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女の子ってこういう店、好きだよなあ……

前回のあらすじ

 ハリベルとバーリアンをエルザがぼこした


 【勇者】ハリベルに絡まれた後、俺たちは人混みの混乱に紛れて冒険者ギルドから逃げ出すことに成功した。

 時計を見れば、時間はまだ正午にもなっていない。


「折角だからどっかでお昼でも食べようぜ、エルザ」

「そうだね、いつものレストランにでも行く?」


 俺たちが足繁く通っているレストランは冒険者向けの店で、手頃な値段と量で勝負しているようなところなのだがいかんせん品数のレパートリーが少ない為、四回行けば飽きが来る。


「偶には別の店に行こうぜ。あ、あそこなんてどうだ?」


 看板に『お得ランチ始めました』なんていう心惹かれる定型文に目を向ければ、そこには小洒落たカフェスタイルのレストランがあった。

 いかにも『ザ・女の子が好きそうなお店』って感じのオーラが扉から漂っている。

 観葉植物じゃなくて、お花を花瓶に活けている辺り“分かってる”感じがヒシヒシと伝わってきた。

 たまにはエルザに王都を満喫させてあげたい。


「こんなところにお店あったんだね。最近できたのかな?」


 お、食いつきがいい。

 やっぱり、女の子ってこういう店、好きだよなあ……。

 まあ、俺も嫌いじゃないけど。


「それじゃあ中に入ろうぜ」


 エルザの手を引いて店の中に入る。

 お花のイラストで『営業中』と書かれたプレートが下げられた扉を開けるとふわりとコーヒーのいい香りに包まれた。

 外の明かりをふんだんに取り入れた、明るい内装をしていた。


 店員に案内され、渡されたメニュー表を見ているとさりげなくとんでもないことを言われた。


「ただ今、平日限定のケーキセットをご案内しております。宜しければご利用くださいませ」


 そう言って店員は一礼して、カウンターの奥へ引っ込んでいった。

 俺たちの他に客はなく、実質的に貸し切り状態だった。

 店内をキョロキョロと見回したエルザがこしょこしょと俺に囁く。


「ねえ、カイン。あの店員さん、“ケーキ”って言った?」

「間違いなく言ったな。“ケーキ”ってあの“ケーキ”だよな」


 俺たちが脳内に思い描くのは、故郷ポイパカ村で五年に一度食べられる究極の贅沢な甘味物。

 行商人が仕入れてくる砂糖と小麦粉を混ぜ合わせて焼くふわふわのケーキだ。

 メニュー欄に書かれていたのは、明らかに原価を下回る値段。


「ニンジンケーキ、シフォンケーキ……どれも聞いたことがないな」

「噂の“ぼったくり”ってお店かな?」


 冒険者ギルドにいると、必然的に酒の席での失敗談が聞こえてくる。

 そのなかで、料金表がないお店で飲食をした後会計でとんでもない値段をふっかけられるという恐ろしい話があった。

 支払いを断れば裏社会の人間がカウンターの奥からワラワラと湧いてくる……とかなんとか。


「こんな表通りに近い場所で? しかし、うーむ……頼んでみるか」

「えっ、大丈夫なの?」

「いざという時は魔術でどうにかすれば大丈夫だろ」


 不安がるエルザを宥めながら注文する料理を決め、店員を呼んでオーダーする。

 視線で先にエルザにオーダーするように促すとエルザはため息を吐いてメニュー表を開いた。


「カルボナーラと紅茶を」

「ペペロンチーノとコーヒーを一つずつ。それと、ケーキセットを人数分」

「かしこまりました。カルボナーラ、紅茶、ペペロンチーノ、コーヒー、ケーキセットを二つでございますね」


 メモを取った店員はカウンターの奥へ引っ込み、厨房にオーダーを告げる声が微かに聞こえた。


「折角だし、ここのお店が出すケーキとやらを拝んでやろうぜ」

「もぉ、どうなっても知らないよ」


 呆れたエルザの前に、店員が注文していた紅茶を置いた。

 俺もコーヒーを受け取って口に含んでみる。

 爽やかな酸味が舌の上に広がる。

 どうやら質の良い豆を使っているようで、俺は思わず目を見張る。


「美味いな。これがこんな値段で頼めるものなのか……?」


 王都では、意外な物を安く手に入れることができるのだが、やはりお店を経営しているとなると格安で材料を仕入れることができるのだろうか。


「カイン、あれ見て」


 エルザが指さした壁には手書きのポスターが掲げられている。

 ほわほわしたタッチで描かれた農家のイラストの隣に『農家と直接契約を実現! 格安で高品質な野菜の仕入れに成功!』と書かれていた。


「なるほどなあ、仲介業者がいないから安く提供できるようにしているのか」


 お店の努力に感心していると店員がカルボナーラとペペロンチーノを運んできた。

 特に不審な点もなく、至って平凡なカルボナーラとペペロンチーノだ。


「美味しいね」

「美味いな」


 俺の頼んだペペロンチーノは、唐辛子の量は多すぎず少なすぎず、適切な量とオリーブオイルが使われていた。

 店によってはオリーブオイルをケチるのだが、このお店はなにか並々ならぬこだわりがあるようだ。

 口の端にソースをつけたエルザを微笑ましく見守りながらペペロンチーノを完食する。


 食べ終えた皿を下げた店員が、ケーキの皿を持ってくる。

 俺はシフォンケーキを、エルザはニンジンケーキとやらを頼んでいた。


「これが、ケーキ……」

「なんか、想像してたのより豪華だね」


 お洒落な装飾が施された小皿にちょこんとケーキが置かれていた。

 俺のケーキは栗色でふわふわとしていて、ほんのり紅茶の味がした。

 エルザは橙色をしていて、食べた本人は「人参の味がする」と言っていた。


「はい、どーぞ」


 気になってチラチラ見ていると、エルザはふっと微笑んでケーキを切り分け、俺の皿に乗せる。

 食べてみるとたしかに人参の甘い味がした。


「思ったより人参だったわ。ほれ、このケーキ紅茶の味がするぜ」

「そうなの? あ、ほんとだ」


 パクリと俺が与えたケーキを頬張ったエルザは目をキラキラとさせる。

 そういえば、エルザは紅茶が好きでよく紅茶を飲んでいた。

 会計で吹っかけられるということもなく、特に何も起きないまま店の外に出る。


「良いお店見つけちゃったね」

「そうだな。また来ような」

「うん!」


 お手頃な値段だったので、たまにはここでお昼ご飯を食べるのも悪くない。

 他にもこういうお店がないか探しておこうかな、なんて考えながら俺たちは王都の道を歩くのだった。

誤字脱字報告ありがとうございます!

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