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傷跡と花の君  作者: 納涼
第四章 わたしと私の大切なもの
35/36

#END いつか、君まで

 アンジェさんの引っ越しも終わり、三人での生活が始まった。

 カフェの面接にはわたしもついていったのだが、マスターはもう採用をほぼ決めていたようで、即日採用となった。

「接客も知識も問題ないし、愛想もいい。おまけに美人ときたらこちらとしては逆に来てもらいたいぐらいだよ」

「そ、そんなことないです...」

「アンジェさん、照れてる?」

 頭をぺちんとはたかれた。褒められ慣れてないのかな?

「はは。まあ、これからよろしくお願いするよ。実は、君の娘さん...商店街では有名人なんだけどね。うちのコーヒーを随分褒めてくれてるみたいで、あの子から聞いたから来てみたってお客さんが最近になって急に増えてね」

「未春が...」

「それも含めて、君には感謝している。ありがとう」

「い、いえ、私は何も」

 アンジェさんが働き始めたら商店街の美人母娘でまた有名になりそう。アンジェさん、三十半ばぐらいなのにわけわかんないぐらい見た目若いし、お肌つやつやだし。

 その未春といつも手をつないで買い物してるわたしもセットで有名になっているのだが...わたしには知る由もない。



 アンジェさんのおかげで、我が家の生活の質はさらに上がった。家事マスターがひとり加わるのだからもはやわたしの出る幕がないのはもちろん、アンジェさんがインテリアに凝りだして壁にL字のラックがついたり、おしゃれな照明が実装されたりした。わたしと未春の寝室に間接照明を置こうとしていたアンジェさんに「なんかえっちじゃないですか...?」と聞いたら、「未春がまだ小学生なの忘れちゃダメよ?」と氷のような笑顔で返された。

 いつもアンジェさんの仕事は夕方には終わるので、夜ご飯はだいたい三人揃って食べられる。

「はい千秋、あーん」

「え?あ、あー、む」

 アンジェさんのほうをちらと伺いつつ、ハンバーグをぱくり。

「...別にそれぐらい好きにすればいいわよ」

「お義母さんの前でいちゃつくのはさすがのわたしでもちょっと恥ずかしいですよ」

「まだお義母さんじゃないけど?」

「いつかはお義母さんになるんですね!」

「ちょ、そういうこと「お母さんもはい、あーん」...んむ」

 にこにこと楽しそうな未春に毒気を抜かれてしまう。こほんと咳払いしてもまだ顔は赤い。

「と、とにかく、健全なお付き合いなら構わないから」

「「はーい」」

 そう言って未春とキスをする。えへへと笑うふたりに、アンジェさんは頭を抱えた。






 そして夏が終わり、秋冬を越えて、四月。まだ朝は少し肌寒い。

「ん~...ここを...こうかな?よし、できたよ」

「ありがと!」

 茶色のブレザーを纏い、少し伸ばした髪をお団子にした未春がくるりと回る。スカートがひらりと舞い、少しドキッとする。

「どう?かわい?」

「ちょーーーかわいい。後で写真撮ろうね」

「うん!お母さん、みてー!」

 キッチンのアンジェさんのもとへぱたぱたと走っていく。本当はわたしも未春の晴れ舞台を見に行きたいところだが、午前は講義があるのでやむなし。

「未春、そろそろ愛華ちゃんたち来てるんじゃない?」

「あ、もうそんな時間?」

 未春と一緒に外に出ると、愛華ちゃんと小夜ちゃんがアパートの前で待っていた。

「愛華、小夜、おはよー」

「おはようございます。千秋さんも」

「おはよ~...ふぁぁ」

 ふたりも似合ってるなあ。わたしも制服これがよかった。

「みんな、写真撮ったげる。並んで~」

 すると、愛華ちゃんと小夜ちゃんが両側から未春の手を取った。少し驚きつつも頬を染める未春。

「はい、チーズ」

 彼女たちが大きくなったとき、この写真を見て笑えたらいいな。



「はぁ、ま、間に合った...?」

「ギリギリですよ先輩方!」

 講義が終わってすぐ依玖と一緒に走って来たので、ふたりともぜぇぜぇと肩で息をしている。見かねて、カフェの制服を着たアンジェさんがお茶を出してくれた。

 未春たちの入学祝いのために、マスターにお願いして店の端の方を貸し切らせてもらった。未春にも、学校が終わったらカフェに来るように言ってある。

 お茶で息を整えながら店内を見渡すと、真冬ちゃんや律子さんなど、見慣れた面々に加えて...

