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傷跡と花の君  作者: 納涼
第三章 わたしと私の深まる関係
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#23 尾行と珈琲と罪なひと

「おはよう、朝雛さん。待たせちゃった?」

「いえ、全然!おはようございます、先輩」

 昼過ぎの高い日差しが照り付ける。夏休みに入って何回目かの週末、わたしは朝雛さんと駅前の時計台前にいる。涼しげな白いワンピースを纏い、麦わら帽子の下でえへへと笑う彼女。以前会った時に比べるとずいぶん垢抜けたというか...まあ、とても可愛らしい。

 未春に今日のことを話したら、「ふーん、わかった。晩ごはんまでには帰ってきてね」と、少しそっけない返事をされた。帰りがけにケーキでも買って帰ろうかな。

「わたし、朝雛さんと高校同じだっけ?」

「いえ、実は先輩の大学が第一志望なので...ほぼ先輩です。先輩も、年上なんですから朝雛さんじゃなくて真冬って呼んでください」

「そっか...じゃあ真冬ちゃんで。行こっか」

「はい!」




(な、なにあのひと...前会った時と別人みたい)

 物陰からふたりを観察しつつ、目的の人物の変わりように驚く。夏休みの宿題もだいたい終わってしまって暇なので尾行することにしたのだが、どうやら来て正解だったようだ。私の千秋に手を出したら許さないんだから、と意気込む。

 漫画とかではよく見る尾行だが、当事者になるのは初めてなのでちょっとわくわくしたりしていた。お母さん譲りの銀白の髪は目立ってしまうのでベレー帽にしまい、サングラスもかけてきたのでまさかバレたりはしないだろう。あの女性(ひと)はどうも信用できないので、怪しい行動をしないように見張っておかなきゃ。

 怪しげなサングラスで周りの注目を集めつつ、ふたりの後を追った。




 真冬ちゃんに連れてこられたのは、コーヒー専門店...?だった。駅の近くはよく来るが、このお店は知らなかった。玄関に吊られた木の看板には筆記体で店名らしきものが綴られている(読めない)。

「先輩、コーヒーは好きですか?」

「うん。朝とか寝る前とかよく飲むよ」

「じゃあ、気に入ってもらえると思います」

 真冬ちゃんが重そうなドアを開けた。

「こんにちは~、マスター」

「ああ、真冬ちゃん。悪いね、まだ入ってないんだ」

「いえ、今日は普通のお客さんです。こちら、わたしの先輩なんですけど、マスターのおすすめを見繕ってもらいたくて」

「ああ、そうかい。じゃあ、そっちの椅子にかけて」

 真冬ちゃんに続いて、わたしも木の椅子に座る。真冬ちゃんとマスターの会話からして、ここのお得意様かなにかなのだろうか。

「お嬢さん、コーヒーはよく飲むかい?」

「あ、はい。でも、ここにあるような本格的なのじゃなくて、スーパーとかコンビニにあるやつばかりですけど」

 真冬ちゃんがマスターと呼んだ男性。歳は50代ぐらいだろうか...髭のよく似合うダンディな人だ。

「そうだね...苦味と酸味、好みはあるかな」

「えっと...苦いのも好きです。酸味は少ない方がいいかも」

「なるほど。少し待ってて」

 そう言うとマスターは豆を選んできて、ごりごりと挽き始めた。あの器具、なんていうのか知らないけど家にあったらかっこいいよね。


「先輩、少し聞いてもいいですか?」

「ん。なに?」

「この前先輩といた...未春ちゃん、でしたっけ。預かってるって言ってましたけど、ということは一緒に住んでるんですか?」

「...うん。そうだね」

「でも、先輩一人暮らしですよね。お金とか、大丈夫なんですか?」

「向こうの親御さんとも話して、生活には困ってないよ」

「そうですか...」

 なにか考え込むしぐさを見せる真冬ちゃん。さっきから少し気になっているのだが、わたしの大学とか、一人暮らしなこととか、話したっけ?

「あの子と、仲いいんですか?」

「まあ、うん、それなりにね」

 さすがにいろいろ言うわけにはいかないので、適当に濁しておいた。

「わたし、真冬ちゃんのことも知りたいな。ずっとこっちに住んでるの?」

「あ、はい。今は矢形高に通ってて...」

 にこにこと話してくれる姿を見ると、悪い子には見えない。未春は彼女に何を見たんだろう...


「はい、できたよ。少し飲んでみて」

 真冬ちゃんとおしゃべりしていると、いつの間にか出来上がっていたアイスコーヒーをマスターが持ってきてくれた。いただきます、と口をつけてみる。

「......おいしい」

「よかった」

 これが真のコーヒーか、と思った。今が夏なのが悔やまれる。寒くなったら、ホットでも飲んでみたい。

「君ぐらいの歳の子が好きそうなのをブレンドしてみたんだけど、お口に合ったかな」

「はい、とても。...あの、もうひとつお願いしてもいいですか?」

 家で待っているはずのあの子の顔が浮かんだ。




 どこへ行くのかとふたりについてきたら、ずいぶん入りづらい店に入っていってしまった。どうしようもないので外で待っていたが、ただでさえ暑いのに、日差しが道路に照り返して暑さに拍車をかけている。尾行はあきらめて帰ろうと歩き出したところで、後ろからよく知った声が聞こえた。

「未春さん...?未春さんじゃありませんか!...なんですのその怪しい格好は」

「こんにちは~。なにしてるの?」

 愛華と小夜が手をつないで立っていた。

「ふたりこそ、なんでこんなところに...それより、なんで私ってわかったの?」

 私の耳の後ろあたりを指さして、

「このあたりに銀髪の小柄な女の子はなかなかいませんわ」

 それもそうか。知り合いにならバレてもしょうがない。あれ、じゃあ千秋にもバレるのでは...

 当然の疑問をとりあえず保留して、少し離れた場所まで移動し、事情を説明した。

「で、今はあのお店にいるから待ってたの」

「この暑い中...本当に千秋さんが好きなんですのね」

「ふたりこそ、そんなおしゃれして。デートしてるみたい」

「で、デートなんかじゃ、ない、ですわ...?」

 顔を赤くしたり、目をそらしたり忙しい愛華。からかったつもりだったのだが、これは意外と...?ふ~ん?

「あはは、たしかにデートっぽいね~」

 小夜がこの調子なので、おそらくまだ愛華だけなのだろう。これからが楽しみかも。

 愛華がこほんと咳払いをした。

「それは置いといて、私たちもお手伝いしますわ。楽しそうですし」

「あんぱんと牛乳も買って来なきゃね~」

「晩ごはん入らなくなるよ」

 小夜が想像しているのは尾行じゃなくて張り込みなのだが、楽しそうなのでよしとする。こうして、千秋の浮気防ぎ隊(今考えた)は3人体制になった。

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