ハンカチより団子
初めての休日をどうしようか考えながら歩いていると、ゲオッチに会った。
お城から帰るための馬車の前に、ゲオッチがいたのだ。
「あっ、クララ。
丁度通りかかったら、クララを送る馬車がいたから待ってたんだ」
「でも、良いの?
ゲオッチって絵の勉強の後は、剣術の稽古じゃ無かったっけ?」
(ていうか、侍従長と話して事務手続きしてたから、結構長い時間待ってたんじゃないだろうか?)
ゲオッチは、うつむく。
「僕は、元々病気がちで体が弱いんだ。
体を動かす剣術は、毎日はちょっと無理なんだ。
国を守る貴族としては、失格かも知れないね」
ゲオッチは妙に優雅な所があって、権謀策術渦巻く時代の貴族らしくない。
どちらかと言うと、芸術家肌だ。
さっそく、さっき仕入れた知識を活用する。
「侍従長様にお聞きしたよ。
ゲオッチは、音楽が得意だって。
音楽でみんなを幸せにしてあげたら、いいんじゃないかな?」
ゲオッチが、目を見開いて固まった。
(うおっ?
フリーズした?
この世界は、PC上の世界なのか?)
ゲオッチが再起動した。
「ありがとう、クララ。
僕は、ずっと剣術が苦手なことを引け目に感じていたんだ。
そうだね。
みんなを幸せにするのは、芸術だっていいんだ。
おかげで、目が覚めたよ」
(大げさだなあ。
この世界では、貴族自身は芸術なんてやらないのかな。
確かに中世ヨーロッパでは、貴族は芸術家のパトロンだったしね。
でも、平和なんだよね。
平和だったら、芸術で生きていく貴族もありでしょ)
※パトロン
芸術家の後援者、保護者
「私も、ゲオッチの音楽を聴いてみたいな」
「ええっ? そう?
クララのためなら、何だって演奏しちゃうよ。
誕生日でも、洗礼式でも呼んでくれたら、いつでもOKだよ。
け、けけ、けっこ……いや、それはダメだ」
(皇帝のご子息を演奏のために呼び出すって?
そんなこと出来る訳無いよ)
「まあ、私なんかのために無理することは無いよ。
それより、帝都の地図とかってないのかな?」
「地図?
そんな機密書類が、どうして必要なんだい?」
(そうだった。
こういう世界では、地図は軍事機密だった)
「そ、そんな詳しい地図じゃなくって、『お城の隣には教会があるよ』とか『家から近い市場はここだよ』とか、そういう情報が欲しいんですよ」
「なあんだ、帝都のガイドブック的なものが欲しいんだね。
それだったら、僕付きの執事に命じて用意させるよ。
でも、家の周りの情報は今すぐ必要だよね。
明日の休みに時間があるなら、僕が帝都を案内するよ」
「そんな。
皇位継承者のゲオルグ様に帝都案内をさせたなんてバレたら、ただじゃ済みませんよ」
「心配いらないよ。
僕はゲオルグ様じゃなくて、君のゲオッチだから。
皇位継承者だからこそ、ボクのやることに口出しできるのは、父上だけなんだ。
明日からクララの奴隷になったって、誰も文句を言えないよ」
(うーん。ゲオッチ、意外なほど良いやつだ)
テディとゲオッチの絵の授業は、2日やって、2日休む。
お給金は十分にもらえることになったが、娘を働かせて自分が楽をするわけにはいかないと、お母さんもお城のお掃除の仕事をすることになった。
お城はとても広くて、お掃除の人は何人でも雇いたいみたいだ。
お母さんは、お昼からで良いけど基本毎日登城するみたいだ。
さて、帝都に来てテディたちの絵の先生になって、最初の休日。
当日の朝、お迎えの馬車が来たので乗せてもらった。
お母さんが、髪の毛をくくる紐をリボンに変えてくれた。
鏡を見ると、ちょっといい感じだった。
ゲオッチと馬車の中で向かい合って座って、世間話を始めた。
「ク、クララ、今日は髪の毛にリボンを付けているんですね」
「うん、お母さんに付けてもらったんだ」
「に、に、にあ、似合っているんじゃあ、ないかな」
うつむいて小さな声でうなっている。
体調悪いのかな?
そういや、体が弱いと言っていたな。
もう夏も終わりだけど、ちょっと暑い。
ゲオッチも暑いみたいで、顔が赤い。
汗もかいているみたいなので、ハンカチを貸してあげた。
「あ、あ、ありがとう。クララ」
うおっ? 急に元気になった。
何か様子がおかしいな。
この世界では、ハンカチを持つ習慣はあまりないのかな?
いや、支給された服と一緒にハンカチがあったんだから、それはない。
それとも、ハンカチを渡すことに何か別の意味があるとか?
※この世界では、女性の側から意中の殿方を誘いたいときに、その人の前でハンカチを落とす。
後日、男性はそのハンカチにプレゼントを包んでお返しする風習があった。
もちろん、その気がない時はハンカチだけを返せばよい。
拾ったその場では、何も包めない。
だから、その場では返せない言い訳をお互いにするのが、粋とされた。
ゲオルグは、クララのハンカチを手に入れて、返すチャンスを得たことに喜んでいた。
エドワードに、一歩リードしたと思った。
しかし、森で育ったクララが、このような事情を知る由もない。
「こ、このハンカチは、ご、後日返した方が良いよね?」
ゲオッチの声がうわずっている。
私は、何か危険な香りを感じた。
(やはり、何かある。
返す時に何かありそうだ。
おやつを包むくらいならいいけど、軽く判断して受け取るのは危ない)
「この間まで森で暮らしていた平民のハンカチですよ。
気になさらずに、使った後は捨ててくださいな」
「そうか、じゃあ君の大事なハンカチを一つ使わせてしまったのだから、新しいハンカチを買って、プレゼントさせてくれないか?」
ゲオルグは食い下がる。
(単純にプレゼントは嬉しいけど、こいつ皇帝の息子だからな。
宝石が埋め込んであるとか、高くて使えないようなハンカチとかもらっても困るし。
おっ、そうだ)
「ハンカチは、お城へ上がる時の身だしなみとして、支給されたものですわ。
恐らく、国の財政から出たものと思います。
気をつかわれる必要はございませんわ。
どうしてもとおっしゃるなら、ハンカチの代わりに、おいしい食べ物が嬉しいです」
「あ、ああ、食べ物、そ、そうだね。
君らしいね。
ハハハ」
(よし、狙いは外したみたいだ。
天使の絵でやらかしてるからね。
おいしい食べ物ももらえたら、一石二鳥だよ)