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傷跡と花の君  作者: 納涼
第三章 わたしと私の深まる関係
25/36

#24 最愛

「あの、選んで頂いてありがとうございました。また来ます」

「こちらこそ、お買い上げありがとうございます。真冬ちゃん、お父さんによろしく」

 マスターに挨拶して、店を後にする。冷房の効いた店内から外に出た途端、じりじりと太陽が照りつける。スマホを見ると、まだ15時を回ったところだ。

「それじゃ先輩、カフェでお茶でもしましょうか」

「コーヒー屋さんからカフェ...」

「あはは、今日はコーヒーづくしですね。近くにいいお店があるので、そこでいいですか?」

「うん。お任せしようかな」




「あ、歩き出したよ。ふたりとも、バレないようにね」

「任せてくださいですわ」

「えへへ、楽しいね~」

 店から出てきた千秋たちをこそこそと追いかける。お店の看板や電柱に身を隠しながら、ときおり流れる汗をぬぐう。

 ふたりは談笑しながら、ときおり笑い合って顔を見合わせたりしている。千秋はわたし一筋だって言ってくれたけど、それでもあの光景を見ると心がずきんと痛む。あの笑顔は私のもので、私だけに向けてほしい笑顔。


 しばらく駅の方に歩いて、ふたりはまたお店に入った。結構大きめのカフェだ。

「よし。入るよ、ふたりとも」

「えと...今日はわたしくたちお金が...」

「私のおごり。付き合ってもらってる分だと思って、ほら早く」

 外は相変わらず暑いし、ふたりを連れて待つわけにはいかない。

 店内に入ると、お姉さんに窓際の席に案内された。千秋たちは店の奥のテーブル席にいる。この距離ならおそらく向こうは気づかないだろう。

「えっと...私はアイスカフェオレで。愛華と小夜は?」

「ほ、ほんとにいいんですの?...では、私もカフェオレを」

「じゃあわたしも同じの~。ありがとう、美春ちゃん」

「いいのいいの。あ、あとこのパンケーキひとつ」

 愛華が物欲しそうにメニューを見ていたので追加しておく。店員さんはにこにこと注文を取ると店の奥に戻っていった。

 メニューで顔を隠しつつ千秋たちの様子を伺っていると、カフェオレとパンケーキが運ばれてきた。思ったよりクリームが多い。これだけ食べたらさすがに胃もたれしそう、と思ったが愛華と小夜はきらきらと目を輝かせている。

「わたしはちょっとでいいから、ふたりで分けて」

 一切れ口に入れては恍惚な表情をするふたり。見ているだけでお腹いっぱいになりそうだが、ふたりの夜ごはんは大丈夫なのだろうか。

 カフェオレをちゅーと吸いつつ千秋たちの様子を見ていたら、どうやら先ほどまでと少し雰囲気が違う。険悪とまではいかないが、千秋の表情が悲しげだ。

 しばらくすると、千秋たちは会計を済ませて店を出ていった。メニューで顔を隠しながらチラッと見たふたりの表情は少し暗い。

「愛華、ほら残り食べちゃって。行くよ」

「むぐ!」

 愛華がパンケーキと格闘している間に会計に向かう。

「えっと、お会計を...」

「あ、もう頂いてますので結構ですよ。ありがとうございました~」

「へ?」

 .........千秋か。ば、ばれてる......



 千秋たちはアパートの前まで来ると少し話してから別れた。踵を返した朝雛さんは泣いていた、ような気がする。

「......じゃあ、私も帰るね。ふたりとも今日はありがと。気をつけて帰って」

「こちらこそ。また何かあったら相談してくださいね、未春さん」

「いつでも聞くよ~」

 ふたりを見送って、私も家のドアを開けた。

「た、ただいま......」

 千秋、怒ってるかな。勝手についてったわけだし...

「あ、未春おかえり~」

 ふ、普通だ。逆にこわい。

「千秋...ごめんなさい!尾行みたいなことして」

「あー、うん。わたしもごめんね。未春をひとりにしちゃって」

「...怒らないの?」

「うーん...今回はわたしも悪いかなって...まあ、連絡せずにひとりで遠くに行くのはダメ」

「はい...気をつけます」

「わたしからはそれだけ。じゃ、とりあえずご飯作ろっか」

 わたしの頭を撫でてにこっと笑う千秋の笑顔は、少し翳っていた。



 とりとめもない会話をしつつ、ご飯とお風呂を済ませた。わたしが髪を乾かして部屋に戻ると、千秋がキッチンでコーヒーを淹れていた。

「未春もコーヒー飲む?」

「うん。それって、今日の?」

「そう、朝雛さんが教えてくれたお店のやつ。座って待っててね」

 扇風機で火照る体を冷やしつつぼーっとしていると、千秋がアイスコーヒーを持ってきてくれた。

「はい、未春のぶん。飲んでみて?」

 氷をからんと揺らして、ひとくち飲んでみる。

「あ、おいしい。苦くないし...飲みやすいってかんじ」

「そっかそっか、よかった。未春の好きそうな豆、選んでもらったんだよね」

「そうなんだ...ありがと。うれしい」

 千秋もごくごくぷはーと飲んでいる。コーヒーらしくない飲み方に、少し吹き出しそうになる。

「ねえ...千秋。朝雛さんと、喧嘩しちゃった?」

「喧嘩ってほどではないけど...ちょっと嫌われちゃったかも」

 また少し悲しそうな顔をする千秋。

「彼女、わたしのこと、好きだったらしいの」

 ...やっぱり。予想はついていた。

「でね、わたしと未春がその...そういう関係なのも話したの。そしたら、あんな子供のどこが良いんですかって言われちゃって、わたしも怒っちゃった」

「............」

「彼女もわたしも言いすぎたな、ってすぐにお互い謝ったんだけど。ぎくしゃくしたまま、今日は別れちゃった」

「......そっか」

 心のどこかでホッとしている自分がいるのが、少し嫌になる。

「千秋はその...女の子が好きなんでしょ?朝雛さん、私から見てもすっごく可愛いひとだったけど、惹かれたりしなかったの?」

「うん...ギャップすごくてドキッとはした。けど...」

「けど?」


「未春のほうが、可愛いかな」


 心臓が跳ねた。幸福感が全身を巡る。頭が沸騰して、ふらっと倒れそうになる。

「み、未春?大丈夫?」

「...不意打ちはずる」

「あはは...いつものお返し」

 千秋に抱かれる形になったので、見上げると千秋の顔が近い。

「ねえ...千秋」

「なーに、未春」

「ちゅーして」

 首に手を回して、顔を近づけると、唇が触れた。

 二回、三回と息継ぐ間もなく繰り返す。互いが互いの所有物だと確かめるように、愛を囁き、紡いだ愛を互いに食む。

「今日の千秋、ちょっとにがい」

「わたしは苦いコーヒー飲んでたから...」

「じゃあ、甘くして?」

「...ふふ。味がなくなるまで食べてあげる」

 ...やば。これ千秋のスイッチ入っt



 ぱちっ、と目が覚めたのは深夜。どうやらまた意識が飛ぶまで千秋に食べられちゃったらしい。隣ですやすやと寝息を立てている横顔にキスをして、私ももう一度夢を見る。

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