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傷跡と花の君  作者: 納涼
第ニ章 わたしと私の共同生活
14/36

#14 告白

「千秋のばか!!」


 そう言って駆けていく背中を、わたしはただ見ていることしかできなかった。

 玄関の引き戸が開き、足音が遠ざかっていった。



「あらー...こりゃしばらく帰ってこないわね」

「わ、わたし...わたしのせいで」

「千秋さんのせいじゃないわよ、落ち着いて。この辺りは迷うような場所もないし、ほとんどの道に街頭もついてる。それにあの子が行きそうな場所なんて大体わかってるわ」

「じゃ、じゃあわたし捜しに行ってきます」

「落ち着いてって言ってるでしょ。まず座って、ほら」

 肩を掴まれて無理やり座らされて、律子さんが出してくれたお茶を飲み、なんとか落ち着いた。


「あなた、結構ハプニングに弱いタイプ?」

「いえ...普段はそんなことないですけど」

「未春ちゃんが絡むと、ってこと?」

「......そう、かもしれない、です」

「ふ~ん...」


 思い返すと、確かに未春が来てからこんなことばっかりな気がする。ドキドキしたり、心配になったり、思いつめたり、安心したり。


「あなたは、どうしたいの?」

「わたしは...」


 未春に幸せになってほしい。そのために彼女が取るべき選択は、わたしが干渉していいものなのだろうか?


「質問を変えるわ。あなたが未春ちゃんと過ごした数日は、楽しかった?」


 あの日、玄関先で出会って。デートして、お料理して、一緒に寝て。

「それは...とても」

「ってことは、あなたがどうしたいかなんてあなた自身は分かってるんじゃない?」


 そうだ。わたしは、未春と一緒に。


「細かいことはあとでいいから、未春ちゃんにわがまま聞いてもらってきなさい。彼女、たぶん裏の小さな山の花壇のところにいるから」

「律子さん......ありがとうございます」

「はいはい、もう暗いでしょ、これ持ってきな」

 懐中電灯を受け取り、開けっぱなしの玄関から外へ出た。



 日が落ちかけ、少しずつ道が見え辛くなっていく。

 裏山の入り口は家のすぐ近くにあった。律子さん曰く、この上に未春はいるはず。

 懐中電灯で地面を照らしつつ、山道を進む。数分経たずに、頂上らしき場所に着いた。街頭を頼りに辺りを見回すと、まだうっすらと見える視界の端に花壇があった。


 花壇に近づくと、仄暗い灯りが周囲にぽつぽつと浮かび始めた。

「蛍...」

 その灯りの中、佇む少女がひとり。


「未春?」

 その背中に声をかけると、ぴくっと反応はしたが、背中を向けたままごしごしと手で顔を拭っている。


「......わたしの話、してもいいかな」

 返事はない。構わず、わたし自身の言葉を紡ぎながらゆっくりと歩み寄る。


「わたしね、未春に会う前は、毎日が何か物足りなかった。友達も依玖しかいないし、作り方もわかんないし。人と話すのも得意じゃないから」

 代わり映えしない日常の連続は、わたしに退屈しか与えなかった。


「でもね。未春に会って、一緒にお料理して、一緒に服を選んで、一緒にベッドで寝て、一緒に遊んで。すっごく楽しかった。未春が、わたしの日常を変えてくれた」

 慌ただしい日々が、とても心地よく思えた。


「未春が来てから、わたし少しおかしいんだ。未春の笑顔を見るとドキドキするし、未春がいないとすっごく淋しい」

 この気持ちの正体はとっくにわかっていた。色んなしがらみのせいで伝えられなかった言葉も、今なら言える。



「わたし、未春が好き」

「顔も、声も、肌も、髪も。笑う未春が好き。怒る未春が好き。未春のぜんぶが好き」

「でも、まだわたしの知らない未春がいっぱいある。わたしはそれもぜんぶ好きになりたい。だから、」

 息をつき、思いの丈を告げる。


「だから、わたしとほんとうの家族になって」

 その背中に、手を差し伸べる。もういちど、わたしたちの家族をはじめるために。



 未春が振り返った瞬間、わたしは安堵して顔が緩んだ。その刹那、差し伸べた手を掴んでぐいっと引き寄せられ、未春の顔が目前に迫る。反射的に目を閉じた瞬間、頬に手を添えられ、くちびるにやわらかいものが触れた。


