#27 動き出す針
翌日、わたしたちは電車に乗り継いで律子さんの家までやってきた。以前来た時より周りの風景が青々しくなっている。夏だなあ。
未春がピンポーンとチャイムを鳴らす。
「はーい。どちら様?」
ドア越しに律子さんの声が聞こえた。
「わたしわたし!明葉でーす!」
なぜかお母さんが返事した。数秒の沈黙の後、引き戸が開いた。
「未春ちゃん、千秋さん、久しぶりね。さ入って入って」
「律子さーん!わたし!わたしもいます!」
律子さん、ガン無視である。ちょっとひどい。
「......千秋さん、説明してくれるかしら」
「いえ、母は律子さんと話があるらしく...」
「...まあ、それならしょうがないわね」
諦めたようにため息をつく。
「律子さん、お土産持ってきたよー。これ静岡のね、おいしいお茶のやつ。あと東京のバナナのやつ」
「あら、意外と気が利くじゃない。じゃあ入っていいわ」
賄賂がなかったら締め出されていたらしい。おいたわしやお母さん...
「あれから変わりない?たまに連絡くれてたし、大丈夫だろうとは思うけど」
「はい、未春もわたしも元気です。風邪のひとつも引きませんでしたよ」
「それは良いことね。未春ちゃんの目の傷も目立たなくなってきたし...少し痕は残っちゃったみたいだけど」
出会った頃と違い、もう未春の体に痛々しい傷は見受けられない。健康そのものだ。
「律子さん、お母さんといつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
「仲良くなったつもりはないけどね。週に1~2回電話かけてきてはどうでもいい世間話とあなたの自慢を延々と......」
「ごめんなさい...」
「......ま、でも悪くはないわ」
つ...ツンデレだ...。律子さん一人暮らしだし、お母さんが話し相手になってくれて実は嬉しいんじゃないだろうか。たぶんお母さんはそこまで考えてないけど。
「そういえば、今日はわざわざ直接来たってことは何か大事な話なんでしょう?」
「うんうん。えっとね~」
お母さんが律子さんの隣まで行って耳打ちした。
「...ま、そろそろ考えないとね。未春ちゃん、私たちちょっと大事な話してるから、その間にお父さんに挨拶してらっしゃい」
「あ...うん」
「お父さん?」
「近くに、お父さんのお墓があるの」
「ああ...そうなんだ」
お盆だしね。わたしもおばあちゃん達のお墓参り、行きたいな。
「千秋も、来てくれる?」
「え...いいの?」
血縁的にはわたし部外者なんだけど。なんかこう...大丈夫かな?
未春をひとりで行かせるのもアレなので、とりあえず付いていくことにした。この辺りは自然が多くて気持ちいい。どこを見ても緑。
「でもあづい......あづずぎる......」
「千秋も帽子持ってきたらよかったね」
「そうだね...そこの自販機で飲み物買ってくる」
未春はちょっと前に買ったキャップを被って、髪も纏めてホットパンツでさらに涼しげ。ボーイッシュでかわいい、とコーデしたわたしも自負している。
「はい、お茶。未春、まだ歩くの?」
「ありがと。もう見えてるよ、あそこ」
未春が指差す先、田んぼに囲まれるように墓地があった。
「お...お邪魔しまーす...」
「あはは。人の家に来たみたいじゃない」
実際お墓って家みたいなものだし...よそ者のわたしは肩身が狭い。
「えーと、これだ」
未春のお父さんのお墓。建てられてあまり経っていないのもあって、きれいなままだった。
未春がてきぱきとお花を挿したり線香を立てたりしているのを、わたしはぽけーと見ていた。
よし、と未春が手を合わせる。わたしもお墓の前に立ち、手を合わせる。
えーと...初めまして、笹森千秋と言います。色々あって未春ちゃんと一緒に暮らしていまして...あの拉致とかではないんですけど...
頭の中で念じて(?)、色々と伝えておいた。もし未春のお父さんが幽霊になってここにいたりしたら、困惑するだろうなあ。
目を開けて辺りを見回すと、未春は後ろの石垣に腰掛けていた。
「やっと終わった?千秋ったら、ずいぶんお父さんと話しこんだね」
「まあ、いろいろね」
「ふふ。でも、来てくれてありがとね。じゃ、帰ろ」
未春と一緒に墓地を出て歩く。少し日も落ちてきて、辺りが暗くなってきた。
ふと、さっき買ったお茶を墓地の水道のところに置き忘れたのに気づいた。取りに行かないと。
「未春、先に戻ってて。お茶置き忘れちゃった」
「あ、うん。気をつけてね」
いよいよ暗くなってきたので、スマホのライトと街灯を頼りに歩く。よく考えたら夜のお墓か...ちょっと怖い。
水道のところまで来て、お茶を回収。さっさと帰ろうと踵を返したところで、墓地の中から声が聞こえた。
(え......う、嘘だよね...?)
声のする方へこっそり近づいてみると、どうやら未春のお父さんのお墓の前で誰かが喋っている。声からして女の人だが...
耳を澄ませて、声に集中する。
「............だね......あなたが......」
言葉の節々しか聞き取れない。怖いけど、好奇心がわたしの背中を押す。
「......の子.........無事.........」
無事?何のことだろう...もう少し近づいてみる。
「...私がいなくても...あの子は大丈夫そう」
いなくても、あの子は。わたしの思考が、ピースをつなぎ合わせる。
立ち上がって、その人のもとへ。
「あの!」
その人は、少し驚いたようにわたしを見る。
「あなたは...」
ああ、やっぱり。想像通りの美人さんだ。
「わたし、笹森千秋です」
間違えようがない。雰囲気も、声もよく似ている。そして極めつけにその銀白の髪は。
「初めまして、未春のお母さん」
未春が愛してやまない、大好きなお母さんだ。