#16 幸福な時間
「ただいま~...入っていいよ?」
「おっ、お邪魔しますわ」
「おじゃまします~」
居間に進むと、明らかにいつもより部屋がすっきりしている。頑張ったね、千秋。
「その辺に荷物置いてくつろいでて。お茶とりんごジュースとレモンティーとコーヒーと...牛乳もあるけど、何飲む?」
買ってきた食材を冷蔵庫に入れつつ、お茶の用意をする。
「わたしりんごジュース~」
「わ、私も同じのを」
「わたしレモンティ~」
「わかった。...ん?あ、千秋」
ひとり多いと思ったら、物置きになっている部屋から千秋が出てきた。
「おかえり~。あ、こちら未春のお友達?」
「お、お邪魔してます、小鳥遊愛華です」
「こんにちは~、柊小夜です~」
「これはご丁寧にどうも、笹森千秋です。愛華ちゃんに、小夜ちゃんね」
「千秋、これふたりに渡してあげて。あとこれは千秋のレモンティー」
「ありがとー」
スーパーで買ってきたお菓子を大皿に開けて、よし。女子会っぽい。
「じゃあ、わたしは隣の部屋にいるからゆっくりしてってね」
「あ、待って、千秋。ふたりは今日千秋を見にきたんだよ」
「え?わたし?」
目を丸くする千秋に、事情を説明する。
「なるほど...といっても、どうすればいいのかなわたし」
「私と千秋の関係を見せてあげればいいんじゃない」
そう言って、千秋の顔をがしっとつかむ。
「え、うそ、ちょ待ってみは、んー!」
ふたりに見せつけるように、千秋のくちびるを奪った。今日の朝はしなかったので千秋成分が足りずに我慢できなかったのもある。くちびるを離すと、千秋はまた耳まで真っ赤になっていた。かわい。
「ま、こういうわけ。だから私が望んで一緒に住んでるんだよ」
ふたりのほうを見ると、愛華は顔を赤くし、手で顔を覆いつつ指の隙間から見ていた。小夜はぽかーんとしている。
「せっかく来たんだし、ふたりも千秋と仲良くしてあげてほしいな。私ちょっとお手洗い行ってくるね」
初対面の小学生にふしだらな場面を目撃されてしまったわたしは混乱していた。まずどうすれば......口止めか?
「あ、あの、千秋さん」
「はい?」
愛華ちゃんがおずおずと話しかけてくる。
「未春さんとここで住んでいると聞きましたが...未春さんのご両親は...」
「......」
話していないのか。うーん...これは直接未春が話した方がいいと思うけど、誘拐してるとか誤解されても困るし、適当に濁しておこう。
「...ちょっと事情があって遠くにいてね。今はわたしが預かってるの」
なんか余計怪しくなった気がするが、これ以上説明しようがない。
「ふたりは、未春の同級生だよね?」
「はい、私たちは同じクラスで、未春さんは隣のクラスなんですが」
「そっか...これからも未春と仲良くしてあげてね。あの子、家だとあんまり学校の話しなくて、友達連れてきたのも初めてだから、わたしちょっと泣きそう...」
「ほ、ほんとに泣いてる......落ち着いてください、千秋さん」
「大人のお姉さんなのに、泣き虫さんだね~」
子供を持つ親の気持ちがちょっとだけわかったかもしれない。
トイレから帰ると、なぜか千秋が泣いていて愛華と小夜が頭を撫でたりして慰めていた。どういう状況?
「なにしてるのふたりとも...千秋も」
「あ、未春さん。助けてくださいまし...」
「愛華が泣かせたの?いじめちゃダメだよ、もう」
「ち、違いますわ!」
「ほら千秋、鼻ちーんして。レモンティー飲んで。はい深呼吸...もう一回。どう、落ち着いた?」
「...うん」
「手慣れてますわ......」
「初めてじゃないんだね~」
千秋がふにゃふにゃしてるからか、愛華の口調がいつも通りになっている。まあ堅苦しいのは千秋好きじゃないだろうし、いいかも。
「ほら千秋、せっかく四人いるしみんなでゲームしよ。この前やったすごろくのやつ出して」
「うん...」
まだ半べそかいてる...何があったか後で問い詰めちゃお。
「へ~、じゃあごはんは全部未春ちゃんが作ってるんだ~。すごいね~」
「千秋も手伝ってくれるけどね」
みんなでゲームして、お菓子食べながらおしゃべり。これが女子会...夢がひとつ叶っちゃった。
「愛華ちゃん、お家はすごいお屋敷だったりするの?」
「ひ......秘密ですわ」
「愛華ちゃんはね~、普通のお家に住んでるよ~」
「なんですぐばらすんですの小夜!」
「隠すことでもないし~。わたし、愛華ちゃんと幼なじみで~、お家も隣なんだけど~」
「そうだったんだ。なんでお嬢様口調なの?」
流れで聞いてしまった。
「ひ、秘密ですわ」
「最初は普通だったんだけど~、いつのまにかこんな喋り方になってたよね~」
「まあ、秘密ならしょうがないね」
知ったところで特になにもないし、話す気になったら教えてもらおう。と結論づけたところで千秋が一言。
「漫画で見たお嬢様キャラに影響されて~みたいな?そんなわけないか、あはは」
「......」
愛華が目を逸らす。あちゃー...
「千秋、あとでお説教ね」
「なんで!?わたしまたなんかした!?」
「千秋さん、おもしろい人だね~」
なんやかんやありつつ、みんなでおしゃべりを楽しんだ。
「ん、そろそろごはん作ろっか。千秋、手伝って」
「おっけー。愛華ちゃんと小夜ちゃんも食べてくの?」
「そのために多めに買ってきたの。ふたりとも、家に連絡するならそこの電話使っていいよ。いいよね?千秋」
「うん、もちろん。これは......冷やし中華ですね?未春シェフ」
「正解!じゃ、千秋は野菜切って。きゅうりは斜めに切ってから千切りね。酢の物も作るから、ちょっと残して」
「未春さん、私も手伝いますわ!」
「そう?じゃあ、麺ゆでて。お鍋は上の棚だから、千秋取ったげて」
「は~い。愛華ちゃん、火に気をつけてね」
「愛華ちゃんの家も連絡できたよ~。わたしも手伝う~」
「小夜はわかめを水で戻して、千秋が切ったきゅうりを塩もみして」
「は~い、まかせて~」
いつもはふたりで料理しているキッチンが今日はにぎやかだ。というか、せまい...。まあ、楽しいからいいけど。
「小学生がいっぱいだ~、犯罪みたい」
千秋もよくわからないことを言っている。
四人で作ると完成もあっという間だった。彩り冷やし中華と、わかめときゅうりの酢のもの。麦茶がよく合いそう。
「「「「いただきます」」」」
冷やし中華をちゅるっといただく。うん、冷たくておいしい。千秋が切ったちょっと不揃いな野菜も食感が良くていい感じ。
「お、おいしい...おいしいですわ!」
「みんなで作ったからだね~」
「夏は毎日食べたいかも」
みんなにも好評だ。作ったものをおいしいと言ってもらえるのは本当にうれしい。そして、みんなで食べるごはんはもっとおいしい。
この幸せな時間が、ずっと続けばいいのにな。