「んん!?んーっ、んっ......ぷはっ」

 たっぷり5秒ほど経ってから、わたしは解放された。


「え、え!?み、未春、今の」

 後ろにしりもちをつき、頭がパンクしているわたし。くちびるに残るぬくもりが、現実からわたしを逃がさない。


 未春はいつものにひひとした顔で、くちびるをぺろりと舐めた。

「千秋って、やっぱりほんとにばか」

 目の端からまた涙が溢れる。だが、その表情は晴れやかなまま。

「ほんとにばかで...大好き」

 とびっきりの笑顔を咲かせて、わたしに笑いかけた。



 ふたりで律子さんの家に戻ると、居間で律子さんがカレーを作って待っていてくれた。

「あ、おかえり。仲直りした?」

「はい」「うん」

「そっかそっか。で、どうするか決めた?」

 意を決して、真剣な面持ちで答える。


「未春と一緒に、暮らします」

「おっけー。じゃあ色々お金のこととか千秋さんのご両親と相談するから、

 電話番号教えて」

「軽くないですか!?」

「いや、ふたりで決めたんならもうそれでいいわよ」

 最悪土下座までする予定だったわたしの覚悟を返してほしい。

「はぁ...あの、実はまだわたしの両親に説明してないので、先に電話してきます」

「え!?...あなたも結構肝座ってるわよね」

「まあ、そうかもしれないです」


 わたしが親に連絡していなかった理由はふたつあり、ひとつはお金の面で困っていなかったこと。うちの親はまあまあ過保護なので、普通に暮らしていると毎月の仕送りが半分ぐらい余る(こんなにいらないんだけど、と言うとなぜか翌月はさらに増えたのでもう何も言わない)。もちろん今のところはわたしの貯金で賄っているのだが、足りなくなってもなんとかできる余裕があった。

 もうひとつの理由は、


「もしもしお母さん?わたし小学生と一緒に住むことになったよ」

「あ、そうなの?お金足りなかったら言ってね~」


 ...この有様である。うちの両親、わたしの希望に関しては死ぬほどテキトーなのだ。わたしがやりたいことは全部やらせてくれるし、どんなことにもダメと言わない。おかげでわたしは自制を覚えた。この親に連絡しようがしまいが一緒だと思ったので、していなかった。

「うん、それでさ、その小学生のお祖母さんがお母さんと相談したいって言ってるから、今代わるね」

 居間に戻り、律子さんにスマホを渡しつつ、

「疲れると思いますけど、頑張ってください」

「え?電話で?」

 あとは任せた。未春はもうカレーを頬張っているので、わたしも頂くことにした。



 わたしも未春もカレーを食べ終えたところで、律子さんが帰って来て、わたしにスマホを渡した。心なしか顔に生気がない。

「代わったよ、お母さん。...うん、ありがと。...夏休みには帰るね。...じゃあ切るね、はーい」

 久しぶりにお母さんと話した気がする。もちろん、わたしは両親のことは大好きだ。ちょっとアレなだけで。

「で、どうでしたか?」

「一通り話したけど、大筋はわたしが未春ちゃんの生活費を出すことにしたわ。今あなたは仕送りで生活してるそうだけど、それだけじゃ厳しいでしょ」

「いえ...実はそんなこともなく...」

「...そうなの。まあ、身内としてちゃんと出すわ。未春ちゃんのもので必要なお金ができたら、すぐ私に言って」

「ありがとうございます」

「...あなたのお母さん、すごい人ね」

「なんか...申し訳ないです」

 なんでわたしが謝ってるんだろう...


「色々と、ありがとうございました。また来ます」

「困ったことがあったらいつでも連絡して。未春ちゃんもね」

「うん。ありがと」


 明日は学校なので、電車があるうちに帰ることにした。帰りの電車で眠ってしまった未春のおでこにそっとキスをして、好きな人がいる幸せを噛み締めた。

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