「愛華ちゃんと小夜ちゃんのお母さんよ」

「ああ、たしかに面影ありますね」

 アンジェさんが耳打ちしてくれる。挨拶しておこうかな。

「あの~...初めまして。わたし、笹森千秋といいます」

「あ!あなたが千秋ちゃんね?うちの愛華がお世話になってます」

「小夜の母です~。いつもありがとね~」

 おお...この親にしてこの子ありって感じだ。

「いえいえ、お子さんのご進学おめでとうございます。愛華ちゃんも小夜ちゃんもすごくいい子ですよ」

「あらどうも。しっかりしてるのねえ...そうそう、千秋ちゃんちょっと聞いてくれる?」

「はい?」

「最近ね、うちの愛華と小夜ちゃんの仲が良すぎるというか...まるで恋人みたいなんだけど、何か知ってる?」

「い、いやー...何も知らないですね...」

「仲良しなのはいいことじゃない~」

 ときおり未春がらみで愛華ちゃんと小夜ちゃんに会うことはあるが...たぶんもうできている。見かけたときは必ず手を繋いでいるし、何よりお互いを見る目が恋する女の子のそれなのだ。

 わたしと未春の影響も少なからずあるかもしれないが、家が隣の幼馴染とくれば時間の問題だったような気も...しなくはない。そういうことにしておこう。

「あ、あれ未春ちゃんたちじゃない?」

 愛華ちゃんママが指差した先に、未春たちがてくてくと歩いてくるのが見えた。



「じゃあ千秋さん、挨拶よろしく」

「え!?わたしですか!?」

 そう言うとアンジェさんは店の奥に引っ込んでしまった。みんながわたしの方を見ている。

「え、えーと...本日はお日柄もよく...」

「千秋、無理しなくていいよ」

 未春の一言にみんなが笑った。は、恥ずかしい...

「...未春、愛華ちゃん、小夜ちゃん、中学校入学おめでとう。みんなと会ってから一年経ったけど、この一年でいろんなことがあって、みんなそれぞれ何か大切なものを見つけたと思います。それはみんなのこれからの人生を、幸せにしてくれるものです」

 友達も、恋人も。もちろん、お母さんも。

「それを無くさないよう、大事にしてね。みんなのこれからの成長を楽しみにしてます、以上!かんぱーい!」

「「「「「「「かんぱーーい!!」」」」」」」


「千秋さん、ちょっと手伝ってくれない?」

「あ、はい。なんです...ええ!?」

 でっかいケーキがあった。直径は普通のホールケーキなのだが、高さが1メートルぐらいある。

「どこで買ってきたんですか?」

「私が作ったのよ、店のみんなにも手伝ってもらってね...」

 すごすぎて言葉が出ない。これがアンジェさんの本気か...

