#6 笹森引っ越しセンターです
わたしたちのアパートの大家さんは101号室に住んでいる。依玖の部屋のお隣さんだ。
「大家さん、いるかな」
「いるといいね。チャイム押すよ」
未春ちゃんがチャイムを鳴らす。ドアの向こうから物音がしたので、未春ちゃんと顔を見合わせて笑う。
まもなく、ドアが開いた。
「はい、どちらさま...あら笹森さん」
「こんにちは」
「こんにちは。そちらの子は確か205の...」
「...はい。そうです」
大家さんは未春ちゃんの傷に驚いているようだ。未春ちゃんも居心地が悪そうだし、わたしが話してあげよう。
「あの、今日はご相談がありまして。未春ちゃんの部屋の合鍵、少しだけ貸していただけませんか?夕方には返しに来るので」
「ああ、はいはい。入れなくなっちゃったのね。今持ってくるから少し待ってて」
大家さんは家の中に戻った。なんとかなりそうでよかった。
未春ちゃんを見ると、少し表情に翳りが見える。話しかけようとしたら、またドアが開いた。
「はい、おまたせ。用事が終わったら返しに来てね」
「ありがとうございます、失礼します」
未春ちゃんについて何か聞かれるのではないかと構えていたが、踏み込まないよう気を使ってくれたようだ。あるいは、面倒ごとに関わりたくなかっただけかもしれない。
鍵を手に入れたのでふたりで205号室の前に立つ。表札も何もない、やはり見る限り空き部屋のようだ。
「わたしも入っていいの?」
「うん。もう今は誰の家でもないしね」
未春ちゃんが鍵を開け、中へ入っていく。わたしも恐る恐る続く。
「うっ...」
「ひどい臭いでしょ。ダメそうだったら外で待ってて」
部屋に踏み込んだ途端、生ごみの腐臭とアルコール、そして煙草の臭いが鼻を刺した。臭いの元であろう洗面台には形容しがたいものが積み上がっており、床にはビールの空き缶や焼酎瓶が転がっている。
「千秋、大丈夫?無理しないで」
「うん、なんとか...」
わたしの部屋から持ってきたスリッパを履き、部屋の奥へ進む。
「私のものは大体この中。あいつの目につくと面倒だったから」
未春ちゃんがクローゼットを開けると、未春ちゃんの服や教科書類が入っていた。
「ここにあるもの、千秋の部屋に置いてもいい?」
「うん、もちろん!手伝うね」
未春ちゃんと一緒に、何往復かして荷物を運び終えた。
「大体終わったね」
「お疲れさま、千秋」
「いえいえ、家族ですから」
家族。自分で言って少し気恥ずかしくなる。わたしの部屋に未春ちゃんのものが増えて、実感が増してくる。
「ところで、未春ちゃん」
「部屋のこと?」
「うん。家賃を払う人がいなくなったら、いずれ大家さんにはバレちゃうと思うけど」
「ま、バレたらその時はその時かな。正直に話すしかないと思う。千秋も共犯だからね」
「す、末恐ろしい子...」
未春ちゃんと一緒にいるのを大家さんに見られてしまったので言い訳しようがない。聡明な未春ちゃんのことだし、ここまで計算づくだったのだろうか。まあ、もう片足どころか腰あたりまで突っ込んでるのでわたし的にはこの際どうでもいいのだが。
「じゃあ未春ちゃんのものを片付けて買い物に...」
言い終える前に、わたしのお腹が間抜けな音で昼時を知らせた。
「あははっ、先にお昼にしよっか。千秋ってほんとおもしろいね」
もう未春ちゃんの中のかっこいいわたし像はボロボロだと思う。元からそんなものなかった?え?