身体は子供、心はお姉さん?
次の日、川で魚を釣っていると、又あの男の子がやって来た。
「おい、お前。クララと言ったな。
昨日の絵を、また描いてくれないか?
今日は、お前用に新しいキャンバスを持って来たんだ」
後ろにいる護衛のアランが、上等そうなキャンバスの包みをほどいて見せた。
20色くらい揃った、豪華な油絵の具も見せられた。
(この世界で、こんな上等な絵の具を用意できるとは。
こいつ、いいとこの坊っちゃんだな)
「いやだよ。
今日はここで魚を釣らないと、晩御飯が貧相になっちゃうんだから」
「なんだ、晩御飯が豪華になれば良いのか?
豪華な晩御飯は用意するから、描いてくれ!」
「豪華な晩御飯って、何を食べさせてくれるの?
お母さんもいるから、二人分だよ」
「焼いた鹿の肉と、芋のミルク入りスープでどうだ。
ちゃんと二人分用意させる」
「そんな食事、どうやって用意するの?」
「お前が絵を描いている間に、アランを街に行かせて、買って来させる」
(おおっ、街のレストランで買ってくるのか?
そんな本格的な料理、クララになってから食べたこと無いぞ)
「分かった。描く」
今度は、ちゃんと絵の具もあるので、気合いを入れる。
といっても、数時間で完成する程度の簡単な絵だけどね。
絵の具を混ぜ合わせて、微妙な色合いを作る。
混ざった頃合いを見計らって、一気に絵にする。
二人の天使が、手をつないで天に昇っていく絵を描いた。
「す、すごい、本当にお前、天才なのか?
僕の絵の先生より上手いぞ」
まあ、そりゃこんな未開の文明の土地で、こんな絵を描ける人なんて……
えっ?
ちょっと待てよ。
未開の文明の土地で、こんな絵を描いたら、明らかにおかしいだろ。
私、やっちまった?
「あ、あのー、ちょっと聞きたいんだけど。
この絵、どうするつもり?」
「父上に見せる」
「どうして、お父上に見せるの?」
「昨日森で会った女の子が、地面にすごい絵を描いた話をした。
アランも、証言してくれた。
でも、父上も母上も信じてくれなかったんだ。
どうしても信じて欲しくて、絵の道具を用意したんだ。
お前、昨日の場所にいなかったから、探し回ったんだぞ」
良かったー。
変な目的じゃなくて。
まあ、相手は子供だしね。
親に見せるくらいのもんでしょう。
アランが食事を買って帰ってくるまでの間、男の子と話をした。
最初に、お互いに自己紹介した。
男の子の名前は、エドワードだそうだ。
テディと呼べと言うので、そうするが、
「エドワードなのに、なんでテディなの?
『テ』なんて、どこにもないじゃん」
と聞いてみた。
「言いやすいからじゃないかな。
僕の家にいるレベッカさんも、ベッキーだし。
呼びやすかったら、何でもありなんだよ、きっと」
おっ、家にいるレベッカさん?
これは、メイドを雇っているな。
さっきの絵の具と言い、レストランの焼いた肉といい、こいつ、かなり金持ちのボンボンだな。
もしかして、あこがれの貴族か?
でも、ガキなんだよなー。
ねこみみも無いし。
いやいや、今11才って言ってたから、後数年でカッコよくなるかも。
よく見れば、顔も結構いい線いってるし。
私、身体は子供だけど、心はお姉さんなんだよー。
ガキのうちに、たぶらかしておけば……
グフフフフ
「何だよ、お前、気色悪い顔すんなよ」
しまった。顔に出ていた。
な、何て言って、ごまかそう?
「お前、すごい絵描いて天才かと思うと、アホみたいに気の抜けた顔するし、昨日は木から降りてきただろ。
魔物のいる森に一人でいて平気だし、すごい身軽なんだな。
自分の事、天才画家とか言っちゃうし。
ハハ
野生の猿みたいな奴かと思ったら、ちゃんと話が通じるし。
ホント、お前って面白れぇ女だな」
「そ、そう、ウフフフ」
くそ、ガキに馬鹿にされた。
なんか、微妙に悔しい。
そうこうするうちに、アランが馬に乗って帰ってきた。
「エドワード様。
ご注文の品、違わず手に入れてまいりました」
「よくやった、アラン。
おいクララ。
約束の品だ。
大きくて重いけど、大丈夫か?」
「私を誰だと思っているの?
天才アスリート、クララよ。
食べ物の為なら、楽勝で持って帰るわよ」
(木で出来た「おかもち」みたいなもんだな。
この文化水準で、よく頑張って作られているなあ)
「そうか。
お前、なんでも天才なんだな。
あと、明日はどこにいるんだ?」
「そんなの、分からないよ。
魚を食べたくなったらこの辺にいるし、木の実を食べたくなったら森の中だし。
甘いものが欲しかったら、あっちの草原で花の蜜を吸うしね」
「じゃあ、欲しい食べ物を用意したら、遊んでくれるのか?」
「うん、いいけど」
(おっ、毎日日替わりでおいしいものが食べられるのかな?)
とか考えていると、アランが割り込んできた。
「お待ちください、エドワード様。
毎日、森で遊ぶなど、とんでもございません。
私が怒られてしまいます。
今回も、絵の勉強のために森に行くことを許されたのですよ」
「ちぇっ、固いことを言うなあ。
じゃあ、こいつに絵を教えてもらえば、良いんだな。
見ろよ、アラン」
そう言って、テディは私の絵を見せた。
「こ、これは、あんな短い時間でこのような絵を……。
確かに、家庭教師のテオドール様を遥かに凌駕する。
私には、絵の判断がつきません。
宮廷画家のミケランジェロ様にお見せしてみましょう」
そう言うと、アランは丁重に私の絵を布で包んで、背中に結わえた。
テディは、近くにつないであったもう一頭の馬にまたがると、
「いいな、明日もここで待っていろよ」
と言って、去っていった。
次回投稿は、7月3日16時の予定です。