#20 お出かけ日和
「ひー、今日もあっつい」
玄関から一歩出ただけで蒸し暑さにうんざりする。日本の夏は湿度が高くて、ハワイとかのからっとした暑さとはまた違うらしい。行ったことないしわかんないけど。
「海着くまで我慢だね。私、依玖さん呼んでくるから千秋はジュース買ってきてくれない?」
「いいよ。何がいい?」
「え~と...じゃあメロンソーダ!」
「おっけ~」
答えて、アパートの近くの自販機へ向かう。あ、愛華ちゃんたちの分はどうしよ...ま、後でいっか。
メロンソーダを2本、コーラを1本買って戻ると、依玖と未春が待っていた。
「おはよ~依玖。来てくれてありがとね。わたしひとりで小学生3人の面倒見れる自信がなくて...」
「全然いいよ。コーラに免じて付き合ってあげる」
早速コーラの蓋を開けてごくごくと飲んでいる。実は、愛華ちゃんと小夜ちゃんが親御さんがついてくるのを嫌がったらしく、わたしが引率兼保護者ということになった。もちろん、ふたりの親御さんとは電話で話をしておいた。ご迷惑でしょうがよろしくお願いします、とのこと。わたしひとりでは不安だったので、依玖にヘルプをお願いしたわけである。一緒に遊びたかったしね。
「未春ちゃんは結構久しぶりだね。前にご飯食べに行った以来だから...1ヶ月ぐらい?」
「そうですね。もっとしょっちゅう来てくれてもいいんですよ?」
「あはは、ありがと。で、あれからどこまでいったの?」
「ひ、秘密ですっ」
「あら、照れちゃった」
とまあこのように、依玖には直接話してはいないものの大体バレている。愛華ちゃんたちの前ではいけいけな未春も、依玖の前ではそうはいかないらしい。
「じゃあ千秋、どこまでいったの?いや、どこまでやったの?」
「なんかおじさん臭いね...どこまでって...その、ちゅー、まで」
「あー、もう手出しちゃったんだ」
「いや、出したというか出されたというか...犯罪みたいな言い方やめてよ」
「え、犯罪じゃない?」
「.........そ、そうなの?」
血の気が引いて逆に涼しくなってきた。お父さんお母さん、千秋は悪い子でした......
「でも同意の上だしそもそも女の子同士だし...大丈夫...だよね」
「まあ、別に通報したりしないから安心してよ。でも、ちゅーより先はまずいかもね」
「先って...ああ...」
考えたこともなかった。が、それは本当に言い逃れできない気がする。気を付けておこう...
ちらと未春の方を見ると、そっぽを向いて聞こえないふりをしていた。最近の小学生はスマホとかで知っててもおかしくなさそうだけど、まあ追及しないことにした。
そうこうしている間に待ち合わせの駅に着いた。小夜ちゃんが手を振っている。未春がぱっと笑顔になり、愛華ちゃんと小夜ちゃんの元に駆けていった。
「なんというか...かわいいというか、微笑ましいというか」
「わかる...わたしたちにもあんな時代があったんだね」
「手を出すほどかは置いといて、確かに小さい子はかわいいよね。手を出すかは置いといて」
「なんで2回言ったの......」
「大事なことだからだよ。じゃ、あたし切符買ってくるから、あの子達にもジュース買ったげな」
不満げに背中を見送りつつ、愛華ちゃん達の元へ向かう。
「おはよ、ふたりとも。飲み物買ってくるけど、何がいい?」
「あ、おはようございます。えと、じゃあウーロン茶をお願いしますわ」
「わたしはりんごジュースがいいな~」
「了解~」
駅の売店で買い物を済ませ、ふたりに渡した。
「ありがとうございます。あの、お金は...」
「あ、いいのいいの。ふたりの親御さんから預かってるから」
「そ、そうですの」
「切符買ってきたよ~。あ、そっちのふたりは初めましてだね。あたし、皆森依玖。千秋の友達。依玖でいいよ」
「えっと、小鳥遊愛華です」
「柊小夜です~」
「お嬢様の愛華ちゃんに、ゆったりガールの小夜ちゃんね。千秋から話は聞いてるから、今日はよろしくね?」
「よ、よろしくお願いしますわ?」
「おねがいします~」
お嬢様(言葉)の愛華ちゃんって説明しなかったっけ...まあいいか。
「よし、じゃれっつごー!」
「おー!」「お、おー!...」「お~」「なんで一番はしゃいでんのよ」
「そういえば愛華、学校のプールでも全然泳げなかったのに海で泳げるの?」
「ふふん、今日のために特訓してきたので問題ありませんわ」
「教えるの大変だったよ~」
「ああ...お疲れ様、小夜。飴あげる」
「ありがと~」
「ちょっと!一番頑張ったのはわたくしでしてよ!」
平日だが、夏休み時期なのでそれなりに電車内は混んでいる。開いていた席に小学生組が座り、わたしと依玖は少し離れて立っている。
「未春ちゃん、最初に会った時に比べたらずいぶん明るくなったわね」
「...そうかも。わたしも最近知り合ったばかりだけど、ふたりのおかげかなって思う。どっちもいい子だし」
「まあ、一番貢献してるのはあんたなんだろうけど」
それを言われると気恥ずかしい。でも、本当にあのふたりのおかげで楽しそうな未春を見る機会が増えてわたしも嬉しい。家でも学校の話をしてくれるようになったし、本当に感謝しかない。
「...で、これはどうでもいい話なんだけど」
「うん?」
「あの子たち、みんなかわいくない...?単刀直入に言うと、顔が良すぎない?」
「え...まあ、改めて言われると...確かに」
未春は言わずもがな最高にかわいい。愛華ちゃんも、お嬢様(口調)に恥じないキリっとした目、そしてきれいなロングの黒髪が映える。小夜ちゃんはゆるふわした雰囲気に加え、とろんとした垂れ目が庇護欲をそそる。
「特にあの小夜って子、化け物になるわよ」
「ば、化け物って...」
「ああいうキャラって演じる子はたまにいるけど、あの子は純正のそれみたいだし。そこにあの甘いフェイスと胸...人生ちょろいわ」
依玖は小夜ちゃんの将来に戦慄しているようだが、わたし的には女の子がかわいいことは良いことだと思うので何も言わないでおいた。触れぬが仏、触らぬ神は吉...なんか違うかも。
熱気に服をぱたぱたと仰いでいると、小学生組がみんな座席の後ろ、窓の外を見ている。つられてわたしも外を見ると、長く伸びた水平線と真っ青な海がわたしの視界を染めた。