う人がいるのか、という疑問が湧いたが、たぶん行商人にでも売りつけるんだろう。

 不機嫌だったことも忘れて、自作の剣を眺める父に背を向ける。


 いつもなら、この時間になったら母さんが料理をしているはずだった。

 けれど、今ではその気配も音もない。

 母さんは荷物をまとめると、振り返らずに村を後にした。


 もうずっと前から、別居しようという話はあったそうだ。

 それを知ったのは、父さんの愚痴のなかからで母さんは『カインに気を遣わせちゃ悪いから』と曖昧に微笑んでいた。

 俺たちがいるポイパカ村から徒歩で半日程にある集落で、偶に行商に来るかも知れないと言っていた。

 父さんには『会おうと思えば会える距離だ』と言っていたが、言われた本人は生返事。

 俺の勝手な推測だが、多分、村を空けて会いにいくことはないだろう。

 父さんはそういう人だった。


 昼食の準備でもしようかとベンチから立ち上がって家に行こうとした時、地面が大きく揺れた。

 村の各地から悲鳴や驚いた声が響く。


「じ、地震!?」


 ひとまず身の安全を確保して息を飲む。

 大きな揺れは一度だけだが、小さな揺れは継続的にあってその度に家屋が軋む。

 今のところ崩れる気配はないが、あまり長くはもたないかもしれない。


「カ、カイン……今のはなんだ? 地面が揺れた、のか?」


 へっぴり腰になった父さんが慌てた様子で俺の元に駆け寄ってきた。

 魔物の中には衝撃波で地面を揺らしてくるものもいる。

 俺はそれほどびっくりしないが、村から出たことがないという父さんは生まれて初めての経験にすっかり気が動転しているようだった。


「父さん、とにかく今は安全を確保しつつ、村のみんなの様子を確かめよう」

「そ、そうだな……うわっ!?」


 再び地面が激しく揺れる。

 一度目の揺れに耐え切れた家屋も、二回目は無理だったらしい。

 柱が折れる音が響いて、俺が見ている前で父さんの鍛冶場が一部分だけ崩落する。

 もうもうと立ち込める土煙に咳き込みながら、他の場所も危ういと思った矢先。



 ────ギャルルルルルッ…………ギャルルルルルッ…………



 聞こえてきた咆哮に、全身の鳥肌が立つ。

 空を見上げても見知ったその姿はない、されども咆哮は依然として聞こえる。

 それどころか、数を増やし距離を詰めているようだった。


「な、なんでワイバーンが……?」


 どこからやってくるつもりなのか、きょろきょろと見回して俺は気づいてしまった。

 ワイバーンは空を飛ぶ。

 ならば、空から襲撃する……けれども、毎度ご丁寧に空からやってくるわけではない。

 咆哮に耳を澄ませ、俺は鍛冶場から少し離れた位置にある井戸を覗き込む。


 ──ギャルルルルルッ! ギャルルルルルゥッ!!


 先ほどよりも鮮明に、その咆哮を捕らえることができた。

 井戸の中は底知れぬ暗闇に包まれているが、時折、オレンジ色の輝きが瞬間的に見える。

 瞬間的であれど、見覚えのない広大な地下通路であることは見てとれた。


「ダンジョン……! 村の地下にこんなものがあったなんて…………」


 ダンジョンというものは、謎に満ちている。

 いつ、どうやって発生したのかは誰にも分からない。

 そして、どこにあるのかさえも。

 『偶々、大金叩いて買った家がダンジョンで、こっそり攻略したら大富豪になった』なんていう与太話だってありえるし、その元ネタとなった実話だってある。


「父さん、村長を呼んできてくれ!」

「なんだ、いきなり? どうしたんだ?」

「ダンジョンだ、この井戸がダンジョンに繋がっている!」

「この井戸が……?」


 父さんが覗き込むと同時に、またも咆哮が響く。

 驚いた父さんは悲鳴も出ないようで、代わりに喉からひゅっと情けない息が漏れた。


「わ、分かった。村長を呼んでこよう。カインも、なるべく危ないことはするんじゃないぞ」

「勿論だよ、父さん」


 俺は背を向けた父さんを見送って、井戸に簡易的な結界を張る。

 仕掛けは単純。

 魔物の出入りを阻む効果をもつものと、外だと認識させないもの。

 一時凌ぎとはいえ、ないよりはマシなはずだ。

 慌てた様子で駆け寄ってきたエルザと村長に事情を説明しながら、俺はこれからどうしたものか頭を悩ませた。

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