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8. 素質

アンケートにご協力、ありがとうございます!

トップ当選を果たしたのは、「あなたの魔力は、かなり特殊です」でした。

https://twitter.com/usagi_ya/status/1218142575443374081


アリスティアの魔力がどう特殊なのか。

作者が設定説明にノリノリなので、ずっと説明してます……頑張れ大神官。

「あなたの魔力は、かなり特殊です」


 どういう表情をすればいいのか、わからない。

 アリスティアがぽかんとしているのを見て、大神官はいつもの笑みを少し崩した。


 ――あ、これほんとに面白くなってる感じかな。


 大神官の表情の、わずかな変化を探るのに、つい真剣になってしまう。

 今のは、聖人ではなく人間の顔だ。アリスティアの無知をあざわらっているわけではないのが、珍しいところだ。

 アリスティアは物知らずなので、孤児院の外ではよく馬鹿にされる。そして、ごく稀にこうして――どうやって説明しようかな、というところに楽しみを見出す相手に出会うのだ。稀少も稀少、全人生でも片手の指でかぞえられる程度しか遭遇していない。


「それは、よいことなのですか?」

「アリスティア、ひとつ教えておきましょう。ものごとに、よい悪いを求めるのは、できるだけ控えなさい。善悪を問うことは、たやすい。ひとは感情に動かされがちで、善悪はそこに直接訴えるからです」


 アリスティアは、ぽかんとした表情のままだ。なかなか、ふつうの顔に戻れない。

 それは、大神官が次々と、アリスティアの常識にないことをいうからだ。


 ――善悪を決めたらだめなの?


 よい子でいることを求められた孤児院とは、従うべき規範が違うようだ。

 ここは、ちゃんと確認しないと――そう考えて、アリスティアは口を開いた。


「あの、善をなすのはよいことで、悪をなすのは罪深いことであると、教わってきました」

「ええ」

「それは、間違っているのですか?」

「間違ってはいないでしょうね」

「だったら――」

「問題なのは、なにを善とし、なにを悪とするかの方です。世上の人々は、それを深くは問いません。表面上の善悪是非のみを求めてしまいがちです。ですが、深く考えられないままの善悪は、習慣として容易に固定化します。本来は意味もないものが善とされ、悪とされたりもするのです」

「はあ……」


 アリスティアには、ピンとこない。

 曖昧な返事に、大神官は苛立ちもせず、笑みを深めた。やっぱり、どう説明しようかと考えるのが楽しいようだ。


「たとえば、あなたはその寝台を汚すことが悪だと感じたのではないですか? 不潔だとか、他人の寝台に汚れをつけるのはよくない、とか」

「あ、はい」

「ですが、それはなるべくしてなったものです。あなたの衣類が汚れていたから、その汚れが寝台に移った。汚れの原因は、致しかたのないこと。傷を負った同輩の手を握り、励ますことの、なにが悪ですか? そのあと、わたしがあなたをこの寝台に運び、寝かせたのです。あなたはなにか、悪をなしましたか?」

「……いいえ。でも――」

「そういった事情を勘案せず、寝台を汚した、とあなたを責める者がいたとしたら、間違っています。いましがた、あなた自身がそうしていたように――背景を踏まえず、まず目についた一点のみを指弾することは、とても推奨できません。そうした認知のゆがみは、かならず、ほかにも及びます」


 アリスティアは、わかったような、わからないような気分だ。


「あの、正直にいって、よくわかったとはいえないと思うのですけど、やってみます」

「やってみる?」

「はい。わからないことは、やってみないと、ずっとわからないままですから」

「なるほど」

「今後は、よいか悪いかを……思い込みで決めないように、します」


 大神官は、にっこりと笑った。これはもう一目瞭然、満足の笑みだ。


「そうしてください。では、その心得をさっそく生かしていただきましょう」

「はい」

「あなたの魔力が特殊なのは、性質がさだまっていない点です」


 アリスティアは、またしても、ぽかんとした顔になってしまった。


 ――えっ? だってさっきまで、魔力には性質があって、それが使いたい魔法とうまく一致しないと駄目とか、そういう話じゃなかった?