 フルーツてんこ盛りのケーキをふたりで未春たちのテーブルまで運んだ。みんな目がキラキラしている。

「すごいすごい!お母さん大好き!」

 未春に抱きつかれてまんざらでもない顔のアンジェさん。ちょうどカフェに訪れていた一般のお客さんも、何事かと集まってきた。

「え?いやあの、ごめんなさい、商品にする予定はなくて...」

「......もしアンジェくんが良ければ、この大きさとは言わないまでも少し小さめのケーキをうちで出してもいいかもしれないね」

「あ、わたしも賛成です。ケーキとコーヒーって相性いいですし」

 うんうんとお客さんたちも頷く。

「わ、わかりました...考えてみます」

 お客さんたちからおおーと拍手が起きた。アンジェさんは今や立派にこのカフェの名物。聞くところによると若い男の子たちまでアンジェさん目当てに来たりするらしい。


 中学生組が一心不乱にケーキを食べ始めたので、依玖と真冬ちゃんのところに戻る。

「先輩、いい感じでしたよ」

「や、やめて!恥ずかしいから!」

「なによ、あんたが考えたんでしょ~?」

 ふたりしてにやにやとわたしをいじめてくる。

「わたしと依玖は大学二年だけど...真冬ちゃんは来年受験?」

「そーなんですよ、今年一年は勉強漬けですね」

「うちの大学第一志望だっけ。んー...まあ家近いんだし、分かんないことあったらいつでも教えたげるよ。ね、千秋」

「いや、わたしは高校の内容はだいたい忘れた」

「はー......あんたってほんと......」

 真冬ちゃんも苦笑いしているが、ほんとのことだからしょうがない。

「まあ、真冬ちゃん頭いいし。たぶん余裕で通るよ」

「無責任よね」

「先輩がそう言うならなんとしても合格しなきゃですね!がんばります!」

 よくわからないけど元気付けられたみたいでよかった。



 お祝いパーティも終わり、日も傾いてきたころ。わたしも片付けを手伝おうと申し出たところ、「おめでたい日に家で未春をひとりにする気?」とアンジェさんに言われてしまったので、アンジェさんを残して先に未春と帰宅した。

「アンジェさんのケーキ、美味しかった?」

「うん!生地もふわふわでねー、クリームも重くないやつだったし、今まで食べた中で一番おいしかった」

「いいな~。わたしも今度作ってもらお」

「私も一緒にお願いしてあげる」

 疲れているであろうアンジェさんのために、ふたりで夕食を作る。さすがのわたしも、一年間未春の横で料理を手伝ってきたのでそれなりに包丁の扱いもうまくなった。にんじんやじゃがいも、たまねぎをさくさくと切っていく。

「未春も中学生かぁ。わたしの感覚だけど、中学校と高校の三年間って過ぎるの早いんだよね」

「そうなの?」

「うん。気が付いたら大学生になってた」

 どうして自分がその最中を生きていると長く感じる時間が、過ぎ去った後は短く感じるのだろう。

「未春もいつのまにか大人になっちゃうんだろうね...未春?」

 お肉を炒める手が止まっている。

「未春?お肉焦げちゃうよ?」

「あ...うん。ごめん」

 他の具材とお水を入れて煮込む。あとはカレーのルーを入れておしまい。

「千秋...」

「なーに」

 未春を後ろから包み込む。体温が高くてあったかい。

「千秋は...今のちっちゃい私が好き?」

「うん、ちっちゃい未春、好きだよ」

「じゃあ、私が成長して大きくなったら、好きじゃなくなるの...?」

 不安げな声でわたしを見上げる。うーん...考えたことなかった。もちろん、好きに決まってるんだけど。

「たしかに今のちっちゃい未春も好き。わたしと身長差あるのもなんかいいし。でも、未春が大きくなってもわたしは好きだよ。たぶん、もっと好きになるよ」

「ほんとに?」

「うん。中学生の未春も、高校生の未春も、大学生の未春も。子供の未春も大人の未春も、みーんなまとめて愛してあげる」

 未春を安心させるように微笑む。これはわたしの偽りない気持ち。

 未春もわたしのほうを向いて、にかっと笑顔を咲かせた。


「千秋、大好き!」


 いつものように、彼女は踵を浮かせ。


 わたしは目を閉じて、その唇に身を寄せる。


 いつかは縮まる、背伸びの距離が。


 ゼロになるまで、あなたとともに。




 傷跡と花の君 - 終


あとがき的なものは活動報告のほうにでも書こうと思います。

ここまで千秋と未春の物語にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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