#10 家族の証明
「千秋、千秋ってば、起きて。ごはん一緒に食べよ」
「うう...もうちょっと寝かせて...」
「だーめ。自分で言ったんだからね」
体にかかっていた布団をはぎ取られ、寒さで目が覚めて来た。
「ふぁぁ...おはよ」
「おはよ。はい顔洗うよ、こっちきて」
半分寝ぼけたまま未春に洗面所まで手を引かれ、顔を洗う。
「今何時ぐらい?」
「6時50分ぐらいかな」
「はや...こんな早起きしたの久しぶりかも」
雲が多いのもあって、まだ外は少し暗い。昨日はいろいろあってなかなか寝付けなかったので正直まだ寝ていたいのだが、せっかくの朝ごはんを無駄にはできない。
「「いただきます」」
今日の朝食は白飯、なめこの味噌汁、焼き鮭に目玉焼き。シンプルだが朝にはぴったりの献立だ。そしてオレンジジュースのような色の飲み物。
「これ、もしかして野菜ジュース?」
「うん。せっかくミキサーがあったから作ってみたの」
わたしは特に好き嫌いはないが、野菜ジュースは飲んだことがない。健康志向の人が自発的に飲んでるイメージがある。恐る恐るコップに口をつける。
「......あ、意外とおいしい」
「ほんと?よかった」
野菜をそのままジュースにするのだから、もっと青臭い感じを想像していたが、これはミックスジュースに近い。ごくごくいける。
「昨日も今日も和食にしちゃったけど、千秋はごはん派?それともパン派?」
「うーん、そもそも食べないことが多かったから...」
「ダメだよ、朝はちゃんと食べないと。これから毎日作ってあげるからしっかり食べてね」
未春のお母さん度が振り切れかけている。むしろ今まで未春なしで生活していたわたしを褒めてほしい。
「ごはんもパンも好きだから、どっちも食べたいな。未春の料理はみんなおいしいし」
「えへへ、うれしい。じゃあ来週はパン週間ね」
朝食を食べ終え、学校に行く準備をする未春。ランドセルに教科書を詰め込む姿を見ているとやっぱり小学生なんだ、と思う。
「あ、未春。昨日買ったやつ付けてあげる」
未春の左目の傷は、人目を引いてしまう上余計な詮索をされて気分がよくないだろうということで、隠すために眼帯を買ってきた。傷が完治するまでは付けてもらうことにしたのだ。
「んー...このゴムを後ろに...できた」
眼帯を付けた未春はますますお人形さんみたい。これでゴスロリ系の服なんて着たら...わたしが大変だ。
「ファッションで付ける人がいるのもわかるなあ。かわいい」
「ほんと?私も見たい!」
洗面所へぱたぱた走っていったが、すぐに帰ってきた。
「千秋、髪もやって」
「ん?いいよ。どうする?」
「あの、このへんで三つ編みにして」
「サイドテールっぽくすればいいかな。おーけー」
未春の銀白の髪に手櫛を通す。そういえば、この髪の色はどっち譲りなんだろう。お父さんかお母さんが外国人なのかな...でも未春は日本名だし、ってあれ?
「わたし、未春の苗字知らない...」
「......」
そういえばまだ聞いてなかったが、今考えると意図的に伏せていた節はあったように思う。理由は恐らく再婚によって苗字が再婚相手のものに変わったからだ。
未春はその苗字を嫌っているだろう。であれば無理に聞き出すのはよくない。
「ごめん、やっぱりなんでもない」
髪を結んでいるところなので今未春がどんな顔をしているのかわからない。またやっちゃったな、わたし。
「......千秋は、特別だから」
「うん?」
「相沢未春。私のほんとうの名前」
ほんとうの、という言葉の意味はすぐ理解できた。
「お父さんは日本人で、お母さんはロシア人なの。この髪もお母さん譲り」
「そうだったんだ...」
またひとつ謎が解けた。未春がここまで美少女なので、お母さんも美人さんなんだろうなあ。
「まあでも、今は笹森未春だけどね」
ん゛ってなった。不意打ちが強い系女子、未春の右フックがおなかにクリーンヒットして倒れ込むわたし。一発KOで今回の勝者は未春となった。
「はい、できたよ」
「鏡見てくる!......すごーい、ありがと千秋!」
「どういたしまして。ねえ未春、学校まで遠いの?」
「んー...歩いて15分ぐらい?」
近くもないが、遠くもない距離だ。小学生の足でそれなら、わたしならもう少し早いかな。よし。
「わたし、学校までついてっていい?未春に何かあったときのために学校までの道は知っておきたいの」
すると、未春の目が輝いた。キラキラって効果音ついてそう。
「ほんと!?もちろんいいよ、行こ行こ!」
普段はお母さんみたいなのに、時折こうして小学生らしい部分が見えるのがとーーーってもかわいい。これがギャップ萌えってやつだね、この前ネットで見た。
というわけで、学校まで未春を送ることになったのでふたりで家を出る。そのまま大学に行こうかと思ったが、未春いわく大学とは逆方向らしい。
「家の合鍵、ランドセルの中のチャックに入れとくから、無くさないように気を付けてね」
「はーい」
未春とだらだらおしゃべりしながら歩いている途中、わたしにはひとつ懸念があった。学校で未春に何かあっても、連絡が行く先はわたしじゃないのだ。うーん、一応策はあるが...まあ物は試しかな。
「未春、ちょっと連絡帳貸してね」
「え?うん...」
「わたしのスマホの番号と、それっぽい理由を書いておくから、未春はこれ先生に見せて何かあったらここに連絡してください、って言ってきてくれる?」
「あ、うん。わかった」
で、それっぽい理由なのだが...携帯が壊れた。電話番号を変えた。...苦しいけどこれぐらいしか思いつかないのでしょうがない。未春本人から伝えれば怪しまれはしないだろう。
うんうん悩みながら歩いているともう校門前に着いた。思っていたよりだいぶ近かったようだ。
「じゃあ未春、頑張ってね」
「いってきまーす!」
ぶんぶん手を振りながら校舎へ駆けて行った未春を見送り、家に戻った。