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傷跡と花の君  作者: 納涼
第四章 わたしと私の大切なもの
34/36

#33 約束

「ただいまー...」

 ドアを開けると、すぐにデミグラスソースのいい匂いがした。

 キッチンの方から、ふんふんと小気味よい鼻歌が聞こえる。

 こうしてあの子がご飯を作ってくれるのが、いつしかわたしの生活の一部になっていた。

「ふんふふ~...あ、千秋。おかえり」

 心なしか、今朝より表情が和らいでいる。鼻歌を歌うぐらいには機嫌もいいみたい。

「もうすぐできるから、座って待っててね」

「うん」

 言われるままに、手を洗っていつものテーブルにつく。

「はい、おまたせ」

 未春が持ってきてくれたのはいつものサラダとデミグラスハンバーグ...の下に...

「これ......うどん?」

「うん!今日はね、わたしと千秋の一番好きなもののコラボレーションです」

 なんだろう、弁当によくあるハンバーグの下のスパゲッティとは違う。うどんの主張がすごい。

「「いただきます」」

 他愛もない雑談をしていたら、いつのまにか食べ終えてしまった。デミグラスソースのかかったうどんは初めてだったけど、案外悪くなかった。

「ふぅ、お腹いっぱい」

「千秋、お風呂わいてるよ」

 未春がお皿を片しつつそう言う。うーん...よし。

「ねえ未春ー」

「んー?なに?」

「今日はさ、一緒にお風呂入らない?」



「な、なんか恥ずかしいね......」

「言い出したの千秋でしょ...ほ、ほら早く入ってよ」

 未春に背中を押されて、浴室に入る。別に女の子同士だし何の問題もないのだが、なんとなく今までずっと別々だったので気恥ずかしさがある。

「.........」

「な、なに」

「いや......やっぱ肌きれいだなって...あいた!」

 未春に頭をチョップされた。

「ひ、ひどい...」

「だってなんかへんたいっぽかったもん」

「ほんとのことだし...あと、怪我はほとんど治っちゃったね。よかった」

「あ...うん」

 服で見えない部分に傷があったのかは分からないが、見る限りもう心配はないだろう。

「はい、未春ここ座って」

 未春を椅子に座らせて、シャンプーで頭をわしゃわしゃと泡立てる。

「わたし、妹がいたら一緒にお風呂入るの夢だったんだよね~。ねえ未春、今だけお姉ちゃんって呼んでくれない?」

「ん~...今日はもうお姉ちゃん来たからダメかな」

「どゆこと...?」

 なんだそれは。聞き捨てならないぞ。

 リンスを洗い流し、軽く拭いてあげる。それにしても、ほんときれいな銀髪だなぁ...

「はい、交代。千秋座って」

 言われるがまま座ると、今度は未春の小さな手で頭をわしゃわしゃとされる。

「今日ね、千秋が出かけてる間に真冬ちゃんが来てたの」

「そうなんだ...え。まさか真冬ちゃんが」

「ぴんぽーん。なので今日の私のお姉ちゃんは真冬ちゃんです」

 真冬ちゃん...なんてことを。まあそれはそれとして、未春と真冬ちゃんがあれからも仲良くしてるみたいでよかった。


 体を洗ってから、ふたりで湯船に浸かる。だが、なんの変哲もない普通のお風呂なので向き合うと足がぶつかって狭い。しょうがないのでわたしの上に未春を座らせて抱き抱える形になった。

「は~......未春かわいいよ~」

 ほっぺをぷにぷにとつつく。やらかい。

「な、なに急に」

「最近ちょっと色々あったし、未春と触れ合える時間もあんまりなかったなーって」

「それは...うん...」

 ちょっともじもじしてる未春もあーもうかわいい。こんなに好きなのに離れられるわけない。

「わたしね...もう未春がいないとダメになっちゃった」

「......」

「未春がどこかに行っちゃうならわたしは無理やりにでも止めるし、それでもダメならどこへでもついてく」

 華奢な未春の体をぎゅっと抱き寄せる。


「大好きだから一緒にいたい。お願い...わたしをひとりにしないで」


 結局これが、わたしの答えだった。

 未春は何も言わない。ここからでは、背中を向けている未春の表情までは読み取れない。

 ゆっくりと、わたしの手を解いて振り返る未春。

 伸ばされた手がわたしの頬に触れたとき、無意識に溢れていた滴に気付く。

「千秋ってば、ほんとにどうしようもないよね」

 一度意識すると、涙が止まらない。いつもそう。未春を前にするとわたしの感情は壊れてしまう。

「ややこしい事情のありそうな私を簡単に家にあげて、一緒に住むのもOKしちゃうし。なんでも買ってくれるし、やりたいことはやらせてくれるし。小学生を本気で好きになっちゃって、無理やり襲っちゃうようなへんたいだし」

