皇帝の息子たち
数日後、私とお母さんは、森の中の家のものをまとめて、帝都に引っ越すことになった。
「ごめんね、お母さん。
私のせいで、お引越ししなきゃいけなくなっちゃって」
「クララ、何を言っているの?
森の中で女だけで暮らすのは、本当は危険なことなのよ。
あなたのお陰で、安全な帝都で暮らすことが出来るの。
お母さんは、あなたに感謝しているわ。
今まで、こんな所で生活させていて本当にごめんね」
私は森の生活も気に入っていたんだけど、お母さんが森を離れるのに悲しくないなら良かったよ。
私達は、お城の近くのアパートメントに住むことになった。
近くには、似たようなアパートメントが並んでいる。
全部5階建てで、統一されている。
デザインも、石造りで同じ景観になるように、してあるみたい。
私のおうちは、5階建ての3階。
3部屋あるうちの一つだった。
外からだと狭く見えたけど、奥行きがあって、ベッドルームとダイニングにキッチン、リビングルームまであって、前の家より広いくらいだ。
こんなアパートメントが何千何百もあるそうで、帝都の広さにはちょっと驚いちゃう。 人口も、すごいんだろうな。
あと、帝都で暮らすことになって、私にファミリーネームがあることを知って驚いた。
ハイデルベルクというそうだ。
私がクララ・ハイデルベルク。
お母さんは、ビアンカ・ハイデルベルクだそうだ。
森で誰とも会わなかったから、ファミリーネームなんて聞いたことも無かったよ。
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私が最初に天使として働いていたのは、純朴な文明の遅れた世界だった。
殺伐とした争いも多くて、天使の力を使いまくったもんだ。
いくつかの奇跡を起こして、その世界の人々の感謝の心が大きくなると、突然天界に招かれちゃった。
そこで、大天使の称号をもらって、天界のために働き始めた。
最初は、やりがいがあって、楽しい仕事だったんだよ。
下界と呼ばれる異世界の色んな時代に行って、その世界の魂の総量が最大になるよう工夫して、魂の幸せを考える。
時には、厄災を起こして汚れた魂を淘汰したり、奇跡を起こして清浄な魂を救済したりするんだ。
でも、汚れたとか清浄とか、私が判断して良いんだろうか?
とか、考えちゃうんだよね。
奇跡で助けるのは楽しいけど、厄災で傷ついた魂を見るのは、本当に心が疲れちゃうんだよ。
天使の寿命なんて聞いたことなかったけど、こんな仕事をずーっと続けていくのかな?
何だか、楽しくないなー。
そんなある日の仕事の合間、私は坂道の多いオカモトっていう街の教会の屋根で一休みしていた。
セーラー服を着た女の子たちが、「くれーぷ」と「たぴおかミルクティー」というのを食べながら、談笑していたんだ。
遠くからその笑顔を見ていたら、なんだか胸がキュンっと痛くなって、気付いたら女の子に変身して、仲間に入れてもらってたんだ。
別に刑事になってた訳じゃ無いし、いいと思うんだけどなー。
※ベルリンの天使は、刑事コロンボになっていたとか。
人に恋したら、天使は死んでしまう。
(ベルリン 天使の詩)
人に恋したら、死神も死んでしまう。
(デスノート)
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帝都での生活は、それほどのものでもなかったけど、暫くの間は退屈しなかった。
私は、テディとその1つ年上の兄ゲオルグの、絵の先生になった。
引っ越しして、新しい生活に慣れる暇もなく絵の授業をしないといけない。
近いけど、お城まで馬車の送り迎えが付くので、土地勘が全くない私には助かる。
侍従長に、テキストも何もないのに体系的に絵を教えることは難しい旨を、伝えた。
帰ってきた答えは、
「彼らには絵を描かせて、褒めてあげれば、それで大丈夫です。
ミケランジェロ様が認めた天才に絵を習うことが、重要なのです。
継承順位が低いとは言え、彼らは皇帝の跡取りです。
本当に絵の道に進まれては、困りますから」
だった。
ちょっと安心した。
まあ、もともと10才の少女を先生にしようってんだから、そんなに本格的な勉強じゃないのは、当たり前か。
それよりも、城に出入りするのに恥ずかしくないようにと、服までもらえるようになったのは驚いた。
これまでは、服なんかコアラみたいな灰色の服2枚を交代に着替えていたのに、毎日違う服を着ないといけないそうだ。
私はコッソリ、コアラン服と名付けていた。
前も洗濯はしていたけど、あまり入浴の習慣のないこの世界では、服を着替えないと臭いもんね。
派手ではないけど、質素で気品のある服だ。
なんか、ちょっと偉くなった気分。
出がけに、お母さんが髪の毛をブラッシングしてくれる。
森に居たら人に会わないから、ボサボサの髪の毛だったけど、ブラシを入れたら、結構ストレートな黒髪で、チョットイケてるかも。
お母さんは金髪ストレートだけど、私は黒髪。
お母さんはエルフだけど、私はハーフエルフ。
お父さんは、ヒューマンで黒髪なのかな?
髪は決まったけど、長すぎて邪魔なので、後ろでくくって一つにまとめた。
帝都には、雑貨屋さんもあってハサミが手に入ったので、前髪をお母さんに切ってもらった。
フッフー、ポニーテールっていう髪型になった。
まあ、この世界にそんな呼び名があるかどうか、知らないけどね。
一回目の授業に行ったら、テディの奴が口を開けてポカンとしてやがった。
人には呆けた顔とか言ってたくせに、自分もしてるじゃんか。
まあ、皇族は大変なんだろう。
余程いろいろやらされて、疲れてるんだろうな。
兄さんのゲオルグの方は、
「おい、テディ。
素敵な女の子じゃないか。
お前が猿みたいな女だというから、すごいのを想像していたぞ」
と可愛いことを言う。
いや待て、すごいのって、どんな感じを想像していたんだろう。
ゴリラみたいのを想像していて、下手な絵を描いたら首を絞められるとかか?
そんな失礼な想像していたんなら、許さん。
と言うか、テディ、猿みたいな女ってどういう事?
森では、私の事そんな風に思ってたんだ。
今度とっちめてやりたいけど、皇帝の息子はとっちめられないな。
「い、いや、前は猿みたいな恰好してたんだよ。
可愛いから呼んでもらったんじゃ、ないから!
こいつと話すると楽しいから、呼んでもらったんだけど。
こんなに服で変わるなんて、思いもよらなかったんだ。
な、なんか、髪型も変わってるし……」
とか言い訳しているけど、女の子を猿とか言うのはダメってところから授業を始めたいところだわ。
とにかく、お城の中庭に3脚のイスを並べて、授業を始めた。
「大体、お前どうしちゃったんだよ。
森にいた時は、ボサボサの髪の毛だったじゃないか?
服だって、その……
いや、いい」
なんか、まだブツブツ言い訳してる。
次回更新は、7月9日16時の予定です。