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傷跡と花の君  作者: 納涼
第四章 わたしと私の大切なもの
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#28 わたしにできること

「初めまして、未春のお母さん」

「......会うのは初めてね。私はあなたのこと色々聞いているけど」

 聞いている...となると、律子さんか。

「未春を預かってくれてるのも知ってる」

 纏う雰囲気は未春そっくりなのに、表情はひんやりと冷たい。月光が照らす銀白が揺れる。

「い、いえ...そんなことより」

 気圧されながらも、言葉を紡ぐ。

「どうして未春と会ってあげないんですか...?」

「......わからないの」

 片手で肘を抱き、わたしの目を見ずに答える。

「...今日は帰るわ」

「ちょ、ちょっと!」

 その背中を引き留めることはできず、彼女の姿は暗闇に溶けていった。



「あ、千秋おかえり。ご飯できてるよ」

「......うん」

「...ちょっと元気ない?調子悪い?」

「いや、なんでもない」

 未春の前では気丈に振る舞わなければ、と分かっていても脳がさっきの出来事を処理しきれていない。あれは本当に未春のお母さんだったのか?本当だったとして、それを未春に伝えていいのだろうか?

 晩ごはんの最中も、頭の中はそのことでいっぱいだった。

「千秋、やっぱり具合悪いでしょ」

「...そんなことないよ?」

「うそ。さっきからずっとぼーっとしてるし、私や明葉さんの話も上の空だし」

「......ごめんね。ちょっと考え事してて。本当に大丈夫だから」

「...ならいいけど」


 電車があるうちに帰宅することにして、お母さんと未春と一緒に律子さんの家を後にした。律子さんにも聞きたいことはあるが、未春の手前、聞けなかったので今度電話することにする。

「じゃあ、千秋ちゃん未春ちゃんまたね。怪我と病気はしちゃダメよ、お母さん泣いちゃうから」

 途中の駅でお母さんは帰っていった。やっぱりちょっと寂しいけど、また暇な時に顔を見に行こう。

 ドアの向こうのお母さんが見えなくなるまで手を振って、未春とふたりきりになった。時間も時間なので、わたしたちの他に乗客はいない。

「ふぅ...この二日結構疲れたね、未春眠くない?」

「大丈夫だけど...」

 未春はどこか歯切れの悪い感じでちらとわたしを見る。

「千秋......なにか私に隠してない?」

 す、鋭すぎる...いや、わたしが分かりやすすぎるのかな。

「...正直に言うと、あります。けど、今はちょっと話せないの。未春にとって悪いことじゃないから安心して。そのうち、絶対話すから」

「ふーん...私に関係あることなんだ」

 口を開けば滑らせるなわたし。もうだめだ...

「まあ、言いたくないことぐらいあるよね。いつか話してくれるなら、それでいい」

 未春さん、人間ができてるなあ。

「ごめんね。代わりに今日はいっぱい甘えていいから」

 未春の目が光った。

「言ったからには、覚悟してね」

「お、お手柔らかに...」



 翌日、わたしは近くの公園にいた。昨夜は未春に攻めに攻められたので、まだ少し眠い。その未春もまだベッドですやすやと眠っているだろう。

 わざわざ公園に出てきたのは未春に電話の内容を聞かれないため。そして電話の相手は...

「はい、もしもし?」

「おはようございます、律子さん。千秋です」

 いろいろ聞かせてもらうんだから。


「...なるほどねぇ、バレちゃったわけ」

「お話、聞かせてもらってもいいですか?」

「あの子から話したならしょうがないし教えてあげる。何から聞きたい?」

「えーと...まず未春のお母さんの名前を」

「ルィソフ・ペトローヴェナ・アンジェリーカ。彼女、ロシア人なのは知ってる?」

「はい、未春から...アンジェリーカさん?」

「本人は周りにアンジェと呼ばせているわ」

 アンジェさんか。国際結婚だと苗字ってどうするんだろう...まあややこしそうだしいいか。

「律子さんは、いつから知ってたんですか?」

 少し間を置いて、律子さんが答える。

「あなたたちが初めて私の家に来た少し後に、アンジェが訪ねてきてね。そこで私はアンジェにあなたたちのことを話したわ」

 なるほど...アンジェさんはそこでわたしと未春が同居していることを知って...

「アンジェさん、何か言ってましたか?」

「驚いてはいたけど、それだけね。あなたのことは悪い人じゃないと説明しておいたけど」

 かと言って、知らない人間に娘を預けたままでいいとは思わないだろう。

「律子さんもアンジェさんのこと、わたしたちに言わないように口止めされてたんですよね?」

「まあ、そうね。あの子にも考えがあるようだったし」

 アンジェさんが未春と会おうとしないのは、再婚によって未春を苦しめてしまったこと、未春を置いていってしまったことへの後ろめたさからだろうか。

「......あの、アンジェさんが今どこにいるか知ってますか?」

「...会いに行くのね?」

「はい」

 もうわたしだって部外者じゃない。やれることはやる。

「これはあの子のお願いだから、聞いて。未春ちゃんはまだ連れて行かないで」

「...わかりました。わたしひとりで行きます」


 律子さんにお礼を言って、電話を切った。律子さんから教えてもらった住所はそう遠くない。

 未春の幸せのために、アンジェさんに会いにいこう。

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