#21 雫と波面
「夏だー!」
「海だ~!」
「やったぁー!」
「あったらっしい~♪...って、あたしとあんたしかわかんないでしょ...」
小学生組3人は首をかしげている。これがジェネレーションギャップか...わたしも依玖もあの番組が大好きで、DVDもふたりで買い集めたので今度未春にも見せてあげよう。
何はともあれ、みんな水着に着替えて準備万端。日焼け止めを塗るときに未春といちゃいちゃしていたら、依玖に写真を撮られた。後で送ってあげる、とニヤニヤしながら言われたが、同時にそれは脅しの材料なのだ...
「つめたーい!いくよ愛華、それっ!」
「わぷっ!?や、やりましたわね未春さん!お返しですわ!」
「ふふん、遅いよ愛華」
「え!?いつの間に後ろに、ってきゃあ!」
「よし捕まえた!今よ小夜!」
「いくよ~......でっかいの!」
「そ、それはさすがに、ひゃあああ!!」
ざばーん、と小夜ちゃんがバケツごと愛華ちゃんに水をぶちまけた。大丈夫かなあれ...
「は、はー...死ぬかと思いましたわ......」
「わ、私も......小夜怖い......」
愛華ちゃんを羽交い締めにしていた未春まで大量の水をかぶり、尻餅をついていた。小夜ちゃん、笑顔でなかなかえぐいことをする。
「えへへ~、じゃあわたしの一人勝ちかな~?」
煽りも欠かさない。プライド高めのふたりに効かないわけがなく、また3人でばしゃばしゃと戦争が始まった。
「若い子は元気だねー...」
「あんたもまだ若いわよ、なに達観してんの」
それを浮き輪でぷかぷかと眺めるわたしと依玖。さすがに大学生ともなるとあれに混ざるのはちょっと恥ずかしさがある。海に来たのは中学生の頃以来だろうか。あの頃ははしゃぎ回っていたが、冷たい水に浸かりながらぼーっとするのもなかなかオツなものかもしれない。
数ヶ月前はまさかこんなことになるとは思わなかったなあ...そもそも依玖とふたりだと海にも来なかったと思う。運命の巡り合わせとは不思議なものだ。
とりとめもないことを考えながらぼーっとしていると、ビーチボールが顔にクリーンヒットした。
「あ、ごめん千秋。大丈夫?」
「ふふふ...なんかスイッチ入っちゃった。わたしも混ぜろー!」
「結局こうなるのね...」
わたしと依玖も加わり、ほぼドッジボールな大乱闘の末、未春が勝利した。何をもって勝利なのか曖昧だが、最後に立っていたのは未春だった。
「ふふん、千秋に勝っちゃった。ひとつ貸しね」
未春がスポーツ的なことをするのは初めて見たが、運動神経がずば抜けていいらしい。運動不足のわたしと依玖はもちろん、愛華ちゃんと小夜ちゃんもへばってしまった中未春だけはまだまだ余裕そうなので、スタミナもある。
「み、未春すご......わたしもう動けない...」
「まあ、そろそろお昼だし、休憩ついでにご飯食べよ。ほら千秋、がんばって」
みんなでふらふらと海の家に行き、昼食を取る。小学生組はみんなでかき氷を頼み、みんなできーんもやっていた。仲良しだなあ。
「お待たせしました...焼きそばの方どちらですか?」
「あ、わたしです」
焼きそばを受け取り、割り箸をぱきっと割ったところで、店員さんがここから離れてくれない。
「あ、あの...なにか?」
「あの...人違いだったら申し訳ないのですけど...笹森さんですか?」
「え?あ、はい。そうですけど...」
「あ、あの...わたし、201の朝雛です。たまにご挨拶させてもらってるんですけど...覚えてないですよね」
「え、えーと......ごめんなさい...」
わたしより少し背の低い女の子だ。高校生ぐらいかな?長い前髪で目が少し隠れてしまっていたり、全体的に暗い雰囲気を感じる。
「真冬ちゃんじゃん、バイトしてんの?」
「あ、皆森さんもご一緒だったんですね。ここ両親が経営してまして、わたしは手伝いです」
「そうなんだ~。偉いね」
え、依玖は知り合いなの...いやわたしも知り合いなはずなんだけど、これは完全にわたしが悪い。
「あ、朝雛さん?ごめんね、気を悪くしたら」
「いえ、大丈夫です。自分の印象が薄いのは分かってるので...今日、覚えて頂ければ」
「うん、もう絶対忘れない」
「ありがとうございます。では、ご挨拶はこれで。ごゆっくり」
朝雛さんはすっと店の奥に消えていった。
「ダメだよー、千秋。ご近所さんなんだから」
「うん、ほんとに反省してる...」
今度、お菓子でも持って改めて謝りにいこう。
考え込むわたしは、朝雛さんを見る未春の怪訝な表情には気が付かなかった。
みんなお腹も膨れて、午後はそれぞれ思い思いに海を満喫している。未春と依玖は遠くに見えるブイまで泳いで競争している。そんな元気は残っていないらしい愛華ちゃんと小夜ちゃんは砂浜に城を建設中。わたしはそれを眺めながら日光浴。疲れに満腹が追い打ちをかけて、だんだん意識が...
目が覚めると、もう日が沈み始めていた。結構寝ちゃったな、と体を動かそうとするも身動きが取れない。少し視線を下げると...わたしの体の上に、立派な城が建っていた。
「あ、千秋起きたよ」
「やっとか。ほら寝ぼすけ、帰るぞー」
「ち、千秋さん、その格好、ぷぷ」
「だ、誰だわたしを埋めた上に城まで建てたのは...」
出来が良すぎて動いて壊してしまうのが躊躇われる。が、作者であろう小夜ちゃんがえーいと目の前で粉砕した。容赦ないな。
予想通り、帰りの電車で小学生組は全員すやすやと寝息を立てていた。真ん中の未春にふたりが寄りかかるようにして寝ているところを、こっそり写真に収めておいた。今日が彼女たちにとって幸せな思い出になったなら、わたしも嬉しいな。