勇者ハリベルとの再会
前回のあらすじ
ワイバーンくん喋れた説、ワイバーンくんぼっち説が巷(魔物学者界隈)で流れている
ワイバーン討伐以降、俺たちは特徴的な外見をした二人組ということもあって広く知られるようになった。
新進気鋭の冒険者として吟遊詩人が詩を作るほどなのだから、噂話に尾鰭がつくのは当然として……
「紅蓮の髪を靡かせて〜♪ カインはワイバーンに槍を突き立てた〜♪ 金髪の乙女エルザの魔術は素晴らしい〜♪」
歌いながら吟遊詩人はポロロンとリュートを鳴らし、周囲の冒険者がオヒネリを落としていく。
その光景を尻目に俺はむすっとした顔をしていた。
有名になるのはいい、仕事が増えて結果的に収入が増えた。
不満があるとすれば、名前と顔が逆に覚えられているということだ。
仕事上、自己紹介で名乗る時に依頼人から怪訝な顔をされるようになってしまった。
ただ、この時ばかりはややこしいことになっていて良かったと心の底から思った。
何故なら、俺は冒険者ギルドにやって来た【勇者】ハリベルに捕まってしまったのだ。
「君が劣竜殺しのエルザだね? この冒険者ギルドに所属しているというカインについて話を聞かせてくれるかな?」
「ひえっ……」
そう話しかけてきたハリベルがあまりにも真剣な表情をしていたものだから、俺は訂正するタイミングを逃してしまった。
隣に座るエルザの「ねえ、これ大丈夫なの?」という問いかけにどう答えたものか考えている間にハリベルは話し始めた。
「四属性の中級程度しか使えない魔術師だ。君ほど美しくはないが、金髪碧眼のナヨナヨした男なんだ。何か知らないかい?」
俺についてクソ失礼なことを口にしながらウィンクしてきたハリベル。
さりげなく俺に近づいて肩を抱こうとしてきたのが大変気色悪かったので、そっと結界魔術を張って距離を取る。
エルザの影に隠れながら、俺は何がなんでもハリベルと仲良くなることはありえないと固く心に誓う。
結界魔術に阻まれたハリベルは顔を顰めて弾かれた右手を摩る。
きっとエルザの顔を睨みつけて、眼光鋭く詰め寄ってきた。
「ちょっとお前、空気読んで席を外せ! エルザちゃんと俺が話している最中だろ!」
「それが初対面に対する態度ですか? 馴れ馴れしく人に触れないでください」
再度俺に手を伸ばそうとしてきたハリベルの手を、エルザが掴んで捻り上げた。
悲鳴をあげるハリベルを、翡翠の瞳が冷たく見下ろす。
「それで、カインという人を探しているんでしたっけ? この冒険者ギルドに所属しているカインという男はオレですけどなにか?」
ギリギリと音がしそうなほど、ハリベルの手首を捻っていたエルザの手首に血管が浮かび上がる。
微かに震えていることから、二人がかなりの力を込めていることが伺えた。
「テメェッ、この勇者ハリベルにこんな無礼な真似を働いてタダで済むと思うなよ……ッ!」
「勇者ならもっと礼儀礼節を身につけた方が良いと思いますよ」
顔を真っ赤にしたハリベルと打って変わって、エルザは涼しげな表情を崩さない。
結局ハリベルが解放されたのは、エルザが手を放して突き飛ばした頃だった。
尻餅をついたハリベルに気付いて、【戦士】のバーリアンが駆け寄ってくるのが見えた。
「ハリベル、どうした?」
「ちょうどいいところに来たな、バーリアン! あの赤髪の男を黙らせてくれ!」
「よく分からんが分かった!」
赤銅の鎧を着けた角刈りの男、バーリアンが拳の関節を鳴らしながらエルザに近寄ってくる。
「喧嘩か? 喧嘩か!?」
「ワイバーン殺しのエルザとカインが勇者と揉めてるぜ!」
「俺は鎧の男にエール一杯賭けるぜ!」
どうしよう、周りの冒険者に助けを求めようにも囃し立てるばかりで助けてくれそうにない。
「いざとなれば魔術でぶちのめすか?」と俺が覚悟を決めていると、エルザの胸ぐらを掴もうとしたバーリアンが宙を回転した。
どんがらがっしゃんと机や椅子を薙ぎ倒してバーリアンが転がっていく。
少なくともバーリアンは並の男が投げ飛ばせるような体躯をしていない。
そのバーリアンを、エルザは片手と片足だけであっさりと投げ飛ばしたのだ。
「「おぉ〜!」」
周りの冒険者たちの歓声に俺も思わず同調してしまう。
それほどエルザの動作は流れるように美しく、一切の無駄が無かった。
「この野郎……ッ!」
バーリアンの腰を落としたタックルさえも、エルザはひらりと躱す。
片足を引っ掛けて、またもバーリアンを転倒させた。
頭をテーブルの角にぶつけた【戦士】バーリアンは、おそらく俺が知る限り初めて白目を向いて意識を手放した。
大型魔物の突撃すら跳ね除けて道を切り開くバーリアン。
その彼のタックルをいとも簡単にいなしたエルザの背中は、これまで俺が見たどの男の背中よりもかっこよく見える。
やっぱりエルザって凄い。
純粋な羨望とときめきを胸にエルザを見つめていると、ハリベルが「ぐぬぬぬー!?」と地団駄を踏んだ。
そしてびしっと指をエルザに突きつける。
「決闘だっ! 俺と勝負しろ!」
「……断る。生憎と君たちのような弱い人間を甚振る趣味はないんだ」
ヒラヒラと手を振り、さりげなく俺をエスコートしながら人混みを掻き分けるエルザ。
周りの冒険者が妬みやら憧れの混じった顔でエルザを見ていて、俺はまるで自分のことのように誇らしくなった。
凄いだろ、エルザは。
そこんじょそこらの勇者や力自慢とは違うんだぜ。
エルザの発言を茫然とした顔で聞いていたハリベル。
段々と顔を羞恥に赤く染め、口をワナワナと震わせた。
「な、な、な、なんだとーっ!?」
背後から木霊する叫び声を聞きながら、俺たちは冒険者ギルドを後にする。
ちょっとだけ情けない勇者ハリベルの姿を見て『ざまあみろ』って思っちゃったのは内緒だ。
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