天才画家クララ
その日、私はテディに持たされた料理を持って家に帰った。
二人分だけど、かなり重かった。
お母さんは、ビックリ仰天だった。
「ク、クララ、あなた、こんなすごい料理、どうしたの?」
「森で会ったテディって子が、くれたんだよ」
包みをほどいてみると、高級な白いパンがカゴに入っていて、上等な皿や食器が木の棚に入っている。
ナイフ、フォーク、スプーンが2セット入っているけど、全部銀製みたいだ。
この世界の庶民には買えそうにない、上等そうな白い陶器の皿だ。
皿の上には、それぞれ厚切りの焼いた鹿肉と付け合わせの野菜が置いてある。
馬に揺られたはずなのに、添え付けがほとんど崩れていない。
あのアランて奴、かなりの腕前だな。
陶器の鍋にスープが入っていたので、お母さんが火にかけて温めてくれた。
ポットの中にソースが入っていたので、皿の上の肉にかけた。
高級レストランの食事が、目の前のテーブルの上に並んだ。
「食事も高級だけど、皿や鍋やポットも庶民が買えるような品じゃないわ。
この食器も、返せと言われていないの?」
「うん、言われてないよ」
「こんな整った形からして、本当にクララのために用意されたとしか思えないし。
クララ、あなた一体何をしたの?」
いつも優しいお母さんが、真剣な顔で聞いてくる。
「絵を描いてあげたら、すごく感激されて、食事をもらえることになったんだよ」
「絵?
あなた、絵なんて描けたのかしら?」
(うっ、しまったかも)
「む、昔、森に迷い込んだ放浪の画家に教わったんだよ。
ヤマシーだったかな、キョーシだったかな。
何かそんな名前の人」
「ふーん。
教えてもらった絵で、こんなおいしいものが手に入ったのね。
その画家さんに感謝して、食べないとね」
(な、何とかごまかせたかな?)
クララとして初めて食べた鹿の肉は、濃厚なソースの味もあって、それはもう格別のおいしさだった。
しかし、こんな森の中の一軒家に住むような田舎者のはずなのに、お母さんはちゃんとナイフとフォークを使いこなしている。
もしかして、お母さんも高貴な生まれだったりして。
お腹いっぱいになった私は、もう明日世界が終わってもいいくらいの幸せに包まれて、眠った。
(あー、クララの人生で充分幸せかもー)
ZZZZZ
川のそばで、平たい石を投げて何回跳ねさせられるか挑戦して待っていると、テディが来た。
「あっ、石が川の上を走って行く?」
(フッフーン、初めて見るとそう見えるかね?)
テディが、私のマネをして投げてみるが、石はボチャンと沈む。
「石選びが重要なのよ。
こう持ってー、こういうふうにー、投げるのっ!」
ビュンッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、バシャン
(6回か、まずまずだな)
テディがマネして何回か挑戦するが、2,3回がせいぜいだ。
「お、お前すごいな。
すごい絵を描くだけじゃなくて、石の魔法も使えるんだ」
「魔法じゃないけどね」
アランが、走ってくる。
「エドワード様。
今日は遊びに来たのでは、ないでしょう!
ちゃんと、絵を描いて下さいよ」
という訳で、川辺で絵を描くテディの指導をすることになった。
(絵みたいな芸術なんて、努力より才能だと思うけどなー。
少なくとも私には、絵を教える才能は無いよ)
などと考えていると、辺りが騒がしくなってきた。
騎馬の兵士たちが、3人やって来た。
「エドワード殿下は、こちらで絵の勉強中か?」
護衛のアランに、問いかける。
「そうですが、いかがなされましたか?」
「昨日、殿下がお持ち帰りになった天使の絵が、すごいことになっているんだ」
「すごい事とは?」
「宮廷画家のミケランジェロ様が、神々(こうごう)しい天使の姿に泪を流されたそうだ。
皇帝陛下の目にも止まって、今帝都は大騒ぎだぞ。
この天才画家を、すぐに連れて来いと言われて、飛んできたんだ」
(うわっ、本当にやっちまってた。
なんて言い訳しよう?)
とにかく、馬を降りた3人の騎士に向かって可愛く微笑む。
「す、すみません。
私、まだ10才の子供なので。
子供の落書きに、そんな大層な騒ぎを起こされても」
「貴様、皇帝陛下や、ミケランジェロ様が認められた絵を落書きと申すか?!
それ以上不敬なことを口にするのであれば、ただでは置かんぞ!」
(うっ、これは逃げられそうにない。
下手すると、二度と戻ってこれないかも)
「あ、あのー、帝都って遠いですよね。
せめてお母さんに挨拶してから、出発する訳にはいきませんか?」
「それは構わんが……
本当に10才なのか?
身なりから考えて、平民にしか見えんのだが。
話し方が、ただ者ではないような……」
横にいたチョット砕けた感じの騎士が、からかう様に言う。
「身分を隠した高貴な方とか、子供に化けた魔物かも知れねえぜ。
いつも言ってるだろ。
見かけに騙されるなって。
ゾンザイに扱ったら、お前の首が飛ぶかも知れねえぞ」
「う、うう、お嬢様。
おうちまで、ご案内いただけますでしょうか?
わたくしどもから、ごあいさつさせていただきます」
うおっ、態度が急変した。
ヤバイ。ドンドン深みにはまっていく感じがするよ。
テディも何か言ってくれよ。
いや待てよ。
こいつ、殿下とか言われてなかったか?
上流階級との出会いなんて願うんじゃなかったよ。
天使の力が残っていて、引き寄せちゃったのかな?
こんなの、下手したら魔女認定されて死刑じゃん。
前世も死刑みたいなもん、だったんだから。
もう嫌だよ、不幸な人生の終わり方は。
次回更新は7月5日16時の予定です。