 アリスティアは当惑した。

 ちゃんと考えれば、大神官がいっていることは、おかしくない。ふつうは性質があるけど、性質が決まっていないなら、特殊なものと分類されるのは当然だ。

 問題は、自分がその特殊な存在だということ。いや、それだけではない。特殊であることで、今後どうなりそうなのか。どうなるのが理想的なのか。

 今朝から、アリスティアの頭は考えるので忙しい。新しい知識や考えかたで、いっぱいだ。


「それは、魔法を使う上で、不便なものだったりするんですか?」

「逆に、便利なものだというべきでしょうね。便利過ぎる、と」

「……過ぎる?」

「魔力に性質がさだまっていなければ、なににでも使えてしまう。わたしは癒しの術が不得意ですが、あなたの魔力を借りることで、微力ではあっても治療にたずさわることができました。自分の魔力では、できなかったことです」

「よかったです」


 反射的にいってしまってから、あっ、とアリスティアは口を手でおさえた。さっそく、よかった、に飛びついてしまった。

 大神官は、かすかにうなずいた。


「そうですね。わかっているなら、大丈夫です」

「……はい」

「あなたの魔力は、どんな目的にでも使用し得るのです。無条件で引き出せるのは、師弟の絆を結んだわたしだけですが、逆にいえば、条件をととのえることで、わたし以外でもあなたの力を利用できてしまいます」

「……誰でも、ですか?」

「誰でもではないでしょうね。魔法の技術が高くなければ、無理ですし」

「魔法……わたしは魔法を使えるようになるのでしょうか?」


 大神官は、静かに眼を伏せた。やっぱり、睫毛が長いなぁ、と思う。


「くり返しになりますが、魔法の本質は、技術です。ただ、どういう傾向の術を使い得るか、という点では適性が強く出て、向いていなければまったく使いものになりません。その点に関しては、魔力以上に素質がものをいうと考えてください。どれくらいの出力――強さで使えるかも、素質次第です」

「魔力がたくさんあっても、ですか?」

「魔力を魔法に変換するときの効率の問題です」


 アリスティアは必死で考えるが、なかなか追いつけない。魔力を魔法に変換するとか、効率とか、術の傾向とか。知らないことばかりで、想像するのも難しかった。

 大神官は、空になった皿と(さじ)を両手に持った。


「この皿に、魔力が満ちているとしましょう。魔力で考えづらければ、粥が入っていると考えてみてください。匙が大きければ、いっぺんにたくさんの粥をすくえますね? 小さければ、少ししかすくえない」

「匙の交換は、できないんですか?」

「ひとはそれぞれ、匙を握って生まれてくると考えてください。外から与えることはできません。そしてこの匙は、魔法の系統によって、形が変わるのです」

「得意な魔法なら、大きく?」

「すくうときに匙が勝手に大きくなる魔法が、得意魔法、ということですね」


 なるほど、とアリスティアは思った。

 大神官が治癒が苦手といっていたのも、その系統の魔法を使おうとすると、匙が急に小さくなって、ろくに魔力をすくえなくなるのだろうと想像すると、わかりやすい。


「匙でどうやってものをすくうかは、訓練できます。赤子は匙をふりまわすだけで、うまく口まで運べないでしょう?」


 そのたとえは、アリスティアにはわかり過ぎるほどわかる。赤子にとって、匙とは、ふりまわすか、投げだすものだ。あぶないから握らせないようにしているのに、なぜか、いつのまにか握っているものでもある。


 ――魔法もそうなのかな。


 あぶないから、使わせたくない、と。そう思ったら、大人は赤子のまわりから、匙を遠ざけてしまうのではないだろうか。熟練者が初心者から、魔法を遠ざけるということも、あるかもしれない。


 ――でも、握って生まれるなら無理かなぁ。


 匙は、取り替えられないという。だったら当然、取り上げることだって、できないのではないか?


「でも、子どもはいずれ、ひとりで匙を使えるようになります。魔法もそれと同じで、訓練はできるのです。ただ、耳かき程度の大きさしかない匙では、すくいかたがうまくなっても、結局のところ、あまり意味がない。せっせと口に運びつづけても、腹を満たすことはできませんからね。このあたりが、効率に影響するのです」

