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傷跡と花の君  作者: 納涼
第四章 わたしと私の大切なもの
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#26 母は強し

「ただいまー。お母さん、帰ったよー」

「あ、千秋ちゃんおかえり~!もしかして、その子が?」

「はじめまして、()()未春です。千秋にはお世話になってます」

「あらあらこれはご丁寧に…千秋の母やってます、笹森明葉でーす」


 八月も半ばに差し掛かったころ、わたしは未春を連れて帰省していた。実に四、五か月ぶりの我が家だ。

「千秋ちゃん未春ちゃん、何飲むー?お母さん特製ミックスジュースとお母さん特製コーヒーとお母さん特製ポカリあるけど」

「最後のは特製したらまずいでしょ...わたしコーヒー」

「ミックスジュースがいいですっ」

「おっけー!待っててね~」

 ぱたぱたとキッチンに駆けていく我が母。もうすぐ四十路だが、見た目が若いのでギリギリセーフ...いやアウトだよねその服装は...なんでミニスカートなの...

「千秋のお母さん、面白い人ね」

「まあ、面白いってのがいちばん妥当な評価だね...」

 リビングのソファーに腰掛ける。家の中はほとんど変わっていない。実家のような安心感...実家だけど。

「はい、ミックスジュース~。こっちは千秋ちゃん」

「あ、ありがとうございます」

「未春、ここ座んなよ」

「そこはお母さんが座ります!未春ちゃんはここ」

 すとーんとわたしの隣に座ったお母さんが自分の膝をぽんぽんしている。みはる は こんわく している!

「未春、付き合ってあげて...」

「い、いいのかな...」

 おそるおそるお母さんの膝の上に座る未春。ぎゅーと抱きしめられ、頭を撫でくりされている。

「かわいいわ~未春ちゃん。千秋にもこんな頃があったのに、すっかり大きくなっちゃって」

「お母さんは変わらないね」

「褒められちゃった」

 皮肉も通じない。一方、母にいいようにされている未春は意外とまんざらでもなさそう。

「ねえねえ千秋ちゃん。お母さん聞きたいこといっぱいあるんだけど」

「うーん...何から話そう...じゃあ未春の事情から」



 あれやこれやと色々話した。わたしと未春の関係については伏せたが、未春の両親のことや、大学のこと。わたしと未春の友達のこと。お母さんは笑ったり泣いたりしながらわたしたちの話を聞いてくれた。

「未春ちゃん、大変だったのねぇ。千秋との生活は楽しい?」

「は、はい!とっても楽しいです」

「そっかそっか。ずいぶん仲良さそうだし、安心ね。律子さんのとこには行った?」

「まだだけど、今日ここに泊まって明日行こうかなって。さっき連絡入れといた」

「そう...じゃ明日はお母さんも付いていくわ。律子さんとお話ししたいこともあるし」

「わかった。...そういえばお父さんは?」

「長期出張なのよ、寂しいわお母さん」

 未春のほっぺをもちもちしながら言う。全然寂しくなさそうだな...

「今日は千秋ちゃんと未春ちゃんがいるから平気。でもふたりが泊まっていくなら晩ごはん足りないわね、買ってこなきゃ」

「わたしも行こうか?」

「久しぶりの我が家でしょ?千秋ちゃんは未春ちゃんとゆっくりしてていいの」

 そう言ってお母さんは出かけていった。お母さんから解放された未春は少しげんなり気味だ。

「千秋のお母さん、つよい...」

「髪の毛くしゃくしゃになっちゃったね。大丈夫?」

「うん、でもあんなの久しぶりで...悪くないかも」

 お母さんがいい感じに未春の心の助けになっているようだ。わたしはお母さんにはなれないからね...

「でも、いいのかな...」

「うん?」

「千秋のお母さん、あのミニスカートで買い物行ったけど...」

「............未春、わたしの部屋見せてあげる」

「千秋、現実を見なきゃダメだよ...」

 どうしようもないものはどうしようもないのだ。



「おお...なんもない......」

「見事にすっからかんだね」

 そういえば引っ越す時に荷物ぜんぶ運び出したから、自分の部屋がからっぽなのは当然。むしろ物置になってないのが不思議だ。

「でもこの部屋...ちゃんと掃除が行き届いてるよ」

 窓のさんのあたりを見ながら未春が言う。

「え?...たしかに」

「千秋のお母さん、いつ千秋が帰ってきてもいいようにって毎日掃除してくれてるんじゃない?」

「そっか...そうかもね」

 ちょっと泣けてきた。普段はあんななのに、こういうとこがずるいんだあの人は。


「.........いいなぁ、そういうの」

 零れた未春の一言は、開けた窓から吹いた夏風にかき消された。



 わたしと未春の前に、とんでもない量の料理が並んでいる。ハンバーグも、明太子のパスタも、すき焼き風の炒め物も、すべてが山のように積み上がっている。

「ちょっとお母さん張り切りすぎちゃった。てへ」

 てへじゃないが。てへじゃないが?

「十人前は超えてそうなんだけど......どうするのこれ」

「まあまあ、余っちゃったらご近所さんにお裾分けしたり、冷蔵庫に入れといてお母さんがちまちま食べるから大丈夫よ。せっかく来てくれたんだから、絶対お腹いっぱいになってもらおうと思って」

 うんうん、愛情ゆえのね。限度があるわ!

「未春、無理しなくていいからね...うわ」

 いただきますと手を合わせて、一心不乱に食べまくる未春がいた。そんなにお腹空いてたのか。

「未春ちゃん、いい食べっぷりね~。豚キムチも追加しちゃおうかしら」

「ダメ。絶対ダメ」

 なんでまだ食材が余ってるんだ。

「...ごくん。あのこれ、すっごい美味しいです!後で作り方教えてくれませんか?」

「あら、未春ちゃんも料理するの?じゃあ後でね」

 実際、お母さんの作るごはんは美味しい。けど、こういうのってみんな自分の家のものは美味しく感じるものじゃないのかな。あの未春が唸るぐらいだし、実はかなりレベルが高いのかも。

 お腹いっぱいになるまで、できるだけ食べた。好きな明太子パスタならと思って頑張ったが、半分も減らなかった。おかしい......

「ごちそうさま...」

「ごちそうさまです...」

「はーい、お粗末さまです」

 わたしも未春もダウン寸前だ。お母さんも同じぐらい食べていた気はするが、平気な顔をしている。なぜだ......


 お腹が重くて苦しいので、お風呂に入って早めに寝ることにした。何もないわたしの部屋の真ん中に布団がふたつ。

「なんか...なんかあれだね」

「うん...獄中みたい」

 なかなか殺風景だが、まあ一晩寝るだけなのでよし。

「千秋...」

 未春が自分の布団から抜け出してわたしの服の袖をくいくいと掴んで甘えてくる。かわいいからやめなさい。

「今日はだめ。明日帰ったら、ね?」

「......わかった。がまんする」

 すごすごと布団に潜っていったので、わたしも目を閉じた。

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