#7 未春はスパイス強め
未春シェフ特製野菜マシマシチャーハンを頂きつつ、料理を作ってくれる人のありがたさを噛みしめていると未春ちゃんが「私が千秋のお母さんみたいだね」と言うのでわたしの中にあった「未春ちゃんの姉=わたし」の式が崩壊し、「未春ちゃんの姉兼娘=わたし」の式が新たに提唱されてわたし脳内学会は混迷を極めている。
「ち、千秋ー?帰ってきてー、おーい」
「は。すいません、少し考え事を」
「声に出てたけどね…」
とりあえずこの議題は保留することとなった。今は他にやることが多い。
「未春ちゃん、足りないものとか欲しいものとかあったら遠慮なく言ってね。お姉ちゃんが買ってあげる。お姉ちゃんが」
「ありがとお姉ちゃん!...ところで、千秋にそんなお金あるの?」
「わたし高校生のときバイトしてたから、その貯金があるよ」
「でもそれって千秋のお金じゃない。千秋のために使った方がいいよ」
未春ちゃんは申し訳なさそうに言う。子供なんだから我慢しなくていいと思うなあ、わたし。わたしもまだ18だけど。
「実はわたし趣味とか全然なくて、友達もひとりしかいないし、せっかく稼いだお金の使い道がなかったんだよね。そりゃこれから必要になるかもしれないけど、今もその必要な時なんじゃないかなって思うの。ここではわたしが家長なんだから、家族のためにお金を使うのはおかしくないでしょ?」
「ち、千秋のくせにまともなこと言わないでよ、もう...」
未春ちゃんのわたしの評価がすこぶる低い。出会ってからどんどんポンコツを晒しているので、残念ながら当然。
「じゃあ、ちょっと遠出して隣町のショッピングモールに行こっか。なんでも揃うと思う」
「うん!」
未春ちゃんが笑顔になったので、わたしもお姉ちゃん冥利に尽きる。そうと決まればさっそく準備して出発しよう。
「ねえ千秋」
「はーい、なんでもおねだりしていいですよ、未春ちゃん」
「その未春ちゃんっての、禁止」
「へ?」
「未春がいい」
「...未春?」
「そう!私が千秋呼びなのに千秋はちゃん付けで呼ぶの、なんかおかしいでしょ」
「わかった、じゃあ未春ね」
未春の笑顔が眩しい。また動悸が起こりそうなので直視しないようにしつつ、ふたりで家を出た。
大家さんに鍵を返してから駅まで歩き、電車に乗って2駅。また少し歩いてショッピングモールに到着した。未春はきょろきょろしては目を輝かせている。こういう所は小学生相応で安心する。というか、これ以上大人になられるとわたしの立場がない。
「えっと...まず未春の服を買おっか。2階にかわいい服のお店があるの」
「ふーん...じゃあ千秋、手出して」
「?」
言われるまま左手を差し出すと、柔らかい感触が左手を包んだ。
「私と千秋の初デート、エスコートしてね」
一瞬意識が飛びかけたがなんとか耐えた。女のわたしでもこの威力なので、同級生の男の子なんか卒倒するだろう。誰が言ったか、女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできている。未春はスパイスが強いかも。
心の中にある違和感は着実に膨らんでいて、わたしはこれがなんなのかたぶん本当は理解している。でも今はまだ箱を開けちゃダメな気がして、目を逸らす。