 わたしの目を見て、優しく語りかけるように。

「私がいないとダメ、なんてさ。私、千秋より七つも歳下なんだよ?なのに...そんなこと言っちゃう千秋は、ほんとうにダメダメだね」

 未春の両手が、わたしの両肩に乗せられる。

「でもね...私、そんなダメダメな千秋が好き。へたっぴでもいつもお料理手伝ってくれる千秋が好き。散らかすのは得意なのに片付けるのは苦手な千秋が好き。頼んでないお菓子もいっぱい買ってきちゃう千秋が好き」

 ただでさえのぼせてしまいそうなのに、上がり続ける体温がわたしの頭をじんわりと襲う。

「私だって、大好きな千秋を離すわけないでしょ」

 両手が首の後ろに回され、未春の顔が近づく。


「覚悟してよ。千秋が死ぬまで、そばにいてあげるんだから」


 蠱惑的な笑みと共に塞がれた唇に、わたしの意識は飛びそうになる。もう何度重ねたかもわからないこの行為が、わたしと未春を結んでひとつにしてくれる。

 息が続かなくなって唇を離し、ひと呼吸おいてまた塞がれる。未春の吐いた息で呼吸をする。休む間もなく、未春の愛を受け入れる。

 ほんとうに気が遠くなってきたあたりで、霞む視界に未春の笑みが映る。

「...はーっ、はーっ......あれ、千秋大丈夫?」

 頭が働かないので、何も返せない。

「わ、ダメそう。上がろっか、ほら頑張って立って」

 未春に手を引かれ、ふらつきながらもなんとか浴室を出る。

「えーと...まあいいや。千秋こっち」

 脱衣所を通り越して、ぽたぽたと水滴を廊下に垂らしながらリビングへ。冷房が火照った体に気持ちいい。

 バスタオルを巻かされて、未春の膝枕の上で扇風機の風を浴びていたら少しずつ意識がはっきりしてきた。

「んー...お茶...」

「あ、はい。ゆっくり飲んでね」

 未春がコップを傾けて飲ませてくれた。冷たいお茶が身にしみる。

「うーん...もう大丈夫...未春も、服着ないと、風邪引いちゃうよ?」

「そ、そうだね」

 ふたりで脱衣所に戻って、寝巻きに着替える。ついでに、ドライヤーで未春の髪を乾かしてあげる。

「.........」

「.........」

「.........ねえ未春?」

「...ん」

「.........わたしが死ぬまで、そばにいてくれるの?」

「......うん」


 ドライヤーを置いて、未春をぎゅっと抱きしめる。

「......えへへ。ありがと...未春。約束ね」

「うん、約束。でも、まだだよ」

「わかってる。アンジェさんとも、ちゃんとお話しないとね」

 あとは真冬ちゃんに頼んでおいたことがうまくいけば...

「今日、真冬ちゃんからだいたい聞いたよ」

「そっか。じゃあ、作戦会議だね」



 それから数日、いつもの日々を過ごした。変わったことといえば...以前より、明らかにふたりのスキンシップの時間が増えた。わたしが本を読んでいると未春も隣に座ってくるし、手を繋いで買い物にいくのも楽しい。あれからお風呂は毎回一緒だし、寝る時も同じ布団。新婚さんみたいに、ことあるごとにいちゃいちゃするようになった。

