#31 笹森千秋は縋りたい
「はぁ...ようやくあんたから相談してきたと思ったらなんでそんなに重い話なのよ...」
わたしの親友、依玖はコーラを煽りながら文句を言う。
「だって、なんでも相談していいって言ったのは依玖のほうでしょ?」
「はいはい、あたしが悪うござんした...で、あんたはどうしたいの?だいたい分かるけど」
「それはもちろん、未春と暮らしたい」
「よね。まーよくここまでべったりになったわね...四月はこんなことになるとは思ってなかったわ」
呆れ気味に首を振る依玖。今日もあっついなーとクーラーのスイッチを入れつつ、服をぱたぱたとあおぐ。
「依玖こそ、なんか四月とは部屋の様子が...にぎやか...いや、汚いね」
「なんで今オブラートに包もうとしてやめた?ケンカか?お?」
「ジョ、ジョウダンデスヨー...」
依玖って意外と掃除とかできないタイプなんだ。付き合い長いけど、まだまだ知らないことはあるね。
「んなこと今はどうでもいいでしょ。結局その...未春ちゃんのお母さん?にそれ言えばいいじゃん」
「い、言えるわけないでしょ...それに、未春はお母さんと暮らしたいって...」
「あんたは未春ちゃんにこのまま一緒にいたいって言ったの?」
「.........」
「そういうとこでしょ。あんた、昔から自分のやりたいことを直接言わないから色々損してるのよ」
痛いところを突かれてしまった。結局、わたしは逃げているだけだから。未春に選ばれないことも、アンジェさんに拒否されることも、怖いから。
「あんたの思いをぶつけて、お願いして、それでもダメだったらまたあたしのとこにおいで。全力で慰めたげるし、胸で泣かせてあげる。だから、後悔しないように全部言ってきな」
「い、依玖...いい女すぎ」
「よく言われる」
依玖がわたしと真逆の性格でよかった。わたしをよく知る依玖だからこそ、ここまで言ってくれたんだろう。
「よし!元気出た。依玖、ありがとね」
「もう行くの?」
「あとふたりぐらい、もっと元気もらってくる」
それ以上元気になってどうすんの?と顔に書いてある依玖にお礼を言って、次の目的地へ。
もはや勝手知ったる律子さん宅。ガラガラと引き戸を開けて家に入り、居間でテレビを見ていた律子さんに挨拶をする。
「あら...この間ぶりね」
「どうも。お話しに来ました」
「ちょっと待ってね、今お茶を...」
「あ、いいですいいです。わたしがやります。律子さんは烏龍茶でいいですか?」
我が家のように冷蔵庫を開け、コップにお茶を注ぐわたしを見て、呆れたようにため息をつく。
「やっぱり、あなたもあの子の娘ね」
「自慢の母ですから」
「親子仲のいいことでなにより。で、どうせ未春ちゃんのことでしょう?」
「まだ何も言ってないですよ」
「それはもうその通りだって言ってるようなもんよ。アンジェから聞いたわ、未春ちゃんと会ったって」
「はあ、アンジェさんが」
「どうだった?」
「それはもう大喜びでしたね。感動の再会でした」
「それからふたりは幸せな生活を...ってわけにもいかず、あなたは未春ちゃんと暮らしたいけど未春ちゃんはアンジェの元に帰りたいんじゃ...ってことね。はいはい」
「はいはいじゃないですよ!せっかく来たんですからせめてもうちょっと親身になってくださいよ。あと理解が早すぎます」
「だってねえ...毎度毎度惚気を聞かされるこっちの身にもなってみな?そりゃ多少は想像もつくしうんざりもするわよ」
「の、惚気じゃないです!」
律子さんは信じられないものを見るような目でわたしを見た。ひどすぎる。
「で、私にどうしてほしいのよ」
「なんかこう...背中を押してほしいというか」
「あなたはわりと崖っぷちに立ってると思うけど...」
「突き落としてくれてもいいですよ」
いつかは崩れる崖だし、問題ない。
「...わかった。じゃあひとつだけヒントをあげるわ、よく聞きな」
「...はい?」
「アンジェね、..................」
「え」
え?
そうきたか。
「ま、未春ちゃんのほうは自分でなんとかしな」
「ありがとうございました、律子さん。わたし頑張ります」
「うまくいったら今度来るときは手土産のひとつでも持ってきて頂戴ね」
「あ、あはは...ごめんなさい」
律子さんに手を振り、最後のひとりに会いに行く。
「ただいまー」
廊下の奥から、どたどたと騒がしい足音がする。
「あ!ほんとに千秋ちゃんだ~。帰ってくるなら連絡してくれたらよかったのに、お母さんびっくりしちゃった」
「ごめんね、急にお母さんに会いたくなって。ちょっとお話したいの」
「あら。照れちゃう」
また前とは違うミニスカートを履いているが、まあ暑いので仕方ない。いろんな意味で。
お母さんと一緒に洗濯物を畳みながら、たわいもない話をした。機会を伺いつつ、本題をぶつけてみる。
「お母さんはさ、お父さんと別居したらって考えたことある?」
「えっ!?」
お母さんが見たことないぐらいびっくりしている。さすがに例えを間違えすぎた。
「ごめん、今のなし。えーと...お父さんが別の人にとられちゃったらどう思う?」
「ち、千秋ちゃん...!?」
やばい、また間違えた気がする。家庭内不和が生まれてしまう前に訂正せねば。
「違うの、うーん...お母さんの好きな人は、お母さんのことが好きだけど、お母さん以外にも好きな人がいます。その人をどうする?」
「う、うーん...そうね...」
うんうんと悩んでいるお母さん。
「お母さんは...無理やりいっちゃうかも?」
ちょっと照れながら答えてくれた。お母さんかわいい。
「ふーん、お父さんの時もそうしたんだ」
「し、してないもん!あの人も乗り気だったし」
しとるやないかい!
「ま、それが今日聞きたかったこと。ありがとね、お母さん」
「え、もう帰っちゃうの?晩ごはんは?」
「ごめんね、未春が作ってくれるから」
「あら...お母さんちょっと寂しいわ」
およよと泣き真似をするお母さん。
「また今度未春も連れてくるから、その時はお願い。じゃね」
扉を閉めて、少し伸びをする。これで今日の目的は果たしたし、気持ちの整理もついた。
帰ろう、わたしの好きなひとの待つ家に。