#3 未春のこと
「なにから話せばいいかな...千秋が一番知りたいのは?」
「えっと...聞いていいのかな、その傷のこと」
「この傷はね、お母さんの再婚相手、私の今のお父さんがね」
父親による暴力だろうと予想はついていた。しかし再婚となるともう少し話はややこしそうである。
「私の本当のお父さんは、私が赤ちゃんの頃に死んじゃったの。会社帰りに交通事故でね。それでお母さんは少し前に今のお父さんと再婚したんだけど、」
言葉を止め、俯く未春ちゃん。
「...未春ちゃん?」
「...私やっぱりあいつのことお父さんなんて呼べない。あいつはゴミクズよ、最低のくそ男、死んじゃえばいいのに」
わたしは呆気にとられた。さっきまではあっけらかんとしていたが、今の未春ちゃんの表情には強い憎悪が見える。
わたしの表情が固まっているのに気づいた未春ちゃんが慌てる。
「あ、ごめんなさい千秋、私、あの」
「いえ...大丈夫です。続けてもらえますか」
「う、うん。でね、再婚してすぐにあいつがお母さんに暴力を振るい始めて、お母さんはどこかに行っちゃった」
「それで今度は未春ちゃんに暴力を...」
「うん。あいつと私はしばらく隣の部屋に住んでたんだけど、昨日学校から帰ったら部屋の鍵が開いてなくて」
「未春ちゃんは鍵は持ってなかったんですか?」
「1本しかなくてね。あいつが持ってたんだけど、待っても待ってもあいつが帰ってこなくて、昨日の夜はあいつが行きそうな場所を探したの。パチンコ屋さんとか、駅前のバーとか。でもいなかった」
「夜にひとりで...危なくなかったですか?」
「お店の人はみんな優しかったよ」
とても悲しい。どうしてこんな小さな子がこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。
「今日は開校記念日で学校もなくて、家の外でこれからどうしようって思いながら待ってた。そしたら、千秋がきた」
「...」
じゃあ今この子は住む場所も両親もお金もないのか?ありえない、わからない、ひどすぎる。感情がぐちゃぐちゃで頭が沸騰する。なんで、どうして、この子は、
「千秋、大丈夫?泣いてるの?」
「へ?」
無意識の内に涙が目尻から零れていた。
「大丈夫です、ちょっと感情がアレしただけで、はい」
「千秋...」
言いつつも涙が止まらない。小学生の前で号泣する大学生はどうなんだ。
後ろを向き、近くにあったタオルで顔を覆う。心の底から悲しさが湧き出るようで、タオルを濡らしていく。
「ねえ千秋」
「ふぁい」
「私、自分のことこんなに話したのも、それで泣いてくれた人も初めてなの」
「ほうなんでふふぁ」
「こっち向いて、千秋」
言われるまま振り向いた瞬間、未春ちゃんに飛びつかれた。わたしの胸に密着した未春ちゃんの表情は見えない。
「私も、泣いていい?」
抱きつく細い腕は小刻みに震えていた。
「はい、いいですよ」
「ありがと」
泣き疲れて眠る二人を、窓から満月が照らした。