「なるほど……」

「どの系統の魔法に対しても、匙が大きくならないことは、あります。それが、魔法を使えないということです」

「……なんとなく、わかってきました。魔法を使えるかどうかとか、どういう魔法が使えるかは、すごく、人それぞれなんですね」

「そういうことです。そして、あなたの魔力は、誰のどんな匙でも受け入れてしまう可能性が高い」


 ――よいとも悪いともいえない……よね。


 ここまで丁寧に説明されれば、たしかに、アリスティアの魔力は問題を含んでいるとわかる。無造作に匙ですくえるのは、今は大神官だけなのだろうが、しかし――。


「それがひろく知られると、わたしの魔力を利用しようとするひとも出てくる、ということでしょうか」

「そうです。ですので、よく気をつけねばなりません。まず、魔力の扱いをしっかり学んでほしいのは、不用意に利用されないためでもあります」

「大神官様が、わたしの〈教導師(サパータ)〉になられたのは、その……わたしの魔力が特殊だから、ですか?」

「それもあります」


 大神官の顔から、一瞬、笑みが消えた。


 ――えっ? 怖い。


 寒気がした。まるで〈女神の御遺灰〉を目にしたときのようだ。怖い。強い。


 ――強いから、怖い。


 さっき自分が説明したばかりの、あの感覚。それを大神官はなんといったか。感受性が高い? だから魔力もあるとか……そんなこと?

 でもとにかく、今は怖い。怖いだけだ。


「大神殿には、予見の力に秀でた者もいます。その力で、侵入者があることは、わかっていました。おぼろげにではありましたが、それが魔族であることも」

「魔族……」

「あなたのような、変幻自在の魔力をもつ乙女の存在を、高位の魔族に知られるわけにはいきません」


 アリスティアは、あの崩れた建物でのことを思いだした。駆け寄った神官に、大神官は尋ねていた。


 ――対応できる範疇におさまっていますか?


 大神官は、あの事態を知っていて……備えてもいたということで。

 そして、備えにもかかわらず負傷者が出たなら、それはきっと、強い魔族が来たということなのだ。


「あの場に、いたんですか。魔族が」

「乙女をあやつっていたようです」

「そんなことが……」

「それができるから、あなたを行かせないようにしたのです」


 どんなことにも使える魔力。魔族がそれに気づいたら、きっとアリスティアを(かどわ)かすだろう。

 魔族がアリスティアを必要とするかはともかく、神殿はきっと、アリスティアがいる方が助かるはずだ。それを見過ごしておくわけにはいかない。連れ去ることが、かなわなければ――。

 血まみれで倒れていた、乙女。あの場所で、ああなっていたのは、自分だったかもしれないのだ。

 今頃、その事実が染み込んできた。


「高位の魔族を完全に阻止しようと思えば、わたしたちも全力をもって迎え討たねばなりません。〈試練の乙女〉を狙ってくることは自明でしたが――」


 そこで、大神官は言葉を切った。アリスティアの顔が青ざめているのに気づいたようだ。

 彼はまた、慈愛に満ちた笑みを浮かべて告げた。


「少し、話を急ぎ過ぎましたね。今日はもう、休んでいてください。あとでまた、様子を見に来ます」

「わたしに、なにかできることはないですか」

「休むことですよ。あとは、そうですね――目立たない、とか」


 それは、ほかならぬ大神官のせいで、たぶん無理だ。

 盆を片手に立ち上がった彼は、扉の前で、思いだしたようにふり返った。


「魔族は、ほんとうに強い。魔力や魔法で人間が勝てる相手ではありません。敵の有利を削ぎ、こちらの不利を緩和して、考えに考え抜いた局面でようやく、戦い得るくらいの相手です。もし、魔族に遭遇したら、なによりも逃げることを考えてください」

「はい」

「かならず、魔族を前にして戦いたくなる日が訪れる。ですが、これもかならず訪れる結末だと心得てください――魔族には、勝てない」


 長い沈黙のあと、大神官は言葉をつづけた。


「先ほど、


1)あなたはいいましたね。わたしなら、死者をよみがえらせることだってできそうだ、と

2)魔族の襲撃を受けたときも、まともに戦えば大勢が犠牲になったでしょう

3)あの襲撃を知っていて、それでも、わたしは駆けつけなかった

今回も三択アンケートに、ぜひご参加いただければと思います。

よろしくお願いします!

https://twitter.com/usagi_ya/


ツイッターにあげたイラストで、筋肉を例に魔力の質の話を説明していますが、さすがに作中ではそういうたとえかたはできないので、大神官も苦労しますね。

書いてるわたしが苦労してるんですけど、ノリノリで苦労してるので、まったく苦労になりません。

むしろご褒美です、ご褒美。

だらだらと設定説明をぶちあげてもいいのは、わたしの中ではご褒美なので!

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