#32 相沢未春は選べない
また朝早くから千秋は出かけていっちゃった。口ぶりからして、帰るのは夕方頃になるらしい。
......何しよう。夏休みの宿題はほとんど終わっちゃったし...
とりあえずいつものように掃除、洗濯、洗い物、家庭菜園の世話、と済ませる。ニヶ月ぐらい前に植えたミニトマトがきれいに赤くなってきたので、何個か収穫しておいた。サラダに入れるだけだとなんか味気ないかな...
「千秋、ミニトマト...」
あ...千秋、いないんだった。最近はいつも家にいたからちょっと寂しい。
ミニトマトを冷蔵庫にしまい、麦茶で一息つく。
「はぁ...」
この寂しさは、ひとりだからなのか、千秋がいないからなのか。
お母さんと会ってから、私も少し考えた。お母さんとまた暮らすことになったら、私はこの家を出ていかなきゃいけない。それは千秋との生活が終わってしまうこと。
千秋に聞かれたときはああ答えたけど、それは言外に、今の生活よりお母さんと暮らす方がいいという意味で。
千秋、気にしてるよね... 今日出かけていったのも、何か関係あるかも。
「あーもう、わかんないよ...」
考えるほど頭がこんがらがる。私だってまだ小学生なのに、なんでこんなことになってるの。
テーブルにぐでーっとだらけていると、不意にチャイムが鳴った。
「......?千秋、忘れ物かな」
とてとてと玄関に駆け、ドアを開ける。
「どちらさまで...げ」
「げ、とは失礼な。こんにちは、未春ちゃん」
真夏の我が家に、真冬ちゃんがやってきた。
「え、じゃあ先輩いないの!?そんなぁ...やっぱりちゃんと連絡してから来ればよかった」
「いたのが私で悪かったですね」
「い、いやそういうつもりじゃ...ってさっき未春ちゃんも「げ」って言った!」
「ふふ、じゃあおあいこです」
私は内心話し相手ができて嬉しかった。友達としては真冬ちゃんのことは好きだし。
「これ、最近隣町にできたお店のプリン。先輩と食べて」
真冬ちゃんに渡された箱を開けると、大きめのプリンが六つ入っていた。
「わあ...ありがとうございます。たくさんあるし、今ちょっと食べちゃいましょう」
スプーンとプリンを真冬ちゃんに渡す。
「私も食べていいの?」
「ちょっと今お客さんに出せるようなものがないので、ごめんなさい」
私もプリンのふたをめくってひとくち。おいしい!
「未春ちゃん、美味しそうに食べるね~。買ってきてよかった。ところで、先輩どこ行ったの?」
「うーん、分からないです...帰るのは遅くなるとだけ」
「未春ちゃんを置いてそんな遠出を...?あ、もしかして先輩と何かあった?」
「...そんなことないです」
「図星」
「.........」
すすーと目をそらすことしかできない。私の尾行にはぜんぜん気付かなかったのに、なんでこんな時に鋭いの。
「ほらほら~、お姉ちゃんが聞いたげるから話して」
後ろから抱きつかれて、頭をぐりぐりされる。
「も~、真冬ちゃんそんなキャラじゃないでしょ」
「いいから」
真冬ちゃんの声色がさっきと変わったので振り向くと、思ったより真剣そうな表情をしている。
「一応わたしだって未春ちゃんより歳上だし、相談に乗るぐらいはしてあげる。友達だしね」
「真冬ちゃん...」
「そしてあわよくば今のうちにわたしが先輩を...」
がくっと肩の力が抜けた。感動しかけた私がバカだった。
「...真冬ちゃん、ぶぶ漬けとか食べますか?」
「丁重に追い出そうとしないで!冗談、冗談だから」
どうやら、私も真冬ちゃんの評価を改める必要がある。やっぱり油断ならないひとだ。
「今度こそちゃんと聞くから、話してみて」
「はぁ...あのですね」
かくかくしかじか。お母さんのことは仕事の関係でしばらく会えなかったけど再会できた、ということにしておいた。
「ふーん...なるほど。結果未春ちゃんはお母さんと先輩どっちを取ればいいか分からなくなっちゃったんだ」
「まあ...そういうことです」
ほんとにちゃんと聞いていたらしい。
「うーん、難しい問題だよね。その...お母さんには、未春ちゃんが先輩と付き合ってるってことは...」
「...まだ」
「そっか...何とも言えないね」
お母さんはとっても優しいから、千秋のことを悪く言ったりはしないと思う。でも、受け入れてくれるかはまた別の話。
「じゃあ、想像してみよう。まずは、このまま先輩とここで暮らした場合」
「想像......」
千秋とここで暮らしたら。お母さんは遠くでひとりぼっち。私もたまにしか会いにいけなくて、それもお仕事の都合が合う日だけ。せっかく再会できたのに、そんなのやだ。
「......あんまり良くないかも」
「じゃあ、次。ここを出て、お母さんと暮らしたら」
お母さんと毎日一緒。でも、千秋は...ご飯ちゃんと食べてるかな。私がいなくても、家事とかできるのかな。それに...もう夜も一緒に寝られないよね。
「......それも、やだ」
「そうだよね。どっちを選んでも、未春ちゃんはつらい思いをすると思う」
やっぱり...どうしようもないのかな。
「じゃあ、両方のいいとこ取りしちゃえばいいよね」
「え?」
真冬ちゃんを見ると、得意げに微笑んでいた。
「そんなわがままも、叶うかもしれないよ」
「じゃ、頑張ってね。私もできるだけ手伝うけど、あとは先輩と未春ちゃん次第」
「うん。ありがと、真冬ちゃん。大好き」
「ふふ、それは先輩に言う台詞でしょ」
べーと舌を出す真冬ちゃんを見送って、夕飯の支度を始める。
頭の中で考えをまとめつつ、大好きなひとの帰りを待った。