「こういうの、ばかっぷるって言うんだよ」

「褒め言葉じゃない?」

「......そうかも?」

 わたしも未春も、だいぶダメになっている。



 そして週末。わたしと未春は、アンジェさんの家にいた。

「えーと...何か相談ごと?」

「ま、まずですね...アンジェさんに合いそうなお仕事、ひとつ見つけてきました」

「ほ、ほんと!?何かしら...」

「わたしたちの家のほうの駅の近くに、コーヒーショップがあるんですけど。そこのマスターさんが近々カフェ部分を広くするから人手が欲しいそうで」

「もしかして...私が昔カフェで働いてたから?」

「わたしの友達の子の紹介なので偶然でしたけどね。もう話は通してもらってるので、一応面接はするけど経験者なら問題ないだろう、って言ってました」

「あ、ありがとう、千秋さん!感謝してもしきれないわ...!」

「いえいえ。それで、次の話なんですけど...じゃあ、未春から」

「未春?」

 アンジェさんはきょとんとした表情で未春を見る。未春は少し深呼吸して、話し始めた。


「私、千秋と付き合ってるの」

「...............」


 アンジェさんが固まった。なんと長い銀髪が微塵も揺れない。

「死ぬまで千秋と一緒にいるって約束しちゃったから、私はあの家から出る気はないの」

「............?えと、ちょ、ちょっと待って?」

「でも、お母さんのことも大好き。だから、お母さんにもわたしたちの家に住んでもらいます」

「...............?」

「み、未春、話早すぎてアンジェさんが無になってる」

 完全に脳がショートしている顔をしている。

「え、えーと...?順番に説明してくれないかしら...」

「もう一回?私、千秋と付き合ってるの」

「ストップ。ど、どういうこと千秋さん!」

 うわぁ、すごい勢いで矢が飛んできた。

「あの...その通りなんです。小学生のごっこ遊びとかではなく、マジです」

「ま、マジなの...?でも、女の子同士じゃない」

「ふっふっふ...律子さんからアンジェさんの昔話も聞いてますよ」

「なっ...」

 律子さんから聞いていたアンジェさんの秘密。実は...昔はアンジェさんもこっち側だったらしい。それもなかなかのプレイガールだったそうで、泣かせた女の子の数は両手を超えるとかなんとか(このへんは律子さんの捏造かも)。

「なにそれ?私知らない、教えて千秋」

「だ、ダメよ千秋さん!未春の教育に悪いわ!」

 キラキラした目で迫る未春と、必死の形相で止めようとするアンジェさん。なんか律子さんの話マジっぽいな...まあいいや、こうなればこっちのペースだ。

「まあ、未春に言わないのはいいですけど、代わりにわたしたちの関係は認めてくださいね?」

「くっ...仕方ないわね...」

 よし、まずはひとつ。未春はぶーとほっぺをふくらませている。

「で、アンジェさんがこっちで働くなら、近くに住んだ方が便利ですよね?」

「それは...そうよね」

「しかも、未春はアンジェさんと一緒に暮らしたいわけです。当たり前ですよね、お母さんですから」

「...そうね」

「てことは、わたしの家にアンジェさんも住むのが一番手っ取り早いですね!」

「待って」

 ちっ、押しきれなかった。

「もーアンジェさん、未春と暮らしたくないんですか?」

「それは...当然そうしたいけど」

「未春と暮らすならもれなくわたしもついてきます。お得ですね」

「...あなた、ほんとに面白い人ね」

 褒められちゃった。皮肉はポジティブに、お母さんマインド。

「はぁ...そうは言ってもね...あなたの親御さんはそんなこと許すわけないでしょう?」

「あ、両親ともにOK出てます」

「...もうわけわかんないわ」

 頭を抱えるアンジェさん。ちょっと面白くなってきた。

「あなたの親御さん...今家にいる?電話で話させてもらえるかしら」

「あ、はい。ちょっと待ってくださいね.........あ、もしもしお母さん?あのね、前話した未春のお母さんがお話したいって。うん。じゃあ代わるね」

 電話越しのお母さんはうきうきしていたので、まあ今回も圧勝を収めてくれるだろう。未春と一緒に持ってきたプリンを食べつつしばし待つ。


 アンジェさんの表情がみるみる疲れていくのに、わたしと未春は笑いをこらえるのに必死だった。

「代わったよ、お母さん。うん。そういうこと。......あー、そのへんはまた調べてなんとかするよ。うん、ありがと。じゃあ、またねー」

 電話を切る。糖分が足りなくなったのか、アンジェさんもプリンを食べていた。

「お母さんと話した人、みんなそうなります」

「そうよね...なんていうか...悪い人じゃないのはわかるんだけど...」

「納得できました?」

「まあ...ここまでされちゃあね...」

「じゃあ、一緒に住んでくれるってことですか?」

「...わかった。わかったわよ。もう...」

 降参だと言わんばかりにアンジェさんが手を挙げた。

 未春と顔を見合わせる。にひ、と歯を見せて笑う未春。


「「やったーー!」」

 いぇーい、と未春とハイタッチをして、勝利のプリンをたいらげた。





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